ワイルドサイドをほっつき歩け

号泣しながら書いた人間の多面性

『ワイルドサイドをほっつき歩け』刊行記念対談

ブレイディみかこさんのエッセイ集『ワイルドサイドをほっつき歩け』刊行記念として、西加奈子さんと対談していただきました(2020年5月26日ビデオ通話にて)。 『ワイルドサイド~』に出てくるおっさんたちの話から、西さんの『おまじない』の「おじさん」にも話は及び、最後はコロナ渦のイギリス・ブライトンとバンクーバーの状況の話にも! 

バンクーバーとブライトンのコロナ禍の状況

 

ブレイディ:今、バンクーバーはロックダウン中ですか?

西:ちょっとずつ解除してます。レストランも距離を空けて、開けてるところは開いています。私が住んでいるエリアはもともと人もいなくて、のんびりしています。よく「コロナ禍で海外で暮らすこと」みたいなエッセイを依頼されるんですけど、何も書けない。

ブレイディ:そうでしょ! 私も家にいるしいったい何を書けっていうの、みたいな。

西:もっと考えたいし、まだ自分の中では早すぎて。

ブレイディ:そうそう。私もポストコロナって言われたって。

西:終わってへんし! 

ブレイディ:ロックダウン解けてないし。配偶者はようやく仕事を休み始めたところだし(笑)。

西:小説ってなんでこんなに遅いんだろうって思うんですけど、同時に、他があまりに早すぎると思うこともあります。世界って、こんなに早かったっけ。て。

 一応バンクーバーの状況を話しますね。トルドー首相が毎朝会見をするんですよ。で、コロナ関連や政府の対策などの質問に答える。バンクーバーはBC(ブリティッシュコロンビア)州にありますが、BC州の博士であるボニー・ヘンリーさんという方が、本当に誠実に受け答えをしていて、我々のヒーローだ、とカナダ人の友人が言っていました。補償も動きが早かったと思います。とにかく先に皆に補償をして、後々確定申告時に調整する、というやり方のようです。

 私の行っていた語学学校は閉鎖を決めましたが、先生もそんなに悲壮感はなくて、とりあえず仕事が決まるまで補償で暮らす、と言っていました。いいなと思ったのは、オンラインの心療ケアに180億円を投じる、ということです。とにかく近所で孤立している人に声をかけて欲しい、というようなことを言っていて、それだけで「トルドーーー!」ってなりましたよね(笑)。

ブレイディ:イギリスはロックダウンが始まるって噂が広まったときだったと思うけど、うちの郵便受けに手作りのチラシが入っていました。「このあたりは一人暮らしのお年寄りとか障がいのある人のお宅もあるし、コロナにかかったら自主隔離する人が出てきます。代わりにスーパーに買い物に行って食料を届けるボランティアのグループを作りたいと思います。興味があったらここに電話してください」というようなチラシでした。これは本当にイギリスらしいと思った。それで私も電話しました。私は車を運転しないからスーパーで買い出しとか配達はできないから、定期的に近所のおじいちゃんおばあちゃんに電話して「切れてるものないですか」とか雑談するわけですよ。そういうサービスに加わってやってるんだけど、面白い。『ワイルドサイド~』にのってる世代よりもっと上の世代の人たちはどういうティーバッグのブランドが好きか、どのビスケットが好きかとか知識がついたりして。

 本当にイギリスの相互扶助はすごい。アメリカだったら「エッセンシャルワーカー」、イギリスは「キーワーカー」っていうんだけど、医療の仕事についてる人や、介護士や保育士、スーパーの店員や、ダンプの運転手、ゴミの清掃、収集してくれてる人、いわゆるロックダウン中も政府が働いてくださいって頼んでる人たちに、毎週木曜日の夜8時に家の前にみんな出て拍手しましょうっていうのが3月末からずっと続いていました(※5月末で終了)。面白いのが、今日かな、昼間息子がSNSで流れてきたと言ってたのは、火曜日の午後8時に外に出てブー・フォー・ボリス(Boo for Boris)、ジョンソンにブーイングをしようという(笑)。明日マジで始まるかどうか見ものですよ(※スコットランドではストリートをあげて盛大にやったところもある)。

西:あっははは(笑)。その助け合いは地域の繋がりが強いってことですか?

ブレイディ:そうですね。お上から何か言われなくても自分たちでそういう動きが立ち上がるっていうのはすごいですよね。グレンフェル・タワーっていう、ロンドンの低所得向けの超高層住宅が火事になったときも、政府はもたもたしてたのに、ボランティアのネットワークが動き出して、政府より全然早く人が集まって、食料とか、焼け出された人の泊まるところをみんなで手配したりした。今回もこの地域だけじゃなくて、いろんなところで草の根で立ち上がってるみたいで、これはさすがイギリスだなって。

西:うーん、それは素晴らしいですね。

ブレイディ:イギリスの伝統なんじゃないのかな。そういうことする人たちがいるんですよね。自分のうちの壁に「買い物でもどんなことでも、困ってる人がいたらここに電話してください」って、自分の電話番号とかメールアドレスを書いて貼ってる人もいる。平時だったら自分の電話番号なんか悪用されるかもしれないから絶対に書かないと思うけど、緊急時にはそういうことを考えない。ある意味、社会というか、人々の良心を信頼してますよね。

西:みんな苦労してきたんでしょうね。これはコロナ以前の話ですが、スイスから来た留学生の子が、自国の人は優しいけど、すごく個人主義だからさみしい、と言っていました。理由を聞くと、たぶん国の補助がしっかりしすぎているからではないか、と。誰かに頼る必要がないから、すごく個人主義になるんじゃないかと、それは彼女の意見ですけど、すごく興味深かったです。それをコロナ後ブラジルからの留学生の女の子に話したら、ブラジルは大統領がひどいし、補償も何もあったものではないから、住人レベルの助け合いがすごい、と言っていました。ファベーラ(スラム街)でも、このコロナ渦で、国が何もしないからギャングたちが巡回してコロナを防いでいるみたいで。

ブレイディ:写真、見た! すごいよね、映画かと思うくらい。

西:これこそ多面的ですよね。いいとこもあるし、悪いところもある。

 私は近隣のコミュニティに入れてるわけじゃないのでカナダの状況はあまりわからないけど、たぶん、そういう助け合いもできていると思います。あとは、私が会ったカナダ人たちに限って言えば、特にバンクーバー人は絶対差別をしたくないという矜持があるように思いました。コロナのソーシャルディスタンシングが始まって、道を歩いてて人を避けはじめた当初はぎこちなさがありましたが、今はたくさんの人が声をかけあって、道を譲るときはサンキューと言っています。私はアジア人ですが、嫌な思いはしていません。

ブレイディ:すごい。それはイギリスにはないから。逆に散歩とかしてたら、2メートルのソーシャルディスタンシングとは分かっていても、私がマスクとかしてると異常なほどぐるっと迂回されるから差別されたんじゃないかという気持ちに最初の頃はなりました。アジア人ってすごくそういう目で見られたし。スーパーマーケットに行っても、人が近くにいなくなるような気がして差別されてるみたいな思いが芽生えがちだった。そうしたらうちの息子が「いいじゃん! 向こうから離れていってくれるんだから、俺ら絶対感染しないよ」と言って。そりゃそうだなって。

西:あはははは(笑)。合理的。いいな、その考え方。でも、バンクーバーでも、アジア人として差別された人もいるとも聞いたし、ニュースも見ました。それは本当に人や場所によると思うんです。私が暮らしている限りでそれはなくて、それも特権に関わってくることだと思います。

 カナダは希望者はPCR検査をしてくれます。緊急ダイヤルもあります。あとはドラッグ中毒でホームレスになっている人が多くて、それが社会問題になっているから、彼らを保護しようという動きがあります。

ブレイディ:カナダやっぱりそういうところがすごいよね。

西:私が知る限りですが、アメリカと自分たちは違う、意地でも差別しないみたいのはある気がします。もちろん人によりますが。

ブレイディ:そういう国だからトルドーさんがみんなに選ばれるんだよね。

西:本当にそうですね。選挙でも、多様性を尊重する、という公約を掲げないと当選しないと聞きました。そんなトルドーも、先住民の方々との約束を破った、と国民から糾弾されていますし。

ブレイディ:うーん!

 

隣りに座って教えてくれる

西:ブレイディさんの本は、『ぼくイエ』のときも感じましたが、隣りに座って話しかけてくれているような感じがします。おっさんたちの悲哀も、変に下から書いてるわけでも、もちろん上から書いてるわけでもない。隣りにブレイディさんが座って、「な。あのおっさんら、やらかしてるよな」みたいに話してくれてる感じで、それがとても信じられるんですよね。世代の話をするのも、とても難しいと思うんですよ。この本でも、「BBCの階級算出機」とか私にとっては難しいことを書いていて、それを、ブレイディさんは壇上で黒板に書くんじゃなくて、隣りに座って、「ややこしいよねぇ、これ」って一緒に言いながら教えてくれる感じ。

ブレイディ:前で黒板に書く教養ないから、私。あっはははは(笑)。

西:いやいや、あるけど、壇上で説く教養みたいなことをあんまり信じすぎてらっしゃらないんじゃないかな。ブレイディさんが「地べた」ってよく書いてらっしゃるけど、それを本当に体現してくれてる感じがしますね。「辛酸舐めてきて、地べたを味わってるから書けるんだ、他の奴は黙っとけ!」っていうようなことを言っているわけでもない。最初にも言いましたが、人間として生きていく中で、ニュートラルでいることって不可能だと思うんですよ、でもその不可能を受け入れた上で、限りなく公正でいる。こういうやり方があるんだっていうのを提示してくれて、むちゃくちゃ本当に勇気が出ました。

ブレイディ:ありがとうございます。『小説新潮』に連載してるって言ってた貧困に関する小説はまだ進行中ですか?

西:今、丁度やっててそれをずっと書いてますね。

ブレイディ:それ、大長編?

西:いつ終わるか。もう分かんないですよ(笑)。ただこっちに来て良かったかな、集中して書けていると思います。

ブレイディ:カナダに行ってから変わった? 執筆するにあたってやりやすくなったとか、やりにくくなったとか。目線が変わったとか。

西:日本に、特に東京にいたら楽しすぎてめっちゃ遊びに行ってしまってました。こっちはのんびりした街なんで行くとこも限られてるし、執筆にはいいと思いますね。またカナダかイギリスでお会いしたいですね。

ブレイディ:うん、またぜひ! 私も実はカナダ行ったことなくて、行きたい。

西:会いたい!

ブレイディ:ねー。絶対会えるよ。私たちはまた会いましょう。

西:飲みましょう!

ブレイディ:飲みましょう、飲みましょう。こんな水じゃなくってね。

 

                  (2020.5.26 ビデオ通話で)

2020年7月6日更新

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ブレイディ みかこ(ぶれいでぃ みかこ)

ブレイディ みかこ

ライター・コラムニスト。一九六五年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、一九九六年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。二〇一七年、『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)で第十六回新潮ドキュメント賞受賞。二〇一八年、同作で第二回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補。二〇一九年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で第 七十三回毎日出版文化賞特別賞受賞、第二回 Yahoo! ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞受賞、第七回ブクログ大賞(エッセイ・ノンフィクション部門)受賞。 著書は他に、『花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION』(ちくま文庫)、『アナキズム・イン・ザ・UK』(Pヴァイン)、『ヨーロッパ・コーリング――地べたから のポリティカル・レポート』(岩波書店)、『 THIS IS JAPAN ――英国保育士が見た日本』(新潮文庫)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『労働者階級の反乱――地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)、『女たちのテロル』(岩波書店)などがある

西 加奈子(にし かなこ)

西 加奈子

1977年、テヘラン生まれ。2004年『あおい』(小学館)でデビューし、05年、『さくら』(小学館、のちに小学館文庫)がベストセラーになる。07年、『通天閣』(筑摩書房、のちにちくま文庫)で織田作之助賞を受賞。他の小説作品に『きいろいゾウ』『しずく』『窓の魚』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』など。

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