弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第十八回 「風俗で働く」というセーフティーネット(3)

前回にひき続き、営業自粛によって職を失い、深刻な事情を抱えて苦悶する女性。学校でのいじめや家族による暴力から逃れ、性風俗業界へと避難してきた彼女は、簡単に支援とつながることができず立ち往生していました。

   第十八回 風俗(5)

(前回につづく)

 新型コロナウイルスの流行によって、紗理奈は風俗店での仕事を失った上、別の店へ移籍することも難しくなった。彼女が真っ先に考えたのは、寮から追い出されることになった以上、早急に寝泊まりする場所を確保しなければならないということだ。三万円弱という所持金を考えると、ホテルに泊まれるほどの余裕はないし、LINEニュースによればネットカフェにも休業要請がかけられているという。出稼ぎできているため、頼れる友達も近くにはいない。
 誰に助けを求めればいいのだろう。
 脳裏に浮かんだのは、風俗の仕事を通して知り合った男性客だった。彼女は営業のために名刺にLINEのIDを載せていて、男性客数十人と個人的に連絡がとれるようになっていた。彼らに買春を持ち掛けて急場をしのぐことにしたのだ。一般に「直営業(店を介さずに客を取ること)」と呼ばれているタブーだったが、この状況であればやむを得ない。

 紗理奈は当初、店を介さずに個人売春をすれば、宿泊先のホテルに加えて、一回につき二万円前後は手に入るだろうと考えていた。二、三週間そんなふうに働けば、ウイークリーマンションくらいには移れるはずだった。
 だが、LINEで客に連絡を取ったところ、今すぐに会うのは難しいという返答がほとんどだった。家族を持っているか、新型コロナウイルスの感染を恐れるかしたのだろう。ただ一人、「会ってもいい」と返してきた男性は、こんなことを言ってきた。
 「プライベートで会ってセックスするならいいよ」
 通常料金を支払わず、ホテル代だけと引き替えに無料でセックスをさせろということだ。困っているのを知って、足元を見てきたのだ。
 紗理奈は寝る場所を確保する必要があったことから、渋々承知した。翌朝、ホテルを出る際に、「お金がないから少し援助してほしい」と頼んだところ、客がくれたのは「電車代」の二千円だった。
 この一件以降、紗理奈は男性客に頼るのをやめ、ネットで一から新しい客を見つけようと手あたり次第に営業をかけた。だが、四月の半ばになって、同じように風俗の仕事を失って個人売春をする女性が増えていたことから、価格崩壊が起きていた。これまでの個人売春の相場の半額から三分の一くらいの値段になっていたのだ。
 男性にしてみれば、相場が下落している上に、女性の方が必死で売り込んでくるので、優位に立つことができる。「買い手市場」だ。事前に写真を見せろと言うのは当たり前で、「裸の写真を送れ」とか「年齢を知りたいから身分証を見せろ」と要求することもあった。
 こうなると、ネットの個人売春という市場で先に売れていくのは、十代の家出少女ばかりだ。紗理奈のように二十代後半で、「肥満体」「出産経験あり(帝王切開だったので傷がある)」の女性にはなかなか買い手がつかない。かといって、これ以上値段を下げればホテルに泊まることさえできない。
 紗理奈が、かつて取材で知り合った私に連絡をしてきたのは、まさにこんな時だった。彼女はこう言っていた。
 「直営業で稼ごうかと思ってお客さんに連絡しても、弱みを握られて二千円とか吹っかけられたり、ただでやらせろみたいに言われたりする。本当に嫌! ご飯も食べれないよ!」
 この時、彼女は関西におり、私が直接手を差し伸べることはできなかった。そこで私は関西を拠点にしている女性支援のNPOを紹介した。住居に困っていることも含めて相談すれば、ひとまずシェルターのようなところを確保してくれるはずだった。
 だが、彼女は言った。
 「無理だよ。私はああいう偉そうな人たち(支援者)といたくないから、ずっと一人で風俗やってきたんだよ。そんなところへ行けるわけないじゃん!」
 「でも、今はそういうことを言っていられない状況でしょ。支援者も慣れているから心配ないよ」
 「ヤダ! 怖い!」
 「何が怖いの?」
 「どうせそういう施設に入ったら、ハローワーク行けとか、生保受けろとか言ってくるでしょ。なんであいつらに私の人生を決められなきゃならないのよ!」
 「そんなことない。ひとまず寝る場所を確保することの方が重要だろ。向こうもそれはわかっているし、先のことは落ち着いてから相談すればいい」
 「絶対にそうならない。私が信頼しても裏切られる! それが怖い。あいつら必ず裏切るもん!」

 彼女は幼い頃から学校でいじめを受け、守ってくれるはずの親や教師から見捨てられた経験をつみ重ねてきた。だからこそ、一般社会に対して大きな不信感を抱いているのだろう。
 また、十代の半ばから売春の世界に身を置いてきたことで、自分はそこで生き抜いてきたというプライドを持っている。それが彼女にとって、生きていく上での心の支柱なのだ。だからこそ、支援団体につながり、「売春はダメ」と言われることで、そんななけなしのプライドすらも傷つけられることを恐れている。
 私は、彼女が抱えている問題の根深さを痛感した。そんなに簡単に自分からSOSを出して、一般社会のセーフティーネットにつながることができるのであれば、そもそもここまで困難な状況に陥っているはずがないのだ。
 電話口で、私と彼女は三十分ほどやりとりをしたが、結論が出る前に、彼女は突然泣きはじめて電話を切ってしまった。それから何回か電話を掛けなおしたが、彼女が応答することはなかった。私の言葉が彼女を傷つけたのか、私に頼っても無駄だと思ったのかしたのだろう。
 この日から今に至るまで、彼女とは連絡が取れない状況がつづいている。

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この日から今に至るまで、彼女とは連絡が取れない状況がつづいている。