弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第十五回 ソープランド街「吉原」の灯りが消えた日

都知事による休業要請の中に「ソープランド(個室付浴場業に係る公衆浴場)」が入ったたことで一斉休業を決めた「吉原」。国からの補償ですべてを埋め合わせることは難しく、赤字を食い止めるために風俗店の試行錯誤がつづいています。一方、店を開けることを決めたデリバリーヘルス経営者の一人は「無店舗型になったことで統率がとれなくなった」と一斉休業に踏み切れない現状の難しさを話しました。

  第十五回 風俗(2)

 風俗店には大きく分けて店舗型と無店舗型の二種類がある。店舗型はソープランドやピンクサロン、無店舗型はデリバリーヘルスなどだ。休業要請が出された後、風俗店の判断はそれぞれでわかれた。
 風俗店で休業を決めたのは、店舗型の店だ。前回紹介した吉原でソープランドを経営する田島洋一は語る。
「緊急事態宣言を受けて、吉原のソープはほとんど一斉に閉じましたね。四月十日に小池百合子都知事が出した休業要請の中に『ソープランド』が入ったためです。具体的には、個室付浴場業に係る公衆浴場として名指しされたので従うしかありませんでした。
 国からある程度の補償が出ることは聞いていましたが、それですべてを埋め合わせられるわけがなく、店の赤字がかなりの額になるのは明らかでした。すぐに考えたのが、店の整理です。うちは二店を経営していましたが、『プレシャス』を閉じて、『スイートキス』のみの経営に絞ることにしました。女の子も残ってくれる子は、そっちに移籍してもらった。
 吉原の他の店も同じような決断をしましたね。四月末の時点で、吉原にある約百四十店のうち二十~三十店が閉店を決めたといわれていたくらいですから」
 吉原のソープ街は、江戸時代にできた遊郭がもとになっていて、一九五七年の売春防止法の施行以降にソープランド街となった。店はそれぞれ二階~四階建ての店舗を構えている。ただし、大半の店が不動産会社を通して土地や建物を借りて、店舗経営をしているのが実態だ。
 田島は月々の家賃として、「スウィートキス」に百十万円、「プレシャス」に百二十万円を支払っている。これに水道代や電気代などに加えて、広告宣伝費が毎月百万円以上かかる。大まかにみると、繁忙期の十二月の場合は、月の売り上げが約一千万円で、人件費も含めた必要経費が八百万円。残りの二百万円が田島ともう一人の共同オーナーの取り分になる。
 では、休業すればどうなるのか。
 キャストの女性は完全歩合制なので給与の支払いは発生しないが、店の家賃や従業員寮といった固定出費に加え、黒服と呼ばれる男性従業員は月給で雇っているので、一人につき三十~三十五万円ほどを払いつづけなければならない。それらをある程度抑えたとしても、休業中も一月当たり二百万円くらいはかかってしまう(広告宣伝費をカットした場合)。
 田島が二店あったうちの一店を閉めることにしたのは、赤字を最小限にした上で現金のストックをつくるためだ。一店舗を閉めたことで保証金一千万円のうち半額近くが返ってきた。この金とこれまでの貯蓄で急場をしのぐことにしたのだ。
 田島は言う。
「女の子たちの方からはシフトを入れてくれと言われていますが、吉原全体として休業しているので、開けるわけにはいきません。女の子も先が見えずに大変だと思いますよ。店は納税しているので、それなりの休業補償はもらえますが、吉原の女の子の中でちゃんと確定申告している子なんて一割にも満たないでしょう。そうなると、十万円はもらえても、それ以外の公的な支援を受けるのは難しい。営業している別の風俗店に働きに行くか、パートなんかをはじめている子もいるはずです」
 あくまで噂だが、吉原の一部の店では休業を装って営業をつづけていたところもあったらしい。HPには休業と記す一方で、常連客だけをこっそり呼んでいたようだ。これがまかり通れば、お金に困った女の子はその店に流れてしまい、田島の店のようなきちんと休業をしているところが損をすることになる。

 一方、無店舗型のデリバリーヘルスの大半は営業をつづけていた。それは、小池知事が出した休業要請の中身にあるという。
 前回紹介した全国チェーンのデリバリーヘルス経営者の新垣は言う。
「知事の休業要請ではソープとのぞき部屋に言及はあったけど、デリヘルは名指しされなかったんだよ。のぞき部屋っていつの時代だよって感じだよね。デリヘルが名指しされなかったのは、〝三密〟にならないというより、存在そのものを公に認めづらかったこともあるかもしれないね。風俗はあくまで『届出』であって、国から『許可』をもらっているわけじゃないんだ。
(キャバクラやクラブなどお酒を介した接客を主とする水商売は『許可申請』をして営業するが、デリバリーヘルスなど性的サービスを提供する店は「性風俗関連特殊営業」として規定され、『届出制』になっている。つまり、国から正式に営業の許可を得たのではなく、あくまで届出をした上で営業しているだけなのだ。そこがグレーであるゆえんでもある)
 うちは、営業をつづけるという決断をした。グループ全体で五割くらいの収入減だから大赤字だよ。経営者の立場からすると、その赤字を少しでも食い止められるなら食い止めたい。名指しで休業要請されていれば別だけど、そうじゃないし、働きたいという女の子もいるから店を開けたんだ。
 全国のデリヘルで休業要請を受けて休業したという話はほとんど聞いたことがない。それは同じような理屈なんじゃないかな。そもそも、一対一で会うデリヘルのサービス形態が、どこまで〝密〟なのか判断できないしね」
 彼のグループでいえば、デリバリーヘルス一店舗あたりの家賃は、二十~五十万円ほどだ。風俗店の入居を認めてくれるところは少ないので、必然的に風俗店の集まる繁華街のビルやマンションを借りることになるらしい。
 家賃はソープランドほど高くはないが、広告宣伝費がバカにならない。店舗がないので、インターネット広告に経費をかけなければそもそもの営業自体が成り立たず、その額は一店舗当たり月に百万円を上回る。また、女性や運転手の賃金は完全歩合制だが、支店長の給料(五十万円前後)は発生する。
 これらを総合すると、一店舗につき毎月二百万円近くが吹き飛ぶ計算になる。名指しされない限り営業を自粛しない背景には、これだけの赤字を極力減らしたいという思いがあるのだ。
 新垣は言う。
「デリヘルの一斉休業は現実的には難しいと思う。もし知事が名指しで休業要請をしたところで、無店舗型だから休業しているかどうかなんて確認のしようがないじゃん。店がホームページに『休業中』と書かなければ、お客さんの方からは問い合わせがあって、こっそりと女の子を派遣できるんだから。
 十数年前に都知事だった石原慎太郎都が音頭を取って歌舞伎町をはじめとした歓楽街から風俗店を一掃しただろ。この時、多くの店舗型の店がつぶされ、代わりに無店舗型に切り替わっていった。当時は、風俗店が地下に潜るんじゃないかって言われていたよね。地下に潜ったかどうかはわからないけど、今回でいえば、無店舗型になったおかげで見えにくくなって統率がとれなくなったのは事実じゃないかな」
 では、こうした風俗店業界の不況のただなかで、女性たちはどのように生きているのだろうか。
 二人のケースを具体的に見てみたい。

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