菌語り問題(?)三部作
ここに完結ス♬

星野保『すごいぜ! 菌類』解説

PR誌「ちくま」8月号から、星野保さんの『すごいぜ! 菌類』(ちくまプリマー新書)の解説を転載いたします。

 本誌が筑摩書房のPR誌であるように、本稿も著者による自著のセルフパブリシティである。科学者は、まず物事を客観的に観察する訓練を受ける。本稿は、自著と自己を客観的に観察し、記述したものである。決して同姓同名の他人を装ったステマではない。そこんとこヨロシク‼
 菌と聞くと、キモ! と身構えるかも知れない。だが私たち動物に遺伝的に一番近い生物が、実はカビやきのこに酵母などを加えた菌類なのだ。ちなみに乳酸菌や納豆菌などの真正細菌とは、ミトコンドリアでつながっていても、細胞本体は無関係である。そして私たちや菌類など真核生物の細胞のご先祖は、アーキアと呼ばれる別の細菌だ。
 星野保著『すごいぜ! 菌類』は、この得体の知れない隣人? である菌類を分かりやすく紹介し、その地位向上を目的としている。そしてターゲットである青年(自称を含む)が親しみをもち、うっかり手にして、そのままレジ前に並ぶことを意図した題名である(もう一案は、“残念な”菌類であったが、著者の方(ほう)がリアルに残念なので、そこまで身を削ることはないと判断した)。著者は、研究者としては竹と梅の中間だが、菌と人の仲間に恵まれ、これまでに二冊の本を上梓している。
 処女作『菌世界紀行』(岩波書店二〇一五年)では、自身が伝えたいことを真っ先に書いたはずが、なぜか「酔っぱらってばかりで、肝心の菌に関する記述が少ない」と評され、著者の小さな心は海よりも深く傷ついた。雪辱を誓った『菌は語る』(春秋社二〇一九年)では、得意とする雪の下の菌類の生態について無用なほど熱く、微に入り細に入り詳細に記したが、「菌の名前は横文字ばかりで、脚注が長く、吞んだくれてないのでつまらない」とマジ卍な反応だった。万策尽きたに見えたそのとき、新たな救世主が現れ、本書が企画された。
【第一章「菌」とはナニモノなのか?】では、遺伝子分析を反映した直近の生物分類を基に、微生物としての細菌と菌類の違いや、菌類の種類について概観した。以前は動物だと思われていたアメーバ状の生き方をする生物の一部が、菌類とされたことが興味深い。現代生物学では細胞壁を持たない(カビ・酵母の範疇に収まらない)生物もまた菌類に含まれるのだ。さらに著者が過去を反省し、文中であまりふざけていないことに好感が持てる。人は更生し、やり直すことができるのだ。
 しかし、担当との原稿のやり取りで、もう少しテイストを加えて良いのではとの助言に調子に乗り、【第二章「菌」として生きる】以降、徐々に封印したはずのはっちゃけた筆致を復活させた。中高年の更生がいかに困難かわかる。ここでは、様々な菌類の生活環(生物の成長・生殖の過程)を通じて、生き方と核相(遺伝子を束ねた染色体の状態)の関係を紹介している。著者が本書で一番に紹介したかった内容がここにある。
 私たちがよく知る動植物は、一つの細胞に複相(2n)の核を一つ持ち、これが普通だとつい思ってしまう。しかし、菌類では一細胞に単相(n)の核を複数持つ時期が最も長く、動物に近いはずの菌類においても、最も重要な遺伝子の在り方さえ異なるのだ。
【第三章「菌」はバイタリティーにあふれている】は、著者の得意とする菌類の生き方を、極限環境への適応から、適応するための知性まで論じている。【第四章なまらすごいぜ! 菌類(略)】は、もう題名からして完全に地が出てアウトだ。著者は以前、酵母の研究は競争が激しいとぐずっていたが、転職を機に研究テーマを元に戻したからか、のびのびと酵母の性質を愛でている(喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、学習しない性格がここからも判る)。
 本書を通読することで、菌類に関する系統的な知識が得られるはずだ。また、本書を読了後、逆順に前掲書を読み進めると、生物学には知の集積と合わせてエンタメ的な物語があることがわかると思う。その物語の始まりは、この本にあるのだ。
                      (ほしの・たもつ 菌学者/八戸工業大学)

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