ちくま新書

アフリカの影を描く

2020年7月刊、吉田敦『アフリカ経済の真実』(ちくま新書)の「はじめに」を公開いたします。資源が豊富で、外国による投資も盛んになり「希望の大陸」とも呼ばれるアフリカ。しかし、そこに暮らす人々の多くが貧しいままです。それはなぜなのか? まずは「はじめに」をお読みください。

†「絶望の大陸」から「希望に満ちた大陸」へ
 かつて「絶望の大陸」として語られてきたアフリカは、21世紀にはいり「希望に満ちた大陸」へと変貌をとげたと言われている。
 絶え間のない政治的混乱、頻発する内戦、永遠に目覚めることがないかのように低成長を続ける経済……。そのようなアフリカのイメージは消失して、代わりに12億を超える膨大な人口(加えて若年層が多数を占める人口ボーナス)と高い経済成長に牽引される「希望に満ちた大陸」として描かれるようになった。
 実際に21世紀にはいってからのアフリカの経済成長率には、目を見張るものがあった。2001年から2008年までの経済成長率は、アフリカ全体の平均は5.5%で、これは同じ期間の世界の経済成長率の平均4.3パーセントを上回る高水準であった。また各年ごとに見ても、すべての年でアフリカが世界の経済成長率の平均値を上回っていた。そして2009年以降も、世界金融危機の影響により一時的な経済成長率の減速が記録されたものの、2013年から2017年に至るまで概ね3パーセント台の堅調な水準を維持してきた(数値はIMF統計資料)。
 米国に本拠をおく戦略系コンサルティング会社のマッキンゼーは、この時期のアフリカ経済を「動き始めた獅子」と評している(Mckinsey, 2010)。これまで深い闇のなかで眠り続けてきたアフリカがついに目を覚ました。「すでに8600億ドルに膨れあがったアフリカの消費市場は、将来も拡大が見込める。ビジネスチャンスを摑むのに、各国企業は乗り遅れるな」というわけである。
 このようなアフリカに対するポジティブなイメージが描かれているのは、投資会社のマーケット調査報告だけではない。メディアが報じるアフリカの評価も一変した。イギリスの『エコノミスト』誌は、アフリカについて、2000年5月号に「希望のない大陸」(The Hopeless Continent)と冠した特集を組んでいたが、その11年後の2011年12月号の特集は「希望に満ちた大陸」(The Hopeful Continent)だった。そのイメージを180度転換させたのである。
 日本においても、「最後の市場」「成長する資源大陸」等々をタイトルに冠した、アフリカ経済を好意的に評価する書籍が続々と刊行されている。このように21世紀にはいり、アフリカに対するポジティブな見方が、広く一般に共有されはじめているのである。

†消費市場としてのアフリカ
 マッキンゼーや『エコノミスト』誌の例のようにアフリカがプラスのイメージで語られるようになった背景には、高い経済成長に牽引された消費市場の拡大がある。
 ユニリーバ市場戦略研究所は、南アフリカの中・高所得者層を「ブラック・ダイヤモンド」と呼び、購買力の増加と旺盛な消費意欲を賞賛する(Unilever Institute of strategicMarketing, 2007)。アフリカの各地で大型ショッピングモールが建設され、外国製の日用雑貨(衣料品、靴・鞄)や耐久消費財(自動二輪車、家電製品、家具等)の旺盛な消費がみられるのも確かだ。
 テレビや生活家電の販売数の急激な拡大が続き、いまやアフリカの人口の半数が携帯電話かスマートフォンを所有していると言われている。あるいは、ネスレやダノンの加工食品やユニリーバの衛生用品などの売り上げ規模の増大等々、民間企業によるアフリカ市場への積極的な参入とその消費の爆発は、確かにアフリカの現状の一部を表していると言えそうだ。
 視点をふたたび国家レベルに移して、アフリカの経済成長とならび、好調が続いている貿易額や投資額の動向をもとに、次のような「希望に満ちた大陸」アフリカを描きだすことも可能であろう。
 まずは貿易額である。サハラ以南アフリカにおける輸出額は、2000年の821億ドルから2016年には1651億ドルへと倍増し、輸入額は同じ期間に662億ドルから2166億ドルへと3倍以上の伸びを示している。くわえて外国直接投資額も大きく増加しており、アフリカへの直接投資の流入額は、2000年の81億ドルから2016年には600億ドル近くにまで大きく増加した。
 その結果、アフリカの市場は、貿易を通じて世界各国からの輸入品であふれかえるようになり、また外国企業によって大量の資本が投下され続けている。
 これが、国際社会が評価するアフリカの「希望に満ちた大陸」の姿である。確かに、現在のアフリカは、1990年代までの状況とは大きく異なっている。潜在的な購買層の発掘が見込めるアフリカの市場は、飽和状態に達している先進国市場と比べても、企業にとって魅力ある投資先へと変化し始めているのかもしれない。

†もうひとつのアフリカ
 しかし、本当にアフリカの経済や社会はそのように良いことずくめなのだろうか。
 アフリカは本当に「希望に満ちた大陸」に生まれ変わったのか。これが本書の問題設定のひとつである。
 本書が描きだすのは、企業にとってのビジネスチャンスやリスクがどこにあるのかといった、いわゆる「最後の市場」としてのアフリカの姿ではない。
 そうではなく、市場原理や自由競争にもとづくグローバルな経済統合がアフリカ市場を飲み込もうとしているなかで、いまなお絶望と悲しみの淵に取り残され続けているアフリカの人々の姿である。
 もしかしたら、本書の試みは、悲観的なアフリカ像の再生産として、もしくは「第三世界」の焼き直しとして、読者に凡庸な印象を与えてしまうかもしれない。
 しかしながら、本書では、そのように決して明るくない話をしなければならない。なぜなら、アフリカが誰にとっての「希望に満ちた大陸」であるのか、ということを問わなければならないからである。アフリカは、原料供給先の確保やさらなる消費市場を獲得しようとする企業にとって「希望に満ちた大陸」であるのか。それとも国際機関や先進国政府による「さらなる市場の自由化」という勧告にしたがって、貴重な資源や土地を切り売りする政治家たちにとってなのか。それとも、日々の生活の糧を得るために、自らの命を危険にさらし続けなければならない人々にとってなのか。
 これらの問いに答えるためには、現在のアフリカでどのような開発政策がおこなわれており、そしてその結果どのようなことがアフリカの地で生じているのかを考える必要がある。

関連書籍