弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第九回 児童養護施設のSOS

外出したくても、信頼できる誰かにすがりたくても、コロナによってそれが難しくなった児童養護施設の子どもたち。外出制限下でかれらをどう守っていけるのか、職員たちは苦慮しています。新型コロナウイルスの陰で施設はどのような対応を迫られているのか、混乱する現場のお話をうかがいました。

  第九回 児童養護施設(2)

※本稿では、施設名を含めた固有名詞は、プライバシーに配慮して仮名にしています。

 新型コロナウイルス拡大を受けて、美丘学園がまず対策に迫られたのが、職員たちの勤務体制の変更だった。
 児童養護施設は、〝断続勤務〟を敷いているところが多い。子供たちが起床する前の午前六時半に出勤し、学校へ行くまでの九時半までが前半の勤務。その後「休み」を挟むと自宅へ帰り、諸々の用事を済ませる。子供たちが学校から帰ってくる午後五時になると再度出勤し、消灯時間の十時頃まで働く。これで一日八時間勤務ということになる(夜間の当直は職員一人がシフト制で就く)。
 ところが、学校が休校になって外出が制限されれば、子供たちは常に施設で過ごすことになる。そのため、職員のシフトもそれに合わせなければならないのだが、同時にクラスターを防がなければならない。そこで、職員をAとBの二チーム(一チーム七、八人)にわけて、午前六時半~九時半までの連続勤務を六日ずつつづけることにした。一日~六日まではAチーム、七日~十二日まではBチームということだ。
 安藤は言う。
「最初は三チームにわけて、一日のシフトを早番と遅番の二部制にして交代でやっていくという案もあったんです。夏休みなどの長期休暇の際は、このようにすることもありますので。ただ、それだと、もしうちの施設でコロナのクラスターが起きた時に、働き手がまったくいなくなってしまう。でも、二チームにわけて勤務日を決めておけば、Aチームが感染しても、Bチームは働けますよね。六日ごとの勤務にしたのは、コロナの場合、感染から発病まで五日程度と言われていたためです」

 こうして感染拡大に配慮した勤務形態へ切り替えたのだが、これは職員にも、子供たちにも大きな負担を強いることになった。
 職員が最初に感じた子供の変化は、外出禁止に伴うストレスの増加だった。
 美丘学園では、緊急事態宣言に伴って子供たちの外出を原則的に禁じた。外で体を動かしたい時は施設内の庭に限り、施設外で暮らす友達を招くことも禁止した。職員の中から「厳しすぎる」という意見もあったが、児相を介して預かっている子供たちを感染の危険にさらすわけにいかないし、クラスターが起きればメディアに報じられて子供たちのプライバシーがさらされることになりかねない。苦渋の決断だった。
 子供たちにとってこうした環境の変化はあまりに大きすぎた。普段、家庭で虐待を受けてきた子供たちは外の世界とつながることで心を安定させている。部活動やアルバイト先で戦力として認められることで自分が必要とされていることを実感したり、信頼している先生や友人と話すことで対人恐怖を薄めていったりする。あるいは、勉強を頑張ることで将来の夢を膨らませる。日常の些細なことが、心の傷をいやしているのだ。
 外出制限は、子供たちからそうした機会を奪い取ることになった。前回も見たように、ストレスが溜まるともともと抱えていた心の問題が瞬く間に表出してしまうことがある。わずか二カ月余りで、施設の子供たちの間にリストカットや過呼吸がまるで伝染病のように広まったのは、そのことと無縁ではなかっただろう。また、脱毛症や不眠症を再発させた子供も出てきているという。
 職員は、こうした問題を抱える子供たちに対応することになるが、今の状況では決して容易なことではない。
 まず、子供をケアするには、職員との信頼関係が重要だ。子供によっては特定の職員しか信用していないのに、特殊なシフトのせいでその職員がなかなか出勤できないということが起こる。
 職員の方も自分たちだけですべてを解決するのは難しい。通常は、学校、病院、部活動、ボランティア、児童相談所などと連携を取りながら問題解決への道筋をつくっていく。今回は外部との接触が制限されているので、それができない。

 リストカットをした中学二年生の女の子が、まさにそのケースだった。
 彼女は数年にわたって、同居していた叔父から性的虐待を受けていた。そのトラウマから小学六年生でリストカットの癖がつき、中学に入って性的虐待の事実が明るみに出たことから保護され、美丘学園に入ることになった。だが、心の傷は深く、職員に対して心を開こうとしなかった。ただ、美容師をしているあるボランティアの女性に声を掛けられ、美容のことを教えてもらっているうちに親しくなり、彼女にだけは少しずつ本音を打ち明けるようになった。
 今回の騒動が起きたのは、そんな矢先のことだった。ボランティアの美容師が来られなくなって本音で話をする相手を失い、まだ仲良くなっていない他の子供たちと狭い空間で一日中ともに過ごさなければならない。そのストレスが、しばらく止めていたリストカットを再発させたのだ。
 安藤はつづける。
「子供たちにとって、職員の他にボランティアの存在ってとても大きいんです。年が近いし、職員と違ってルールを守るように叱ったりしないので懐きやすいのでしょう。サッカーやバスケの相手になってもらったり、ゲームやアニメの話ができたりするので、お兄ちゃんみたいな存在になることもあります。ある小さな子は、ボランティアが来られなくなったことで、『〇〇さんに会いたい』と言って、オネショをするようになったほどです。そういうところも含めて子供たちの心の安定が奪われているのです」
 こうした状況を受け、職員の間からも子供たちの外出を禁じることが「権利侵害」に当たるのではないかという疑問も噴出しているという。同じ学校の子供たちは親の考え方次第で公園で遊べたり、外食したりしているのに、施設に子供たちを閉じ込めるのはどうかというのだ。
「職員の一人が『辞職も辞さない』『公にして外部の意見を募るべきだ』と訴えたことから、職員同士の軋轢も出てきています。一人がそう言いはじめると、どうしても意見が対立してしまう。本当は限られた条件の中で、子供たちを最優先しなければならないのですが……」
 ただ、施設としての苦労は敷地内で起きていることだけに留まらない。外で暮らす家族との関係にも悪影響が出ている。それについては次回に譲りたい。

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