弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第十回 コロナで崩れた親子関係

児童養護施設や児童相談所では、親子が一緒に暮らせるように、一時帰宅などを通して子どもの家庭復帰を支援しています。しかし今回の取材では、社会から隔離された自宅の中でふたたび親からの支配が強まり、声をあげられない子どもたちの姿がみえてきました。支援の手からこぼれてしまう親子をどのようにして支えられるのか、その糸口に迫ります。

  第十回 児童養護施設(3)

 児童養護施設は、かならずしも子供たちを家族から引き離すことを目的とした「分離のための施設」ではない。
 そもそも児童相談所の基本的なスタンスは、家庭環境が整い、親子が望むのであれば、家庭復帰をさせるというものだ。そのために児童相談所は児童養護施設とともに親子の間に立って、生活環境を整えたり、病気の治療を勧めたり、適切な育児のやり方を教えたりする。そうしたことを数カ月から数年かけて行い、家庭復帰を実現させるのだ。
 もしそうした家庭復帰がかなわなくても、親子関係を無理やり分離させるのではなく、適切な距離でかかわらせて関係を持続させることを目指す。定期的に面会を行ったり、施設のイベントに招いたりする。そうした方が親も子供も落ち着く傾向にあるためだ。
 だが、こうした支援が今、中断を余儀なくされている。安藤は言う。
「新型コロナウイルスの流行によって、うちの施設では三月から原則として親子の面会を中止することにしました。そのせいで、親からのクレームがかなりたくさん届くようになりました。親の中には理不尽に引き離されたと思って悔しい思いをしていたり、病気と闘いながら月に一度の面会を生きがいにしている人がいる。そういう親にしてみれば、面会の中止は到底納得できるものではないんです」
 虐待親といっても、決して子供が憎くて暴力をふるっている人ばかりではない。中には気性の荒い夫が暴力をふるうのを止めることができなかっただけの母親や、知的障害があって三食を食べさせて洗濯や入浴をさせるという当たり前の育児ができなかった夫婦などもいる。また、思わず手を上げたところ、倒れた子供の打ちどころが悪くて怪我をさせてしまい、引き離されたといったケースもある。
 こうした親の一部は、今回の面会禁止を受けて、子供を奪われたと思い込み、施設に対して怒りを示す。電話で一時間以上も職員をののしる、「施設の方が感染の危険がある」と言って連れもどそうとする……。もともと情緒が不安定な親が少なくない上、コロナ禍によって生活や仕事が苦しくなり、心の余裕を失って過剰な反応を示すのだろう。

 児童養護施設では、休日や長期休暇の時に、子供たちを一時的に自宅に帰すことも許可している。だが、この一時帰宅の際にトラブルが起こるケースも出てきている。
 安藤が勤めるのとは別の施設が、三月の休校の期間中に、児童の一時帰宅を行った。その中に、小学生の女の子がいた。彼女は三日の予定で、親元に帰っていた。
 ところが、施設にもどってくる前日、母親から施設長のところにこんな連絡があった。
「コロナが流行っているので、娘を施設に帰したくない。娘も施設に行ってコロナになるのが嫌だと言っている。しばらくうちで面倒を見ることにする」
 この母親は風俗店で働いており、覚醒剤による前科もあった。精神的にも波が大きく、数日ならいざ知らず、長期間親元に置くのはリスクが高すぎた。だが、親の方は新型コロナウイルスの流行を口実に、強引に奪い返そうとしたのだ。
 施設の側は約束通り娘をもどすように言ったが、母親は「感染の危険がある」の一点張りで耳を貸さなかった。結局、施設は児童相談所とともに何度か家庭訪問と協議をくり返し、娘は施設にもどることになった。この騒動のせいで、娘は振り回されたストレスから体調を壊したという。
 安藤は言う。
「うちの施設では面会だけでなく、一時帰宅も認めない方針です。親御さんからは厳しすぎると言われますが、感染リスクを考えると責任を持つことができません。面接や一時帰宅で子供が感染して、施設内でクラスターが起きてしまったら、世間から責められるのは私たちの方です。施設としては万全を期さざるを得ないというのが実情です」
 施設として万全な準備が整わなければ、親元には帰せないと判断するのはやむをえない。別の施設の例だが、安藤が聞いた話では、帰宅の時期を早めたことで問題が起きたケースもあるという。

 その母親はシングルマザーで水商売をしていた。六歳と四歳の娘がいたが、簡単に稼げる夜の仕事と恋人との逢瀬ばかりの生活にのめり込んで、自宅にはほとんど帰らず育児放棄をしていた。同じアパートの住民によって通報され、子供たちは施設に保護されることになった。
 母親は児童相談所の指導を受けて水商売を辞め、昼間の工場の仕事に就き、様々な手当てを受けることになった。また、精神障害を患っていたことから、病院への通院もはじめた。彼女にしてみれば、二人の娘を取り戻したい一心だったのだろう。三年が経ち、ようやく今年四月に自宅で引き取ることが認められた。
 帰宅の準備を進めていた矢先、新型コロナウイルスの感染拡大が起きた。施設側は予定を一カ月早めて三月の初旬に二人の娘を自宅へ帰らせることにした。母親も娘たちも大喜びだったという。
 だが、これが悲劇を招いた。四月に入って間もなく、勤め先の工場が休止になったことから、母親は仕事を失った。これが切っ掛けとなって、出会い系アプリで知り合った男性と次々に会うということをくり返した。寂しさや不安もあったのかもしれない。だが、その間、子供たちは再び家に置き去りにされ、毎日の食事に困ることになったのである。
 事態が発覚したのは、五月になってからのことだった。長女が児童養護施設に連絡して助けを求めたのだ。現在、児童相談所が間に入って今後の対応を練っているが、場合によっては施設にもどることになるという。
 安藤は言う。
「虐待が起こる家庭というのは、親の精神面においても、経済面においても、不安定なことが多いんです。だから、社会全体がこういう状況になると、家庭環境に影響が出てきて、せっかくこれまでいろいろと調整していたものが台無しになりかねない。一度壊れたものを最初から築き直すのはすごく難しいことです」
 新型コロナウイルスの難しいところは、いつになれば社会全体が落ち着くのかわからない点だ。社会のベースが安定しなければ、こうした家庭がリスタートを切るための調整がなかなかつかない。その中で親や子供が再びバランスを崩すということが起こりえるのである。

※本稿では、施設名を含めた固有名詞は、プライバシーに配慮して仮名にしています。

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