弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第二十一回 家なき人たちの居場所(2)

住民票のある土地で暮らしていない人びとが支給対象外となっている特別定額給付金。ホームレスのなかには、かつての居住地の住民登録を抹消されている人が少なくないことに加え、現在の路上生活を変えることのできない事情を持つ人々も。今回は「路上でしか生きていけない」と語る男性のお話を伺いました。

   第21回 ホームレス(2)

 前回に引きつづき、二人目のホームレスの男性を紹介したい。

・清田朔治
 一九五〇年に清田は四国で生まれた。地元の高校を卒業してからは、愛知県、和歌山県、大阪府の工場を転々として働いていた。
 清田はおとなしいタイプではあるが、若い頃からアルコールとギャンブルの虜だった。給料が出ると、その足で飲みに出かけてパチンコや競輪に興じ、数日も経たぬうちに全額を失ってしまう。工場の寮に住んでいたので、寝場所だけは確保できていたが、食うに困って仲間に借金を重ねてしのいだり、寮にあるものを盗んで食べたりした。そうした素行の悪さから、寮付きの仕事を見つけても、数カ月も経たずに追い出されるか、逃げるかする羽目になった。
 彼がもっとも迷惑をかけたのは実家の家族だった。実家はそれなりに大きな家具店を営んでいた。若い頃に金の問題を起こしたことで、父親と跡継ぎの長男に勘当されていたものの、大人になってからもひそかに母親とは連絡を取り、毎回十万円、二十万円という額を工面してもらっていた。だが、そうした借金が数百万円に膨れ上がったことで、父親や長男に知られるところとなり、再び清田は絶縁されることになった。
 だが、清田が懲りることはなかった。彼は母親と連絡を取れなくなったことを知ると、こっそりと実家の家具店に忍び込んだ。そして現金を盗んだり商品を持ち出して金に換えてしまったりしたのである。
 我慢の限界に達した父親と長男は、警察に駆け込んで被害届を提出。清田はそれまでにも窃盗の前科があったことから懲役刑を受けることになった。だが、こうした次男の不祥事が、実家の人間関係にひずみをもたらすことになる。父親は病死、母親は精神を病み、長男の妻は離婚して家を出て行った。やがて店の倒産が決まった。
 長男は、こうしたことを清田のせいだと考えた。そして懲役から出てくるのを待って、執拗に嫌がらせをはじめた。清田の仕事場に押しかけて「金を返せ!」と迫ったり、上司や同僚に「こいつは泥棒の前科者だ」と触れ回ったりした。また、真夜中にドアを叩いて叫びつづけるようなこともあった。おそらく、長男は復讐に取りつかれていたのだろう。
 このせいで、清田はどこで働いても長男に追いかけられて仕事を辞めざるを得なかった。血縁関係があるおかげで、逃げても逃げても、居場所が知られてしまい、その度に追いかけられる。清田は全国をさまよっているうちに金がなくなり、仕事も見つからず、ついにホームレスになった。
 清田は次のように語った。
「生保は受けないよ。受けようとすれば、市の方から兄貴に連絡がいて居場所がバレてしまうだろ。また兄貴が追いかけてくるかもしれないし、俺もかなり迷惑をかけたから、これ以上厄介ごとに巻き込みたくない。俺がここ(河川敷)で暮らしていれば、誰の邪魔にもならずに済むだろ。だからこうして生きていくんだ」
 生活保護の申請をすると、自治体はその人の家族に連絡をとり、ヒアリングをした上で、支援の意思がないことを確かめる。財産がない、就労する能力がない、そして家族の支援がないといった点を明らかにしなければ受給は認められないのだ。
 おそらく清田は私に話したこと以上に実家や長男に迷惑をかけたのだろう。だからこそ、長男は深く追いつづけるのだろうし、彼も逃げ回らなければならない。清田もまた、過去の自分と決別するためにホームレスをしているのだ。

 前回と今回で見たように、ホームレスにはひとかたならぬ過去があり、社会と距離を置いて生きなければならない特殊な事情を抱えている人がいる。
 この他、私が知っているケースでいえば、一九五〇年代に四国の僻村でトランスジェンダー(生まれた時に割り当てられた性別が自身の性自認と異なる人)として育った加藤という人がいた。体は男だが、生まれつき女性の心を持っていた。当時の日本では、そういう人は「おかま」「精神病」と決めつけられて差別の対象になっていた。四国の村では、そうした空気は今とは比較にならないくらいつよかっただろう。
 加藤はずっと悩みをカミングアウトすることができず、本当の自分の性をひた隠しにして生きてきた。だが、長男として育てられた以上、農家の跡取りとして期待されており、二十代後半でお見合い結婚をしなければならなくなった。嫌々ながら運命を受け入れた加藤は、妻の前では男らしい夫を演じ、なんとか子供までつくった。
 だが、四十歳近くなった時、死ぬまで自分の性を抑えて生きていくことに耐えられなくなった。ある日、両親と妻には何も言わずに家を出て、二度と帰らなかった。あらゆるものを捨てて、本来の自分として生きていくことを決めたのだ。
 当てもなく大阪へ向かったものの、四十歳を迎えようとするトランスジェンダーの加藤には、望んでいたような華やかな仕事はなかった。そのため、ホテルの清掃の仕事などを転々とした後に、夜の街で知り合った同じトランスジェンダーの人に誘われてスナックをはじめた。同じ性的志向を持つ客が噂を聞きつけてやってくるようになった。
 店は二十年くらいつづいた。だが、六十歳にさしかかった頃、そのビジネスパートナーが事故で寝たきりになってしまった。持病を複数抱えていた加藤は、一人で店を切り盛りすることができず、閉店を決めた。数年間はそれまでの貯金や友人の支援で生活していたものの、やがてそれも底をついてホームレスになった。
 この人もまた生活保護を受給しないのは、「家族に連絡がいくと困るから」と話していた。かつて両親や妻子を裏切って、四国の実家から逃げてきた。今更自分が「女性」になってホームレスをしていることなど知られたくなかったし、厄介になろうという気もまったくなかった。ホームレスになることを選ぶしかなかった。

 谷明子は言う。
「ホームレスの方々には複雑な過去に加えて、知的障害や精神疾患がある人も少なくありません。いろんな事情が重なって、野宿生活を余儀なくされているのです。国は住居さえ用意すればいいだろうという考えですが、実際はそうじゃない。野外でしか生きていけない人もいるのです。
 社会のシワ寄せっていうのは、こういう弱い立場の人のところへ行きます。不況もそうですけど、たとえば十万円の給付金の問題もそうです。国は『ホームレスでも受給できることにした』と言っていますが、住民登録をしていなかったり、どこで手続きをしているかわかっていなかったり、支援者とつながれなかったりする人がいる。そういうところに、給付金が届かなくなっているのです」
 実際に、私が谷とともに声を掛けたホームレスの中には、十万円の給付金を「知らない」と答える者だけでなく、「ややこしいから、どうでもええわ」とか「どうせ俺なんてもらえねえんだろ」と諦めてしまっている人もいた。社会で起きていることは自分たちとは無縁という意識なのだろう。
 ホームレスにしてみれば、お金や仕事のこと以外にも、不安があるのだという。先述の清田は次のように話していた。
「不況なんて関係ねえよ。でも、不況になって変な人間がそこら(河川敷)をフラフラするようになったら嫌だな。大切なものが盗まれたり、家を壊されたりしたらたまったもんじゃねえ。今だってそうだろ。(新型コロナのせいで川辺を歩く)人が少なくなって、変な兄ちゃんだけになってる。何されるかわかったもんじゃねえよ」
 野外で暮らしているホームレスは、一般の人に比べてトラブルに巻き込まれやすい。事実、コロナ禍がはじまった三月には、岐阜県で八十一歳のホームレスが五人の未成年に襲撃を受けて殺害されるという事件が起きている。
 コロナ禍によって河川敷を出歩く人が減るというのは、その分、人の目という「抑止力」が失われることを意味する。お金がなくなった人たちが河川敷でたむろするようになるのではないか。鬱憤の溜まった若者たちが暴力をふるってくるのではないか。ホームレスたちの内面には、そんな懸念が渦巻いているのだろう。
 私たちは彼らをホームレスと一括りにするのではなく、新たに家を失った人々と、長い間ホームレスの生活をつづけてきた人たちとの違いをわけて考えてみる必要があるかもしれない。その上で、それぞれが困っていること、必要としていることを見極めて、支援につなげていくことが求められているのだ。

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