弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第十九回 「風俗で働く」というセーフティーネット(4)

風俗業に就く女性がコロナ禍によって大きな問題を抱えることになったのは、彼女たちの責任ではなく、社会の側に問題があると石井さんは指摘します。その窮状が明らかになったとき、問題を最小限に抑えられるように手助けができるか、平常時から体制を整えていくことが問われています。

  第19回 風俗(6)

 前回までの二つの事例から、風俗で働く女性の環境がコロナ禍によってどのように暗転するか、その一端を垣間見ることができただろう。
 二人の女性に共通したのは、コロナ禍によって店の営業ができなくなり、収入と住居を同時に失った点だ。彼女たちにとって店は、生活基盤そのものだったといえる。
 早々と〝損切り〟をして女性を見捨てた店があった一方で、オーナーの中には店を守りつづける決断をした者もいる。連載第十六回で紹介した遥香を救った店長の高木義幸だ。彼は十年ほど前から静岡県内でデリバリーヘルスを経営している。
 連載第十四、五回で紹介したオーナーの新垣の店は、全国に約四十店舗を抱える巨大チェーンである上に、風俗事業の他にも映像関係などの事業は多岐にわたっていて、資金力は膨大だ。それに比べれば、高木の店は零細企業であり、コロナ禍による打撃は比べ物にならない。
 そんな中で、なぜ高木は営業をつづける決心をしたのか。次は高木の言葉である。

「うちは観光地が近いから出稼ぎの子が多いね。寮は一軒家を貸し切っていて、ドライバーをしている五十代の女性が一人、デリで働く女の子が六人住んでいる。六人の女の子のうち五人は県外から来ていて、地元の子は一人だけかな。寮費は水道代や光熱費も込みで月に一人二万円ずつもらっていて、足りない分は店が負担していた。
 女の子たちは、大体毎日シフトを入れていたから、通常なら手取りは三十万円はあったはず。でも、もともとホストクラブにハマって借金を抱えているとか、お金が手に入ればブランドや飲み代につかってしまうとかで、貯金がある子なんていなかったと思う。そういう常識があれば、出稼ぎなんてしないよ。
 コロナで店を閉じるかどうかは何度も考えたよ。うちのお客さんは観光客や出張がてらの利用者が多かったこともあって、コロナが少し収まったからといってすぐに客足が戻るとは思えなかった。店のことだけ考えれば、赤字でダラダラつづけるより、店をたたんでしまった方が得だった。
 思いとどまったのは、女の子から『店をつづけてほしい』という要望があったからだよ。彼女たちには行先がなかった。世の中では夜の街への支援だとか補償だとかが議論されているみたいだけど、彼女たちは確定申告どころか、年金さえ払っていないし、窓口へ行って手続きできるような子じゃない。何度も言うけど、それができないから出稼ぎをしてるんだよ。出稼ぎつったって、体を売ることができているだけで、実際はホームレスみたいなもんだからね。
 俺もこれまで彼女たちに食わせてもらったのに、ここで尻尾を切って捨てるみたいなことをするのは道理に反しているなと思ったわけ。それで赤字だけどなんとかやっていける程度の規模でつづけることにしたんだよ。赤字なわけだから、一年後、二年後も同じ状況であればどこかでショートするのは確実だ。今の状況だと一年が限度かな。これがダメなら閉じるといった感じだね。それまでの赤字は俺の貯金でなんとかするつもりだ」

 高木は風俗を「最底辺の女性たちにとってのセーフティーネット」と捉えており、遥香を助けたことからもわかるように人情に厚い。先の新垣は巨大グループ企業として赤字を抑えるために営業の継続を決断したが、高木の場合は自分がギリギリまで踏ん張って女性たちを助けたいと考えているところに特徴がある。遥香をはじめとした女性たちが、それで救われているのも事実だ。そうしてみると、彼の言う「風俗=セーフティーネット」の主張には一理ある。
 ただ、現実を見回した時、高木のような経営者は必ずしも多くはない。遥香に声をかけた黒服のように、体制が揺らいだ瞬間に女性をだまして金儲けの道具にしようとする者が現れたり、足元を見てろくに金も払わずにセックスをしようとする者が出てきたりする。
 高木のようなオーナーに出会えるかどうかは運であり、仮に風俗業にセーフティーネットとしての一面があったとしても、それは非常にもろく、脆弱なものであり、世間一般でいわれるセーフティーネットとは意味合いが異なる。
 こうしてみると、女性たちがいかに不安定な世界の中で生きているかがわかるのではないか。
 だからといって、こういう女性たちに手を差し伸べるのは決してたやすいことではない。紗理奈がそうだったように、もともと他人とつながることができなかったり、きちんと情報を取捨選択して自分を守ることができなかったりする人が少なくないためだ。それは、彼女たちの責任や性格のせいではない。生来の素質によって躓くことはあったかもしれないが、ここまで大きな問題を抱えることになったのは、家庭や社会が与えた悪影響に起因している。それは遥香や紗理奈の生い立ちを見ればわかるだろう。
 今回取材した店で働く女性の中には、新型コロナウイルスに感染することを恐れていない人も少なくなかった。その一人が語っていた言葉が印象的だった。
「私は別にいつ死んだっていいと思ってるから、コロナに感染するのが怖いっていう気持ちはないよ。貯金もなければ、悲しんでくれるような友達もいないから、明日コロナになって死んだっていい。親とは十七歳で家を出てから連絡とってないから、どうでもいいと思ってる。うちの親ってアル中でどうしようもないヤツなの。私が家を出たのもそのせい。むしろ、病院からコロナで死んだ娘の死体を引き取ってくれって言われて困らせることができたらうれしいかな。あの世から親に『ざまあみろ、バーカ』って言ってやるよ」
 彼女が平然とこう語るまでになったのには、人には到底理解できない重く複雑な過去があったからだろう。逆に言えば、こういう子をつくってしまったのは、社会の側の責任でもあるのだ。
 日本の社会において、風俗業界、あるいはそこで働く女性たちは社会の外に存在するものとみなされがちだ。コロナ禍によって、彼女たちの窮状が明らかになったからといって、慌てて対処しようとしても、一朝一夕にできることは限られている。だとすれば、平常時からその溝を一つ一つ埋めて、何かあった時に問題を最小限に抑えられるような体制をつくっていかなければならない。大切なのは、常日頃から何かしらの形でつながることで、問題が起きた時に対応できるようにしておくべきなのではないだろうか。
 今回のコロナ禍は、そうしたことも示したはずだ。

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