弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第十四回 風俗業界の見えづらい貧困

コロナ禍の蔓延によって勤め先の店舗が休業し、収入を失ったことで生活苦に陥る風俗業界の女性たちが後を絶たないと言われています。彼女たちのなかにはどんな支援を得られるのか考える前にあきらめてしまう人も。今回は、緊急事態宣言を受けて四月の頭から一斉に店舗を閉じた「吉原」を取材しました。

  第十四回 風俗(1)

 「お店の寮を追い出されて住むところがなくなった。もうホームレスだよ!」
 本連載のプロローグで紹介した風俗嬢からそんな悲痛な電話がかかってきたのは、非常事態宣言が出ていた最中の五月初旬のことだった。
 この女性はかつて風俗の仕事で客の子供を妊娠した。毎日働いているうちに、中絶手術を受けられる期間が過ぎてしまい、出産した後に生まれた赤ちゃんを特別養子縁組に出した。数年前、私はその取材で彼女と面識があったのである。
 新型コロナウイルスの感染拡大にともない、風俗業界で働く女性たちへの支援の必要性は、関係者の間では比較的早い段階から叫ばれていた。一部の政治家や著名人から心ない意見が聞こえてきていたものの、NPOの中にはいち早く相談窓口を設置して住居の提供など様々な支援に乗り出す団体もあった。
 にもかかわらず、風俗で働く女性たちのすべてが、そうした支援を受けられたわけではない。何かしらの事情でそこから零れ落ちてしまったり、自ら支援を拒んだりする者たちがいた。なぜ、そういうことが起きたのか。
 今回は彼女たちの背景も含めて、セーフティーネットから放り出された風俗の女性たちに光を当ててみたい。

 二〇一九年の十二月から年始にかけて、東京を代表するソープランド街「吉原」は、近年稀にみるほど繁盛していた。翌夏に開催予定の東京五輪に向けて外国人や観光客が増えていたことも追い風になったのだろう、大半の店が例年以上の売り上げを叩き出し、経営者もソープランド嬢も浮き足立っていた。
 とはいえ、風俗店業界では二月は年度末の忙しさや寒さゆえにガクンと売り上げが落ちるのが常だ。毎年、年末年始の繁忙期に稼げるだけ稼いで、この月の時期の赤字を補填し、春に訪れる繁忙期で再び黒字に持っていく。経営者やソープランド嬢はそれを見通していたので気を引き締めてはいたが、心の底では五輪のある夏まで好景気がつづくことを願っていた。
 だが、正月休みが終わって少ししたところで、吉原の街に異変が訪れる。中国の武漢市が最初の流行地となった新型コロナウイルスの感染拡大によって、まず中国人観光客ががくんと減り、つづいて一月末にWHOが出した緊急事態宣言によって他の国々からの観光客までもが激減したのだ。吉原から外国人客が姿を消した。
 吉原で「スイートキス」「プレシャス」の二店を経営していた田島洋一(仮名)は語る。
「うちの店は外国人がお客さんの二、三割を占めます。吉原では一般的な比率ですかね。ただ、外国人専門のソープランドもあるので、吉原全体でいえば外国人のお客さんが占める割合はもっと高いはずです。中国人ブローカーや、台湾人ガイドといった人たちがいて、彼らが外国人旅行者を店に連れてきてくれるシステムになっている。あとは外国人用の風俗紹介サイトを見てくる人もいますね。
 一月の末から三月にかけて、この外国人客がごっそりいなくなったのは大打撃でした。ただでさえ苦しい時期に売り上げが二、三割減ったわけですから。さらに、二月末から三月にかけては日本でもコロナの感染が広がったことで、日本人のお客さんの足が遠のきました。四月初旬の時点で、お客さんの数は五、六割減になっていました」
 これはデリバリーヘルスでも同じだ。日本全国で約四十店の人妻系デリバリーヘルスを経営する大手グループ店経営者の新垣史郎(仮名)は次のように述べる。
「うちは全国展開しているので、ダメージで言えば都会の店の方が大きかったね。東京や神奈川などの都市だと、軒並み五割から六割減になった。地方の方がまだマシで三割から四割減くらいかな。うちは人妻を売りにしていることもあって、外国人の客はほとんどいないんだけど、デリヘルの中には外国人専門にやっていたところもある。そういう店は完全にダメだっただろうね」
 大都市のデリバリーヘルスには、会社の出張や観光目的でその地に訪れる客が多い。日中は仕事や観光で出歩き、夜になると泊まっているホテルに女性を呼ぶのだ。新垣の店で働く風俗嬢によれば、平日の夜であれば五割くらいが「地方から仕事や遊びで来ている人」ということだ。新型コロナウイルスは、会社の出張を大幅に減らし、観光に多大なダメージを与えたが、デリバリーヘルスもその煽りをもろに受けたのだ。
 新垣はつづける。
「こういう状況になっても、女の子は働きたいという子の方が多いと思うよ。人妻系といっても、実態はほとんど独身なの。だから自分を守ってくれる家族がいるわけでもないし、貯金があるわけでもない。昼と夜の仕事を掛け持ちしてちゃんと稼いでいる子なんて、全体の二割くらい。逆に言えば、八割は独り身で風俗の収入に頼って生きている。だから、これだけの不況や危険にさらされても、生活を守るために、どうしても仕事をつづけていかなければならないというのが現状なんだ」

 かつて風俗店は「稼げる仕事」だった。何かしらの事情で背負った何百万円かの借金のために、風俗で数カ月間働き、全額返済した後に、また昼間の仕事にもどる者や、そこで貯めたお金を元手にして事業をはじめる者もいた。
 ところが、二〇〇〇年代半ばに起きた風俗業界の価格崩壊によって、今はさほど稼げない仕事になっている。では、具体的にどれくらいの収入なのか。
 新垣の店は全国でも屈指の有名チェーン店だが、客が一時間のサービスに対して払う料金は一万三千円ほど。雑費などを引かれた女性の手取りは六千円ほどになる。一日に三人客が取れたとして一万八千円。客が付かない日もあることを考えれば、専業の風俗嬢で手取りは三十万円そこそこだ。ただし、交通費も衣装代もすべて自費なので、現実的には手取り二十五~三十万円くらいの仕事と同じくらいの稼ぎといっても過言ではないだろう。
 ピンサロ(ピンクサロン)は、余計に厳しい状況にある。神奈川県のとあるチェーン店では、基本時給が二千円で、これに客一人に対して四百円の歩合給がつく。一時間に二人を接客した場合でも時給二千八百円だ。一日六時間働いて十二人の男性を相手にしたとしても、一万六千八百円から税金を引かれた額しか手元に残らない。
 ソープランドはもう少し給与が高く、トップレベルの子で手取り百~百三十万円。平均すれば、五十~八十万円といったところだ。ただ、ソープランドでの仕事は心身ともに非常に負担が大きく、大半が数カ月で辞めてしまうし、勤務できたとしても上記ほどの収入を手にしつづけられる者は決して多くない。
 そんな風俗の世界に、新型コロナウイルスの波が押し寄せたのである。

――――――――――――――――――――――――
■取材依頼募集
新型コロナウイルスによる窮状を多面的にルポする予定です。
医療現場から生活困窮の実態まで、取材を受けてくださる方は、次のメールアドレスまでご連絡ください。

連絡先:石井光太(いしい・こうた)
メール postmaster@kotaism.com
ツイッター https://twitter.com/kotaism
HP https://www.kotaism.com/