加納 Aマッソ

第29回 もーれつねえさん

『スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝』(デイヴィッド・マイケリス著、古屋美登里訳、亜紀書房)を読んで、PEANUTS熱がぽわっと再燃した。小学生の頃、CS放送のアニメ専門チャンネル・カートゥーン ネットワーク(たしか水曜の15時)で放送していたのを、あの時は当たり前のように見ていたのを思い出す。あまりにも有名な作品ゆえに当時は気にならなかったが、そのチャンネルでは「トムとジェリー」「カウ&チキン」「ジョニー・ブラボー」のようなアメリカらしいドタバタアニメが並ぶ中で、スヌーピーはなかなか異質だった。大げさなギャグもなければ、目を引く悪役も出てこない。登場人物である子どもたちは、いつも何やら憂いていて、ひたすらに哀愁を漂わせている。その上、主要キャラクターの声もすべて本物の子どもが担当していて、びっくりするほど棒読みだった。セリフのスピードももどかしくなるほど遅い。しかしそれがまた、たまらなく原作のコマ割り漫画の雰囲気を表現していた。私はアニメを見る一方で、父親がなぜか一冊だけ持っていたピーナッツ・コミックシリーズの8巻『“孤独ね”チャーリーブラウン』(鶴書房)を擦り切れるほど愛読し、日々些細なことで悩める彼らを本当の友達のように身近に感じていたのだった。
 そういえば、そんな私を見てことあるごとにスヌーピーグッズをプレゼントしてくれた親戚のおばちゃんがいたが、私は人形やハンカチやメモ帳を受け取りながらも「そういうことじゃないねん」という生意気なスタンスを取り続けた。いま思えば、えらく感度の低いガキだと思われていたに違いないが、私にはどうしてもグッズにプリントされた子どもたちがニコニコと満面の笑顔であるのが引っかかったのだ。
 PEANUTS漫画のオチはたいてい、うまくいかなかったチャーリー・ブラウンが呆れ顔で「Good grief(やれやれ)」とつぶやく。つぶやくだけだ。何も解決はしない。次のページでもまた懲りずに悩んで失敗している。スヌーピーは犬小屋の屋根の上で、ときには鳥、ときにはパイロットの自分を夢想する。そして気づく。自分は自分以外の何者にもなれない。それが人生だということを、毎晩枕元で、水曜の15時にはテレビの前で学んだ。
 いやぁ、なっつかしいなあ、なんて考えていたらもう指先はクリッククリック、ポチルリっとしているわけで、二日後にはコミックシリーズ11巻『いじわるルーシー』を手にしていた。そう、私は登場人物の中で、昔からとりわけルーシーに夢中だった。チャーリー・ブラウンの女友達であり、最強のいじめっ子である。そのエネルギーはいじめるだけでは収まらず、アニメではスヌーピーとボクシングでやり合って、ボコボコに殴られることもある。犬と女の子の殴り合いなんてなかなか見られるものではない。他にも16巻『ゲバっ子 ルーシー』、25巻『だまっててよ!ルーシー』など、彼女が表紙になっている巻は多いが、まるで表紙に飾られる権利すら自分で奪い取ったのかと思わせる力強さだ。そのパンチ力をもって翻訳の谷川俊太郎に「ゲバっ子」(原題ではGewalt。ゲバルト)なんて言葉を生ませるなんて、軽い嫉妬すら覚えてしまう。
 久しぶりに漫画をめくると、はじめのページには登場人物紹介とともにそれぞれのキャッチコピーが書いてあり、ルーシーはそこからすでに最高だった。一言、「もーれつねえさん」である。もーれつねえさん! なんと痛快。私もそれほど自分を端的に言い表せたらどんなにいいだろうか。芸人になってからたまに「自分のキャッチコピーを考えてください」という要望を受けるが、私はそのたびに頭を抱えている。なんとか絞り出してはみるものの、「関西弁で、漫才をやったりコントをやったり……」とまぁ、いつも歯切れ悪いことこの上ない。それがルーシーは「もーれつ」である。もーれつ。烈しく猛っているのである。こんなわかりやすい言葉はない。ただ、仮に私が「もーれつねえさん」というキャッチコピーを付けられたら、相方と殴り合ったり、客席に下りていってわめき散らさないといけないのはつらい。もーれつはやはり、ルーシーだけのものであってほしい。納得のいかないことや鬱憤に対して、他者をもーれつに攻撃するというアプローチしかもたないルーシーの「これが私だ」という強さが、何度私を勇気づけたかわからない。
 しかしそんなルーシーにも、他の登場人物と同じぐらい、ちゃんと憂いがある。大好きな男の子シュローダーに、見向きもされないのだ。ピアニストであるシュローダーは、ベートーベン以外には興味がない。ルーシーはいつも彼のピアノに寄りかかって愛をささやくが、鍵盤から顔も上げてもらえない。彼女はため息をつく。そんな彼女を見て、「どんな強そうな人にもちゃんと悩みがある」とは思わない。「いや、無視されてんのにもたれかかれるんすごいな!」
 いつまでもたっても、ルーシーは私の憧れである。

関連書籍

こちらあみ子

芸人芸人芸人 (COSMIC MOOK)

コスミック出版

1019.0

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入