弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第二十三回 「夜の街」と呼ばれて(2)

新型コロナウイルスの感染拡大によって、2月下旬から早くも客足が遠のいていた六本木の街。時が経ち、もう誰が感染してもおかしくないと実感し始めた頃、ナイトクラブ「クラブ・オーシャン」では従業員が立てつづけにウイルスの症状を訴えました。やがて、店は“閉店”という一つの決断に迫られることになります。

   第23回 クラブ(2)

 六本木の夜の街は、三月に入るとますます人影が減っていった。日ごとに道を歩く人の数が減り、飲食店の中には休業を決めたり、二十時にラストオーダーを取って二十一時には店じまいしたりする飲み屋も多数出てきた。
 クラブやラウンジといった店はなおさらだった。街に立つ呼び込みの男や、キャストの女性たちの間で、「あの店はここ三日間で一組の客も来なかったらしい」とか、「この店は三月末で閉店するらしい」といった噂が囁かれていた。

 クラブ・オーシャンのママの笹谷麻衣は言う。
「二月から三月にかけて、この街じゃ結構有名なヤクザが感染したんだ。そのヤクザから同じ組の別のヤクザにまで感染して、ネットニュースの記事にまでなった。そのうちの一人は本当に生きる死ぬかみたいなところまでいった。この話を聞いて、『ああ、これって全部現実なんだ』って思ったね。他人事じゃなく、もう誰もが感染するウイルスが日本を襲っているんだって。身近に感染者が出て初めて怖いというのが実感として出てきたの」
 三月中旬を過ぎると、クラブ・オーシャンにはほとんど客が来なくなった。このまま客足がもどらなければ、四月はさらにひどい苦境を迎えることになる。そうなれば、二月、三月分の減収を春の繁忙期で埋めることができなくなる。
 四月以降が絶望的な状況だとわかっていたが、麻衣は店の営業をどうするべきか決断できずに迷っていた。客が来ないのなら、休業した上で従業員を減らして、赤字を少しでも抑えるという方法もとれたが、付き合いのある店やキャスト、それに常連客への義理もあった。自己都合で先に休んでしまえば、これまで通ってきてくれた人たちを裏切ることにもなりかねない。
 そんなふうに悩んでいた矢先、新型コロナウイルスの猛威がついに、クラブ・オーシャンに襲い掛かる。

 三月二十七日は金曜日だったが、六本木の街は人影もまばらだった。がらんとした通りにネオンだけがむなしく明滅している。メディアやSNSでは著名人が連日のように緊急事態宣言を出すべきだと発言しており、客が何組も来るような雰囲気はまったくなかったが、金曜の夜ということもあってひとまずは店を開けざるを得なかった。
 店の黒服から連絡があったのは、営業時間の前だった。二十八歳の男だった。彼はこう告げた。
「なんか体がおかしいんです。少し前から熱がつづいていて咳が止まらないんです」
 細かく症状を聞いてみると、新型コロナウイルスのそれと一致した。背筋が寒くなった。
 ひとまず電話を切り、他の従業員に連絡して同じような症状が出ていないかどうか確かめた。新型コロナウイルスであれば、すでに感染している可能性は高い。すると、もう一人の黒服の男性と、キャストの女性の一人が同じ病状にあることがわかった。前者は二十七歳、後者は二十八歳。特に男性の方はキムチや納豆の味さえわからないというはっきりとした味覚障害が出ていた。
 ついに出てしまった。麻衣はそう直感した。五人のうち三人に明らかな症状が出ているのであれば、新型コロナウイルスの感染を疑わずにはいられない。麻衣は従業員全員につたえた。
「今日から店は休みにする。全員、自宅待機で誰にも会わないようにして。病院へ行くのもダメ。私の方で検査してもらえるところを探すから、今後のやりとりはすべてLINEのグループでお願い」
 この時期、医療機関ではPCR検査の体制が整っていなかったし、不用意に病院へ行けば、そこでクラスターを起こしかねない。麻衣はそうしたことを踏まえて、ひとまず自宅待機を指示したのだ。
 この夜、麻衣はネットで新型コロナウイルスの検査ができる場所を探した。だが、保健所や病院の相談窓口はすでに閉まっていた。そんな中、ようやく見つけ出したのが、埼玉県で開設されていた夜間の電話相談窓口だった。日中は八時半から十七時十五分までの受付だったが、夜間専用の窓口は十七時十五分から八時三十分まで開いていたのだ。幸いにも、最初に症状を訴えてきた黒服の男性は、埼玉県に住んでいた。
 麻衣はこの従業員に連絡した。
「今からすぐに埼玉県の夜間の相談窓口に電話して、あなたの体に起きている症状をすべてつたえて。他の従業員にも同じ症状が出てることも言うの。そうすれば、PCR検査を受けさせてもらえると思うから!」
 その夜のうちに彼は相談窓口に連絡し、翌日には検査を受けられることになった。結果は、陽性。この時すでに重い症状が出ていたことから、即入院となった。
 この連絡を受けた麻衣は、他の従業員二人も新型コロナウイルスに感染しているに違いないと確信した。都内の保健所に連絡して事情を説明したが、「現在、PCR検査は受けられません」という回答しか得られなかった。
 麻衣は言う。
「都内のあらゆる機関に電話したけど、検査はすぐには受けられないっていう答えだった。どこもパンク状態だったんだよ。仕方がないから、二人には自宅で療養しているように指示するしかなかった。私がつたえたのは、毎日LINEのグループに検温した結果や体調を書いてくれってことと、必要なものがあったら届けるので教えてくれってことかな。保健所や病院が何もしてくれないなら、私が見守りをするしかないからね。
 結局この二人は最後まで検査を受けることができず、自宅療養で快復したよ。正確にいえば、本当に快復したのかどうかもわからない。何にせよ、保健所や病院で受け入れてもらえなかったんだから、国の感染者数には入っていないよね。
 私も同じ店で働いていたから、何度も保健所に連絡を取って、症状は出てないけど検査を受けさせてくれって頼んだ。ようやくOKが出たのは、三週間後の四月の半ば。港区の保健所に行ったら、私の他には二人しか並んでなくて、検査自体も三十秒で終わった。それなら、もっと要領よくやれよって思ったなぁ」
 麻衣が冷静に正しい判断をすることができたのは、医者の家系に生まれ育ったという背景も関係していたかもしれない。他に、従業員が六名だったため、全員と密に連絡をとれたことも大きかっただろう。
 しかし、麻衣はこの一件を通して、今後の店の営業について決断を下さざるを得なくなった。

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