弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第二十九回 感染への不安、閉鎖に追い込まれた病児保育施設

今回お話をうかがったのは六月に閉鎖を決めた「らっこ病児保育」。病児保育施設はもともと6割が赤字経営ですが、医療従事者やひとり親など、どうしても仕事を休めない人にとっての「頼みの綱」として地域に根付いていました。受診控えや在宅勤務の増加によって利用者が激減したいま、これからの施設、そして利用者である病後の子どもたちやそのご家族への支援のあり方を考えていきます。

  第29回 病児保育(2)

 大阪府岸和田市にあるあぶみ小児科クリニックは、九年前に市内で初めてのクリニック併設型の病児保育を開設した。名称は「らっこ病児保育」。クリニックの中にあるため、親にしてみれば安心して預けられる場所だった。
 だが、四月以降、この病児保育もコロナ禍の影響を受けることになった。そして六月には、閉鎖という苦渋の決断を下した。
 コロナ禍における病児保育の苦境に光を当てるため、あぶみ小児科クリニックが病児保育を閉めるまでの過程を見ていきたい。

 あぶみ小児科クリニックが市内の春木若松町から下松町に移転したのは、二〇一一年のことだった。それまでは病児保育の事業を行っていなかったが、移転の際に貝塚市で開業する医師から「儲かりはしないけど地域貢献になるし、診療も少しは増える」と助言されて、軽い気持ちではじめた。
 院内の受付の奥に、病児保育室、隔離診察室、隔離保育室を一部屋ずつ設置し、専属の看護師が一人、常勤保育士が二人、非常勤保育士が三人の人員でスタートした。市内で最初のクリニック併設型の病児保育ということもあって、初年度だけで利用者は二五二人。その後も次第に増えていき、四年後には六七五人になった。
 ただ、これだけの利用者がいても、病児保育の経営は黒字に転じたことは一度もなかった。直近で言えば、二〇一八年には七九八万円の赤字、二〇一九年には五六〇万円の赤字だった。前回見たように病児保育事業を行うことによって、クリニックの利益が上がるので、その分で埋め合わせることができたが、厳しい経営状況であることには変わりない。
 らっこ病児保育は開業以来、なんとか事業をつづけていたが、二〇一九年に大きな問題が生じる。前年に交付金の要綱が変わり、それを知らされていなかったことから、想定していた額を受け取れないことが判明したのだ。何度掛け合っても、行政の反応は冷ややかだった。
 院長の鐙連太郎は言う。
「軽い気持ちではじめた病児保育でしたが、やっていくうちに責任感が膨らんでいきました。市内で最初の病児保育でしたから、自分がやらなければ、行き場所を失う親子がいるという危機感がありました。
 最近は市内でも保育園併設型の病児保育が増えています。ただ、そこは診察のできる医者がいるわけじゃありませんので、受け入れるのは病後の子供が主です。そういう意味では、うちのようなクリニック併設型に対する期待はまだまだ大きい。だからこそ、赤字であってもやりつづけてきたんです。
 でも、今回の市の対応は、それを裏切るようなものでした。僕としてはここまでやってきたのに、一方的に『規定だから』と言って切り捨ててくるようなことをされた。だったら、これまで僕がやってきたことはどうなるんだという気持ちでした」
 病児保育は、年度ごとに市町村と一年間の契約を結んで事業委託の形で運営されている。そのため、三月に契約を更新して、四月から新年度をスタートすることになる。らっこ病児保育は、先述の問題があったため、市と委託契約を締結できないまま四月に入ってしまった。
 ここに新型コロナウイルスが襲い掛かった。四月以降、多くの小児科クリニックは受診者の大幅な減少に直面した。大阪小児科医会が行ったアンケートの結果によれば、小児科の九割強が「コロナ禍によって受診者が減った」と答えており、このうちの八二%以上が前年比四〇%以上の売り上げ減になっている。入院に至っては前年比八〇%以上減と答えるところが四〇%以上に上る。
 医療の中でも小児科はコロナ禍の影響を大きく受けたと言われているが、それは小児科の特性に起因する。子供は学校や公園での接触によって感染症にかかったり、怪我をしたりするケースが多い。だが、三月以降、学校が休校になり、外で遊ぶことも減ったため、感染症に罹患する子や怪我をする子が激減したのだ。病院やクリニックにとって、それは受診者の減少を意味する。また、親が新型コロナウイルスへの感染を恐れて、軽い病気や怪我程度なら病院へ連れて行かなくなった。
 鐙は言う。
「病児保育もクリニック同様に利用者が減りました。理由は主に三点です。『病気になる子が減った』『親が在宅ワークになって預ける必要がなくなった』『病児保育での感染を恐れて預けなくなった』。
 らっこ病児保育でいえば、毎月三十人くらいあった利用者数が、四月が十五人、五月が〇人、六月が五人になりました。病児保育の赤字が一気に膨らむ上、クリニックまで赤字になったとなれば、それを埋め合わせることもできません。このままでは共倒れは明らかでした」
 これが一時的なものであれば、コロナ禍が収まれば挽回できる可能性はある。だが、鐙が懸念したのは、今後も少なからず似たような状況がつづくだろうという点だった。
 六月以降は緊急事態宣言が解除されて、学校の授業が再開したこともあって、子供たちも少しずつではあるがクリニックや病児保育にもどってくるようになった。だが、受診控えの空気は残っているし、第二波、第三波の可能性を考えれば、いつ逆もどりしないとも限らない。また、アフターコロナの時代では、在宅ワークへの切り替えが進むだろうし、衛生に対する意識の高まりから感染症の子供の数は減るだろう。それを考えると、コロナ禍前の状況にもどることは考えにくかった。
 鐙は言う。
「経営者として決断を下さなければならないなと思いました。この不況がどこまでつづくのかわからないのに、もともと赤字のらっこ病児保育を継続するわけにはいきません。それをすればクリニックの方まで立ち行かなくなる可能性がある。それでらっこ病児保育を閉鎖することに決めたんです」
 こうして年間数百人の利用数があった、クリニック併設型の病児保育が九年目にして幕を閉じたのである。
 鐙に言わせれば、これは終わりのはじまりにすぎないという。彼の言葉である。
「この一年間のうちに、国が決定的な打開策を打ち出さない限りは、クリニック併設型の病児保育の多くは閉鎖を余儀なくされるはずです。一年間の契約なので今年度は継続するでしょうが、それ以降となると諦めるところも出てくると思います。三月から四月にかけて、続々と閉鎖するようなことを防ぐためには、交付金の他に小児科の激減した収入を補う対策が必要になるんじゃないでしょうか」
 他の業界でもこうした支援を求めており、どこまで国が補償できるかは未知数だ。また、コロナ後の「働き方」をはじめとした社会変化にも大きく関係してくるだろう。

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