弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第十七回 「風俗で働く」というセーフティーネット(2)

ウイルスの感染拡大によって多くの風俗店が休業し、風俗業に就く女性のなかには収入や住居を失くした人も。いま、彼女たちが生きるための権利をどう守っていくかが重要な課題となっています。今回の取材で石井さんが再会した女性も、コロナ禍によって仕事を失い、行き場もなく八方ふさがりになっている現状を話しました。

   第十七回 風俗(4)

 前回につづいてもう一人紹介する風俗嬢が、プロローグで述べた佐野紗理奈だ。
 紗理奈は二歳の頃に両親が離婚してから、栃木県に暮らす祖父母のもとで育てられてきた。だが、祖父は外で酒を飲んでばかりで帰って来ず、祖母は血縁関係のない後妻だったことから、紗理奈のことを邪魔者扱いして虐待をした。怒鳴る、叩くは毎日のことで、二日に一度は「罰」として食事を抜かれた。
 紗理奈にとって、学校も安心できる場所ではなかった。紗理奈はいつも同じ色あせた服を着ていた上に、虐待のストレスから髪を抜く癖があり、アトピー性皮膚炎もひどかった。同級生たちはそんな紗理奈の外見を蔑み、いじめていたのだ。
〈ハゲゴン〉
 それが小学生の紗理奈につけられた蔑称だった。学校の先生からも「おいおい、授業中に髪を抜いてそこらに捨てるなよ!」などとからかわれた。紗理奈は自分を生んだ両親を恨むことしかできなかった。
 高校二年生の時、祖父が重い病気にかかったことで、紗理奈は母親とその愛人の暮らす家に引き取られた。ここでも、紗理奈はお荷物扱いで、顔を合わせれば嫌味や不満ばかり浴びせられた。
 紗理奈はこうした仕打ちに耐えられず、高校を卒業してすぐに家を飛び出した。だが、まともな仕事先は見つからず、手っ取り早く稼げるからという理由で、一度も男性経験がないままファッションヘルスで働きだした。
 紗理奈は働きはじめてすぐに「風俗は天職かもしれない」と思ったそうだ。店長はやさしく大切に扱ってくれるし、当日に無断欠勤しても許してくれる。お客さんからは「かわいい」とほめてもらえて、気に入られれば何度も指名されてお金も入ってくる。これまで虐待やいじめに遭いつづけてきた彼女にとって、風俗の世界は唯一自分を受け入れてくれる場所だと思えたのだろう。
 だが、二十歳を少し過ぎた頃から状況が変わった。家を出て以来、それまでの反動のように不摂生な生活をはじめ、みるみるうちに太りだし、客がつかなくなっていった。ネットでは「デブ」「地雷」と書かれ、一月働いても手取りで二十万円に届くかどうかということも珍しくなかった。
 そこで彼女は競争の激しい都会で働くのを止め、東北、北陸、山陰、四国といった田舎の店を転々とするようになった。女性キャストの人数が限られているので、最初の一、二か月間は「新人」と謳われて指名が集中するものの、何カ月も働いていると「性病持ち」「すれてる」などと言われて離れられていく。そのため、数カ月おきに店を移籍しなければならなかった。
 住まいである店の寮について、彼女はこう言っていた。
「マンションが基本だけど、田舎だと借家の場合もある。何人かで一つの部屋を共有する感じ。どの町にいても、店と寮の往復で、遊びに出ることはないよ。車もないし、友達もいない。同じ店の子と話すこともないかな。一日の仕事が終わったら、パン買って、寮に戻って携帯ゲームやって、また起きたら働きに行く。とはいっても、仕事がずっとあるわけじゃないから、一日のほとんどはテレビ見たりしてるだけだけどね。外へ遊びに行かないのは、寮に荷物があるから。誰だかわからない子が何人も住んでいるから、盗まれるのが怖いんだよね」
 彼女が客の子を孕んだのは、そんな中でのことだった。かなりの肥満体であり、ずっと生理不順だったため、体調の変化にも気が付かず、妊娠が判明した時には七カ月を迎えて中絶ができない時期になっていた。出産を余儀なくされた彼女は、やむを得ずに子供を特別養子縁組に出した後、数カ月して再び風俗の世界へもどったのである。

 それから一年ほど経ったある日、紗理奈が寮から店へ出勤したところ、店長からこう告げられた。
「うちは今日で閉店することになった。五日以内に寮からも出て行ってほしい」
 この店は地方の観光地にあったことから、新型コロナウイルスによって外国人と日本人の観光客を奪われ、経営が立ち行かなくなったようだ。旅行客がもどってくるのは一年以上先だろうと見越して早々に閉じたのだろう。
 この時点で紗理奈の手持ちの現金は三万円に満たなかった。出産やその後の体調不良でほとんど稼げていなかったのだ。
 紗理奈は慌ててこれまで働いた店に電話をかけて働かせてほしいと頼んだ。だが、どこの店の反応も冷たかった。
「うちもコロナのせいでほとんど客がいなくなってしまって困っているんだ。雇ってあげるのはいいけど、一日一本(一人)つけられるかどうかわからないよ。それに寮の方は閉める予定だから、家は自分で見つけてもらうことになる。それでもいいか?」
 別の店主はこう言った。
「今、寮に誰も住んでないんだ。これまでは一人八千円で住まわせてあげていたけど、一人だけに貸すとなると家賃全額分の五万円を払ってもらうことになる。それでもいいなら来なさい」
 どこも客足が減り、キャストに客をつけてあげられなくなったり、安い住居を確保できなくなったりしていたのだ。
 紗理奈は店長たちに「はい、わかりました。行きます」とは言えなかった。残金を考えれば、店までたどり着くのがやっとで、マンションを借りたり、寮費を全額支払ったりするなどできるわけがなかったのである。

(次回につづく)

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