ワイルドサイドをほっつき歩け

号泣しながら書いた人間の多面性
『ワイルドサイドをほっつき歩け』刊行記念対談

ブレイディみかこさんのエッセイ集『ワイルドサイドをほっつき歩け』刊行記念として、西加奈子さんと対談していただきました(2020年5月26日ビデオ通話にて)。 『ワイルドサイド~』に出てくるおっさんたちの話から、西さんの『おまじない』の「おじさん」にも話は及び、最後はコロナ渦のイギリス・ブライトンとバンクーバーの状況の話にも! 

誰が優しい彼らをそうさせるのか

 

西:そうですね。本当にデヴィッドが、本当に嫌な人のまま死んでくれたら楽だったかもしれないけれど、優しいところもあって。それから、サイモンたちとバーに行ったら、ベガー(物乞いをする人)の女性がバーに入ってきて、それを黒人の女性店員が追い出して「相談センターに行きなさい」といいながらお金を投げつけた話(第6話「現実に嚙みつかれながら」)。サイモンの甥っ子は、「あなたはあんなことをするべきじゃなかった」と言う。でも、彼女も昔ベガーだった過去があって。それが今の世界を如実に表わしてて、甥っ子はすごく正しいんだけど……。

ブレイディ:でもおっさんたちは違う(笑)。

西:人の気持ちを考えたら、むちゃくちゃ難しくて。パーティーで嫌な人と隣り合うっていう話もそうですけど、この世界にいたら、自分の交友関係はすごく限られてきて、出会う人は本当に皆リベラルで優しいんです。でも、例えば自分が作家になる前の友達と集まったら、普通に選挙に行ってなかったりするんですよ。その中では私はマイノリティで、例えば今、若者の貧困や学生ローンのことを調べていたら、どう考えてもおかしいんですよ。学生に借金背負わせて社会に出すってどうなんだろう? って思って。その友達の中でその話をしたら、自己責任だ、借りた奴は返すべき、俺は頑張った、そいつらは仕事を選んでるからだ、というようなことを言っていて。すごくショックで。でも、めちゃくちゃいい奴らなんですよ。本当に本当に優しくて、何度助けられたか分からない。そして彼らも、すごく働いて、文句を言わずに、親の介護も兄弟の面倒も誰にも頼らずやろうとしている。私が例えば「システムがおかしいって思わへん?」って言っても、たぶんシステムのことを考える余裕がない。きっと、本人がめちゃくちゃ頑張っているから、「頑張ってない人たち」に怒るほうが楽なんですよね。「俺ら頑張ってんねんから、もっと頑張れるやろ」って。そう思わないと乗り越えられないんですよね。

ブレイディ:そうなんだろうね。

西:すごく辛くて、何がこうさせてるの?! と思う。こんなにめちゃくちゃ優しい人間をなんでこんなふうにさせるんやろう。「例えば金持ちから税金をもっと取るのがいいと思わへん?」って言ったら、「そんなことしたら金持ちは海外に行ってまうやん、めっちゃ税金納めてくれてるやん」と。ブレイディさんが、国民を従順にするには景気を悪くしたらいいって書いてた通りのことが起こってる。

ブレイディ:絶対そうだよね。

西:めちゃくちゃ辛くて。そして私も、彼らのような考えになる可能性は十分にあったわけです。レイシズムに関してもそうです。今、私には特権があります。余裕もあるし、考えることができる事それ自体がつまり特権です。でもその特権がなかったら、レイシストになる可能性はゼロではないと思うんですよ。自分を信用できません。しかも、もしかしたら今も無意識でレイシスト的なことをしてるかもしれない。それが、レイシストも一色ではなく、多面的である、ということの話にも繋がってくるのですけど、でも、この話をするのが、すごく難しい。「レイシストの多面性を見なければいけない」と言うのが。

ブレイディ:イギリスはEU離脱の時に、離脱派、残留派のイデオロギッシュな石の投げ合いがあって、イデオロギーの前に人間があるっていうことをやっぱりみんな忘れてると思いました。イデオロギー的に素晴らしい百点満点の「パーフェクトリベラルです!」って人でも、いや、しかしひとりの人間として、あなたは他者にそのようなことをして許されると思っておられるのですか? と言いたくなるような人もいるしね。

西:分かります。これもエッセイに書いて、しかも極端な例で恥ずかしいのですが、「イデオロギー的に間違ってて優しい人」と、「ポリコレ的にめちゃくちゃ正しいけど優しくない人」のどちらかになるとしたら、自分はどっちを選ぶだろう、と。

 話は変わりますが、イギリスにもそういうネトウヨみたいな人いるんですか?

ブレイディ:ネトウヨっていうか、極右みたいな人たちはもちろんいるし、ネットでやっぱりとんでもないことを言ったりしています。でも、ネトウヨだけじゃなくて、左派のほうにも、例えば、前にジェレミー・コービンが労働党党首だった時に、コービンのサポーターに一部過激な人たちがいて、ジェレミー・コービンに賛成しない女性議員をツイッターで脅したりしたことがあった。事務所にガンガン脅しの電話を入れたり。右とか左とか関係なくそういうことする人はいるし、口汚い人は口汚い。脅したりするよりも、もっと恋をしたりしたほうがいいよね(笑)。

 

笑いながら生きていく力

 

西:『ワイルドサイド~』にめっちゃいい言葉ありましたよね。「恋は排外主義を撃ち抜く最終兵器」。私は、亡くなったダニーの妹のジェマも好きなんですよね(第10話「いつも人生のブライト・サイドを見よう」など)。

ブレイディ:ジェマは肝っ玉母さんみたいなノリで、気のいい人ですよね。

西:ジェマもまた、デヴィッドとは別の複雑さがある。優しい人だけど、財産のことで揉めた兄の恋人であるベトナム人の女の子を嫌いになってしまう。バイアスは私にもあって、例えば同等の悪事を働いても、男の人と女の人だったら、女の人を信じたいと思うんです。有色人種と白人でも同じことが言えます。

ブレイディ:それはリベラルにありがちですよね。

西:ひどい人間を発見したとき、その人の嫌な部分をもっと掘り起こしたくなることもあって。「よしよし、思った通りのクソだ!」みたいな。この私の気持ち良さってすごく注意しないといけないと思う。多面性をどれだけ意識していても、自分のバイアスからは逃れられなくて。

 先ほども言いましたが、ブレイディさんは、そのバイアスをきちんと自覚した上で書かれていると思います。中でもやっぱりユーモアがあることが本当に救いで。

 第17話「Hear Me Roar」に出てくる隣家のジャッキーの双極性障害の描き方も、もちろんシリアスに真摯に考えた上で、「躁全開」という一言があったりとか。

ブレイディ:あれはうちの母親も同じ症状だったから、慣れてる部分もあって、子どもの立場から言えば笑い飛ばさないとやってらんないこともあるから。

西:それはエトガルさんがおっしゃっていた、エアバッグとしての笑いですね。

ブレイディ:人間って笑いながら生きていく力が備わってるんでしょうね。

西:ブレイディさんのお友達はその宝庫ですよね。「俺みたいな人間にいいことない」って言葉にしたら寂しいし、諦念ではあるのだけど、まず笑う、というような。

ブレイディ:私、それすごく分かるんですよ。だから、いいことあったりしたらむちゃくちゃ怖くなったりして。最近、私そろそろ死ぬんやないかいなって思ってるしね、あっはっははは(笑)。

 

おっさんたちに感化された、笑い飛ばす力

 

西:お連合いさん、頭痛いって書いてあったけど大丈夫ですか(第14 話「Killing Me Softly」)。

ブレイディ:あれからCTスキャンを撮って調べて、大丈夫でした。それがまた面白くて。イギリスは3月23日からコロナに対するロックダウンに入りました。うちの連合いは物流の運転手で、いわゆる「キーワーカー」なので仕事をしないといけない。だからずっと働いてたんだけど、先週いきなりNHSからメールが来て、うちの連合いは10年くらい前に癌をやってるから、「ヴァルネラブル」(脆弱性)という基礎疾患がある人や脆弱な人のカテゴリーに入るらしいんですよ。それで、あと1か月半は外に出ちゃいけませんというメールが先週に来て、でも思いっきり3月末からずっと毎日働いてるのにって(笑)夫婦で大笑い。

西:明るいな~(笑)。じゃあ休んでるんですか?

ブレイディ:「1か月半ダメらしいよ」と言ったら、「いまさら言われても……」って。でも、英国はコロナ禍の給与補償があるから「俺、今からでも休んでいいのかな~」とか言って、一応休んでる(笑)。

西:お連合いさんの話(第14話)も考えさせられました。NHSの診療を何か月も待っていて。私立の病院にも行けるのに、「敗けた気」がするから行かない、という。

ブレイディ:バカかお前、みたいな(笑)。

西:「出た出た出た……」て書いてらして(笑)、本当に軽やかでかっこいいです。

ブレイディ:いや、いい加減なだけかもしれないんだけど。もうちょっと深刻になったほうがいいのかもしれないけど(笑)。

西:やっぱり皆さん、そういうムードで生きてきはったんでしょうね。

ブレイディ:私も日本にいるときはここまでではなかったっていうか、周りに感化されているところはあると思いますね。うちの連合いや友達にしても、イギリスの労働者階級の人って笑い飛ばして、自分たちのことをあまりシリアスに考えない。自分をたいしたもののように真剣に考えるのはダサいみたいな感覚はあるのかも。

2020年7月6日更新

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ブレイディ みかこ(ぶれいでぃ みかこ)

ブレイディ みかこ

ライター・コラムニスト。一九六五年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、一九九六年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。二〇一七年、『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)で第十六回新潮ドキュメント賞受賞。二〇一八年、同作で第二回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補。二〇一九年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で第 七十三回毎日出版文化賞特別賞受賞、第二回 Yahoo! ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞受賞、第七回ブクログ大賞(エッセイ・ノンフィクション部門)受賞。 著書は他に、『花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION』(ちくま文庫)、『アナキズム・イン・ザ・UK』(Pヴァイン)、『ヨーロッパ・コーリング――地べたから のポリティカル・レポート』(岩波書店)、『 THIS IS JAPAN ――英国保育士が見た日本』(新潮文庫)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『労働者階級の反乱――地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)、『女たちのテロル』(岩波書店)などがある

西 加奈子(にし かなこ)

西 加奈子

1977年、テヘラン生まれ。2004年『あおい』(小学館)でデビューし、05年、『さくら』(小学館、のちに小学館文庫)がベストセラーになる。07年、『通天閣』(筑摩書房、のちにちくま文庫)で織田作之助賞を受賞。他の小説作品に『きいろいゾウ』『しずく』『窓の魚』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』など。

関連書籍

西 加奈子

おまじない (単行本)

筑摩書房

¥1,150

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