弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第二十五回 クラスターの発生、ライブハウスに押し寄せた誹謗中傷

今回お話をうかがったのは、新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生したライブハウス。いち早く観客に伝えることが感染拡大の防止につながるはずだと、オーナーはすぐさま店名の公表に応じました。しかし、その直後から事務所に届きはじめたメールやSNSには誹謗中傷の嵐が渦巻いていました。

   第25回 ライブハウス(1)

 二月から日本の都市部を中心に広がった新型コロナウイルスの感染拡大は、三月に入ると多くの人々にとって身近なものになりつつあった。日々感染者の増加が報じられ、ティッシュペーパーやトイレットペーパーといった商品の買占めが起こり、学校や公的施設の休止が決定されたことで、危機感が募っていった。
 そんな矢先の三月九日。大阪市は、クラスターが発生したライブハウスの店名公表に踏み切った。すでに公にしていた二店に加えて、新たに二店を示したのだ。その一つが、北区西天満にある「Live House Rumio」だった。
 大阪市が公表を行った背景には、ライブハウスを訪れた客にクラスターが起きたことを知らせ、体調が悪い場合にはすみやかに検査を受けてもらおうとする意図があった。「Live House Rumio」のオーナーもそれを承知して公表に同意した。
 だが、公表後に同店に寄せられた反応は想像とは異なるものだった。非情なバッシングや、明らかな中傷の嵐だったのだ。社会のためを思って行動したのに、なぜこのような謂れのない攻撃を受けなければならないのか。そう思った時には、ネット上には数え切れないくらいの心無い言葉が書き連ねられていた。
 このライブハウスで起きた出来事について、詳しく見ていきたい。

 大阪市北区の歓楽街である北新地の近くに、「Live House Rumio」はあった。オフィスビルの地下一階に構えるこの店は、最大で百五十人(椅子席九十席)を収容できる広さのホールがある。最新鋭の音響機器や照明がそろっており、ホールのレンタル料は一日九万円~十四万円。同店では一カ月に二十二~二十四件前後のイベントが開催され、多くはロックバンドやアイドルグループなどによる音楽関係のライブだ。
 店側はホールのレンタル料に加えて、ワンドリンク制を取り入れた飲食費などが収益となっていた。一方、バンドの側はチケット代の他、ライブが終わった後のCDやグッズ販売によって利益を得ている。同店を利用するミュージシャンのおおよそ七割が、音楽活動によって基本収入を得ているプロ並びに準プロだ。
 二月十八日(火曜)の夜も、同店ではミュージシャンによるイベントが行われていた。平日の夜ということもあって客の数は六~七十名ほど。アコースティックギターの弾き語りをはじめ、四組のミュージシャンが代わる代わるステージに立ってライブを行っていた。客はドリンクを片手にライブを聞き、終了後はグッズを購入して帰るという、いつもと変わらない夜の光景がくり広げられていた。
 この時期、大阪でも少しずつ新型コロナウイルスへの懸念が強まっており、ライブハウス業界においても、チケットのキャンセル、開催への不安の声、延期の要望が出はじめていた。同店のオーナーの金中謙太は、早いうちから対策を考えていた。
 金中は二〇一八年から既存のライブハウスを引き継ぐ形でオーナーに就いており、ようやく自分なりの経営スタイルが軌道に乗ってきた時期だった。だが、新型コロナの感染拡大による社会の変化を感じ取った彼は、予約を入れていたミュージシャンとの話し合いを行い、イベントの中止、もしくは延期を決めていた。
 金中は言う。
「二月の中旬以降はミュージシャンやプロダクションと協議をしてイベントの中止を順次行っていました。ライブハウスは地下にあって換気が悪く、どうしても人が密集する空間なので、何かあったらという不安が我々の側にも主催者側にもありました。それで双方で『止めよう』となったイベントに関しては中止もしくは延期にしたのです。
 この時はまだ国からの営業自粛の要請は出ていませんでしたね。ただ、いろんなことを考えて、三月四日からはライブハウスでのイベントを全面的に中止にしました。ちょっと普通に営業できる雰囲気じゃありませんでしたから。キャンセル料に関しては、区からの自粛要請が出た後はいただかない方針に決めました」
 三月初旬の時点で、「Live House Rumio」はイベントを全面的に中止にしたのである。金中の胸には、問題が起こる前に手を打とう、という信念があった。
 そんなある日、突然、大阪市保健所から店に電話が入った。店のイベントを中止にしてから三日後の三月七日のことだった。保健所の担当者は、金中が予想もしなかったことを言った。
「そちらのライブハウスで、新型コロナウイルスの感染者が出ました。二月十八日のイベントに参加した方です」
 日付を言われても、何のイベントだったか即座に思い出せず、スケジュール表を見て確認した。平日の夜に行われた、いつもと変わらない音楽ライブだった。
 保健所の担当者は言った。
「この日にお店にいた方々の中には、まだ感染に気がついていない人もいるかもしれません。感染が広まらないように、お店の名前を公表してもよろしいでしょうか」
 真っ先に金中の頭に浮かんだのは、店を利用したお客さんを危険にさらしてはならない、ということだった。
 金中は答えた。
「公表していただくのは構いません。ただ、お客さんが感染したとなると、僕や従業員も感染している恐れもあるということですか」
「可能性がないわけではありません。ただ、感染者が参加していたのが二月十八日のイベントということは、すでに三週間が経過していますので、もし感染していればその間に症状が出ていると考えられます。とはいえ、若い人には症状がでないことがあるといわれていますので、無症状でも感染の可能性がないわけではありません。従業員にはそのことをつたえた上で自宅待機をしていただき、気になることがあったり、何かしら体調の異変があったりするようならば検査を受けるようお伝えください」
 従業員は、金中の他に女性が四名いた。全員二十代半ばで家庭は持っていない。年齢を考えれば、感染していても症状が出ていないだけということもありえる。
「現在、うちの店ではすべてのイベントを中止していますが、感染者が出たとなれば消毒などが必要なのでしょうか」
「やっていただくに越したことはありません。今、市販のアルコール消毒薬の数が限られてしまっているので別のやり方をお教えします」
 そういって担当の職員は、塩素系漂白剤を薄めた薬品で店内を消毒する方法を指導した。
 電話を切った後、金中はすぐに従業員たちに保健所とやり取りした内容をつたえ、給与の保証を約束した上で自宅待機を命じた。四人の従業員のうち一名がすぐに検査を受けに行ったところ、幸いなことに陰性だった。
 金中は一人店に通い、教えてもらった方法で店内の消毒作業を行った。これまで遠い出来事だと思っていた新型コロナウイルスの感染が、突如としてわが身に降り掛かってきたのである。
 この時はまだ、店名を公表したことが店にとって災いになるとは想像さえしていなかった。

――――――――――――――――――――――――
■取材依頼募集
新型コロナウイルスによる窮状を多面的にルポする予定です。
医療現場から生活困窮の実態まで、取材を受けてくださる方は、次のメールアドレスまでご連絡ください。

連絡先:石井光太(いしい・こうた)
メール postmaster@kotaism.com
ツイッター https://twitter.com/kotaism
HP https://www.kotaism.com/