地方メディアの逆襲

秋田魁新報編② 「主張ありき」ではなく「ファクト」を

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 報道の現場と人を各地に訪ね歩く「地方メディアの逆襲」。イージス・アショア配備計画を追い続けた秋田魁(さきがけ)新報は、いかにして「データのミス」をみつけたのか? その裏側に迫ります。

沖縄の経験から読む『太平洋の盾』
 Shield of the Pacific(太平洋の盾)──。アメリカを代表するシンクタンク「CSIS(戦略国際問題研究所)」が作成したレポートの表題に、秋田魁新報の松川敦志は思わず目を見張った。
 副題は「巨大なイージス艦としての日本」。イージス・アショアの日本配備がどれほどアメリカの国防強化や軍事費削減に役立つか、1980年代の中曽根康弘元首相による「不沈空母」発言を引き合いにして、赤裸々に綴られていた。日本政府は「北朝鮮の脅威から国土・国民を守るため」と説明するが、どうも腑に落ちなかった。真の目的は何か。ネット検索を繰り返し、米連邦議会の議事録などを読み漁っていく中で、このレポートを見つけたのだった。
 「いや、英語なんて全然得意じゃない。いちいち辞書を引きながらですよ」と笑うが、松川には一つの目算があった。
 「こういう日米の安全保障が絡む問題は、たとえば沖縄の普天間飛行場の移設先もそうですけど、日本政府が言うことと、アメリカ政府の考えていることが違う場合が多いんですよね。議事録を読むと、アメリカではもう2015年からイージス・アショアの日本配備の話が出ていた。日本では、イージスのイの字もなかった頃です。ああ、やっぱりアメリカ発の話なんだな、と。それを日本政府が国内向けに、国民に受け入れられやすいように、対北朝鮮だと後付けで説明している構図が見えてきたんです」
 松川には通算4年の沖縄取材経験がある。1996年に新卒で秋田魁に入社して7年目、朝日新聞に移籍。主に東京社会部に在籍したが、その間、二度にわたって那覇総局に赴任している。一度目は、民主党の鳩山由紀夫政権時代、米軍普天間飛行場の移設問題を記者として取材した。二度目は、社内で最若手の総局長兼デスクとして翁長雄志知事の誕生に立ち会った。総局長でちょうど2年を迎えた時、秋田の母親が事故で大けがを負い、後遺症が残ってしまった。これを機に13年余り勤めた朝日を離れ、2016年に古巣へ戻ってきた、という珍しい経歴の持ち主である。
 「沖縄で起きていたことを秋田に当てはめると、いろんなことが見えてきました。それは一言で言えば、日本はアメリカの属国なんだな、ということです」
 日本はアメリカの属国──。アメリカの利益とその意を受けた日本政府の政策で、地域住民の生活や安全が簡単に踏みにじられるということだ。日米安保は決して沖縄だけの問題ではない。
 こうした問題意識をベースに、松川は後輩の内田隆之、石塚健悟らと19年の年明けから長期連載『盾は何を守るのか』をスタートさせた。初回の記事は、佐竹敬久知事の秋田県議会での答弁から書き出されている。「あれ、全部、アメリカです」。イージス・アショアの配備目的を地元の首長がどう認識しているかを象徴的に表す言葉である。
 連載は、「太平洋の盾」の意味を読み解く第一部に始まり、新屋演習場の歴史、秋田と日米安保、首長と議会、「地元の理解」とは何か……と続いていった。その中で松川が明確に意識した方針がある。一つは、主張ありきではなく、あくまでファクトを積み重ねること。もう一つは、誰かの意見を載せる際は発言者を実名で、できれば顔写真も入れること。
 「沖縄の基地問題もそうですが、賛成・反対の立場が固まった人には、逆の意見を報じても届かず、立場が変わることもない。かえって反発を強め、自説に固執してしまう。であれば、どちらから見ても揺るぎないファクトを提示し、その意味や背景を解説すること。そして、批判的な意見であればあるほど、発言の責任を明確にすることが大事だと思うんです。そうでないと説得力を持たない。
 よく『賛否真っ二つ』なんて言いますが、そんなことはなくて、どんな問題でも、賛成3割、反対3割だとすれば、その中間に3~4割の無党派、態度未定の層が必ずいる。世論を動かすには、その層に訴える記事を書くことだと、これも沖縄の経験から学んだことですが」

松川記者

 社会が分断され、対話の成立しない時代といわれる。SNSでは人びとが党派的なクラスターに分かれ、各クラスター内では同質的な意見ばかり肥大する。匿名なら何でも言えると過激な主張や暴言に嗜癖する者がいれば、政治的発言を嫌って忌避したり、冷笑的態度に陥ったりする者もいる。今、新聞に何ができるのかを考える時、松川の指摘はきわめて重要に思える。
 そうして連載を第5部まで終えた直後の19年5月27日、事態が大きく展開する。新屋がイージス・アショア配備の「適地」であるとする調査報告書を防衛省がまとめ、秋田県に伝達したのである。

防衛省「ずさんデータ」報道の内幕
 その瞬間は直感だった、という。頭の中に、ふと小さな違和感が生じた。何かおかしくないか──。
 19年6月3日の午前中、秋田県庁1階の記者室。松川は、防衛省の「適地」報告書を広げていた。1週間前に配布された全101ページの書類は、記者5人がかりですでに何度も読み込み、疑問点を検証する連載を始めていた。住宅地との間に設けるという700mの緩衝地帯。新屋以外の19カ所を調査し、すべて「不適」とした代替地の検討。レーダーが発する電波の影響……。
 だが、まだ何かあるはずだと松川は疑い、時間が空けばページを繰っていた。
 この日、目を止めたのは、代替地の検討結果を記したページだ。近くに山がある国有地9カ所について、地形の断面図が描かれ、山を見上げる「仰角」が大きいとレーダーの電波が遮られるという理由で、いずれも「不適」と結論づけられていた。
 図を見比べるうち、奇妙なことに気づいた。男鹿市の国有地から見る標高712mの本山と、由利本荘市などから見る標高2236mの鳥海山が同じ高さになっている。本山の図は高さを約3倍に強調しているのだろう。そこまではいい。だが仰角は、本山の「約15度」も、鳥海山の「約15度」も、同じ角度で描かれていた。本山の図は高さが3倍なのだから、図面上の角度もそれに比例して、大きく広がっていないとおかしい。
 若手記者に分度器を買ってきてもらい、断面図に当ててみる。図に示された数値と同じ15度だった。高さ3倍の図なのに? 疑念を強めた松川は、本山の標高と国有地からの水平距離約9600mを基に、三角関数を使って角度を求めることを思いついた。ネット上の計算サイトに数値を入力すると、「約4度」と出た。図面と全然違う。いや、自分のミスか。念のため2人の後輩記者に、目的は言わず、数値だけを伝えて計算してもらう。2人の答えも「4度」だった。
 どういうことだ? 報告書のデータが誤っている? いや、まさか……。ねじれた夢を見ているようだった。これ以上、頭で考えてもわからない。とりあえず現場へ向かった。
 車で1時間ほどの男鹿市へ着いたのは午後4時頃。防衛省が検討地とした「秋田国家石油備蓄基地」の前に立ち、本山を望む。目測で仰角がわかるはずもない。日が西に傾き始めた。ふと、太陽高度と比較することを思いつく。スマホで見つけたサイトで時間ごとの太陽の角度を調べると、5時半過ぎがちょうど15度だ。1時間待ち、その時刻になった。太陽は本山のはるか上だ。さらに1時間後、4度まで下がった太陽が、山頂にぴったり重なる。息を呑んだ。当たりだ……。写真を撮り、社に取って返す。
 勢い込んで泉一志・統合編集本部長ら上司に話したが、にわかには信じてもらえない。「自衛隊は測量技術も持つ専門家集団だ。公式の報告書でそんなミスをするのか」と指摘され、業者に測量を依頼することと研究者への確認取材を指示された。翌日、後輩記者たちがこれを迅速にこなした。結果はいずれも「4度で間違いない」。松川は急いで質問状を作り、防衛省報道室にファックスで送信した。「本日中に回答を」と電話で念を押し、原稿に取りかかる。まだ早い夕刻、スマホが鳴った。防衛省報道室の担当者。「本日中の回答はできない」という。食い下がったが、返事は変わらない。だが、質問状の指摘を否定する言葉は一切なかった。事実上、誤りを認めたということだ。

松川記者が誤りを発見した防衛省報告書のページ

 6月5日、衝撃的なスクープが朝刊一面トップを飾った。〈適地調査 データずさん/防衛省、代替地検討で〉。リードを全文引用する。
 〈イージス・アショア(地上イージス)の配備候補地を巡り防衛省が先月公表した「適地調査」の報告書に、代替地の検討に関連して事実と異なるずさんなデータが記載されていることが4日、秋田魁新報社の調べで分かった。電波を遮る障害になるとするデータを過大に記し、配備に適さない理由にしていた。秋田市の陸上自衛隊新屋演習場以外に適地はないとする報告書の信頼性が損なわれた〉
 秋田魁新報は、新屋配備反対という「主張ありき」ではなく、報告書のデータミスという「ファクト」を突き付けて、防衛省の「嘘」を暴いたのである。
 *実際は715mだが、防衛省報告書では誤記されていた。

報告書のミスを見抜けた理由
 松川が報告書に疑問を持ってから報道に至る2日間の動きは、秋田魁新報取材班による書籍『イージス・アショアを追う』(同社刊)で詳細に描かれている。鋭い着眼と冷静な事実確認、そして素早い連携は、組織ジャーナリズムの真骨頂と言えるだろう。
 とはいえ、私が実感としてわからなかったのは、そもそも松川がなぜ代替地の図面に着眼し、その誤りに気づけたのか、だ。彼の話を聞く前に、男鹿市の国有地に行ってみた。西に望む本山は丘のようになだらかで、なるほどレーダーの障害になるようには見えない。しかし、それは結果を知って見ているからだ。自分が当事者だったとして、太陽高度で確認しようという機転が、その場で働くとも思えない。そう松川に話すと、「今振り返ればですが」と、こんな答えが返ってきた。
 「報告書が出てきた時、これは宝の山だと思ったんです。特に代替地の検討部分。防衛省が新屋ありきで進めていることは、それまでの取材でわかっていた。新屋が適地かどうかだけを調べる調査なら、本来ここは不要なはずです。極端な話、A4一枚のペラで『調査の結果、適地でした』と出してくることだってあり得た。ところが、知事の要請もあり、防衛省は代替地を検討するフリをした。そのうえで、新屋だけが適地だと示そうとした。つまり、結論が先にあり、辻褄合わせのために作った資料だということです。そういう時は必ずどこかにほころびが出る、という見立てがまずあった。
 19カ所も代替地を検討して、すべて不適なんてことは、普通あるはずがないんです。山の仰角だけじゃなく、津波の危険とか、インフラ整備に時間がかかるとか、いろんな理由をもっともらしく挙げていますが、新屋の一番の問題点である住宅地の近接という検討項目はない。それを設ければ、真っ先に除外されるからです。そんなふうに疑いを持って読み込んだからじゃないでしょうか」
 まず当局の発表を疑う。根拠は、積み上げてきた取材と、それを通して培った思考や視点だ。そして、検証する。あくまで現場に立脚し、ファクトを集めることによって──。「権力監視が報道の使命」と、多くの記者が言う。「これからは調査報道だ」と30年以上言われ続け、専門チームを置く全国紙もある。秋田魁は地元の住民目線に徹し、「なぜ?」を掘り下げることで、これを体現してみせたのだった。

仰角のデータの誤りを指摘したスクープ紙面

 「ずさんデータ」のスクープは、イージス・アショア配備問題の流れを大きく変えた。
 報道当日、秋田県議会・市議会の全員協議会で、防衛省は、山の仰角を理由に不適とした9カ所すべてでデータが不正確だったと認め、謝罪した。受け入れやむなしの立場と思われた佐竹知事は態度を一変、「全部最初から。振り出しだ」と突き放した。
 翌日には、毎日新聞が一面トップで追いかけた。異例なことに、「一部報道で」と出所をぼかさず、秋田魁のスクープであることが明記されていた。続いてNHKが夜のニュースで詳報し、朝日新聞は社説で取り上げた。それまで秋田県内のローカルニュースだったのが全国に広まると、「あまりに稚拙だ」と防衛省への批判が巻き起こり、安倍首相は参院本会議で「地元の皆さまの不安や懸念を真摯に受け止めている」と述べた。
 防衛省は迷走し、釈明は二転三転した。ミスの原因は、本省の職員がグーグルアースから作成した山の断面図を、高さと水平距離の縮尺の違いに気づかないまま使用したことにあるらしい。「三角関数で算出した」と言うが、それも疑わしい。「断面図に表れた見かけ上の角度を、単純に分度器で測ったのでは」と指摘する専門家もいる。いずれにせよ、半年間もかけながら、実地調査を行わず、陸自の地理情報部隊にも確認せず、省内のチェックも働かなかった。
 しかし、それでも防衛省は「新屋ありき」を崩さない。報道を機に配備反対が鮮明になった地元の不信感は高まる一方だった。謝罪の場となった新屋勝平地区の住民説明会では、批判が続出する中、東北防衛局の職員が居眠りするという信じ難いことまで起こった。
 「防衛省は一見低姿勢だけど、『これだけ説明してやってるんだから認めろ』という本音が常に透けて見えた。住民のことを考えてる態度ではないですよ、あれは」
 同地区の佐々木政志会長は、私の取材に語った。そして、秋田魁の報道に対してはこう話す。
 「取材がしつこくて、夜中に電話があったり、何度も同じことを答えて、まいったことも正直ある。でも今となっては感謝してますよ。地元の声を全国に発信し、この問題に注目させてくれたことをね」

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 迷走を重ねた末、防衛省は配備候補地を再調査することになった。私が秋田を訪ねた19年9月の時点では6カ月半後、今年の3月末に結果がまとまる見通しになっていた。「どんなものが出てくるか、見ものだなと思ってるんです」と松川は言った。だが結局、再調査結果が出てくることはなかった。
(つづく、次回更新は8月14日)