宿題の認知科学

「正三角形は二等辺三角形に入るんですか?」問題について

語用論その2

論理的か語用論的か、それが問題だ。
 今回のきっかけは、息子が小学校3年生のときの授業参観。いろいろな三角形という単元です。二等辺三角形、正三角形という概念について、教科書上の定義に基づいて先生が説明します。わかりやすいですね。

https://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/03/page3_15.htmlより

 説明の次は、確認です。子供たちに、実際に三角形の絵を見せて、命名させていきます。さて、どこから見ても正三角形の図がでてきて、当てられた子が「二等辺三角形」と答えました。先生やさしく訂正します。「違うよ、それは正三角形だよ」(正確なセリフは覚えてないのですが)。

 それを聞いて素直な子供たちは皆すんなり受け入れていたように見えましたが、教室の後ろでひとりつっこむオカン、それは私。「正三角形のうち2つの辺の長さは確かに同じやろが! 二等辺三角形の基準満たしとる!」

 さてその日の夜、息子にきいてみました。「今日算数で習ってたことについてだけど、正三角形って二等辺三角形でもある?」と……残念ながら不肖の息子は、素直に受け入れる以前に全然授業を聞いてなかった様子で、そもそも「二等辺三角形って何?」状態だったので(……予測通りですわ)、代わりに「明日先生に聞いてきて。答えをれんらく帳に書いてきて」とミッションを出しました(報酬は「ipadで20分遊んでいいから」)。その答えが以下です。

 

 丁寧に集合図を書いて示してくれたのは、担任の先生です。「授業では正三角形は二等辺三角形じゃないって説明したけど、本当は正三角形は二等辺三角形の一種です」という趣旨のお答えとともに。

 このミッション、普段はめんどくさがりの息子が、なぜか律儀に複数の先生にきいてきてくれていました。で、ほかの二人の先生のお答えも「正三角形は二等辺三角形とカウントできる」というご見解。

 みなさんはどう思われますか? 正三角形は二等辺三角形?

 YESと答えたあなたは、論理的・数学的なご見解。3は2を含むのだから、当然です。先生方もそうおっしゃっています。10キロ走った人は必ず1キロ走っていることになります。1000円持っている人というのは必ず900円は持っていることを意味します。正三角形が二等辺三角形でないと言うと、明らかに論理的な矛盾が生じるじゃないですか!?

 じゃあ、NO と答える人は?「確かに理屈ではYESかもしれないけど、正三角形を指して『二等辺三角形』とは言わないでしょ」という声が聞こえてきそうです。これが、語用論的解釈です。

 前回、ポール・グライスの「会話の公理」をご紹介しました。なかでも「言語をつかってコミュニケーションする人間は、求められているだけの情報を持つ発話をする。求められている以上に情報を持つ発話はしないものである(これに反する場合は言葉通りでない意図が隠されていると思ってよい)」というのが「量の公理」です。

 それでいうと、本当は3辺とも等しいのに、わざわざ「2辺」が等しい三角形である、と表現するのは会話の公理(量の公理)に反することになります。この三角形が正三角形であることをどうしても隠したい理由があるならうなずけますが、そうでないなら、普通にヘンですよね。「この状況でこういう言い方を選択するのは妥当かどうか」という観点から話者の意図を考えるのが語用論です。

 特に、ある量がある量を内包するかという問題については、我々言語の使い手は、「大小の程度の違いを表す表現において、ある量を示す表現を選んだ場合、それより大きな量の存在は、言葉の使い方の常識に反する。」と判断するようになっています。これは尺度含意(Scalar Implicature)といわれます。つまり、「2つの辺が等しい」と言うからには「3つまたはそれ以上の数の辺について成り立ってはならない」という解釈上の制約として働くということになります。

 こう考えると、ある言語表現において、言葉通りの、理屈的な解釈と、経験に基づく常識を当てはめた解釈の間に隔たりがありうることがよくわかります。

 ちなみに、教科書出版社のガイドでは、「正三角形は、二等辺三角形の特別な形です」というところまでは取り扱わないことになっています。

 どうやら、異なる名称が同じ対象物に当てはまるということにより子供が混乱するのを避けたい、という配慮であるようです。

 これは、子供が、単語の意味を習得する際の「相互排他性バイアス」(ひとつの名称はひとつの対象物に対応するのが基本だろうという、教えられなくても備わっている前提)を考えると、理にかなった配慮です。

 例えば、「ワンワン」という語を覚えたと思いきや、犬だけでなく猫やら馬まで「ワンワン」と呼んでいた子が、ある日、猫が「ニャンコ」と呼ばれていることを覚えたとたんに「ワンワン」には猫は入らないことを学習できるのはこのバイアスのおかげです。

 なので、わざわざ「これは正三角形でもあるし、二等辺三角形でもある」という点には触れず、語用論的な解釈を優先させているのですね。

 ただ、もし教室の中に、「正三角形って二等辺三角形でもあるってことだよね」って気づいて発言した子がいたとしたら、それは否定せず、「よく気がついたねえ!」って拾ってあげてほしいと思いました。

 え、うちの息子? いまだに「二等辺三角形って何?」なので、お呼びでなかったか。