弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第三十一回 開園か、休園か――子供の命を預かる職場で

保育園は親御さんが働ける環境を維持するために、台風や地震、そして新型コロナウイルスの感染拡大のさなかでも、通常通り開園することを原則としていました。感染対策を徹底しながらも、保育士がちいさな子供をあやしたり、子供同士が集まって遊んだりと、注意していても「密」な環境は避けにくく、現場は難しい思いを抱えていたといいます。そんな四月中旬、「横浜市が保育士の感染を隠蔽」というニュースがメディアを駆け巡ります。命を預かる保育園で、いったい何が起きていたのでしょうか。西寺尾保育園でお話をうかがいました。

  第31回 保育園

 二〇二〇年四月十五日は、緊急事態宣言が出てから八日目だった。前月に比べると、連日報告される感染者の数は大幅に増加しており、国民の多くは自宅での自粛を余儀なくされ、今後どこまで感染が広がるのかという不安を抱いていた。
 そんな中、衝撃的なニュースがメディアを駆け巡った。記事のタイトルは次のようなものだった。
「保育士感染、保護者に知らせず 横浜市が園に、『隠蔽』と批判も」
 この当時、保育園を開園するか、休園するかの判断は各自治体に任せられていた。記事には次のような内容が記されていた。

横浜市の私立保育園で、保育士が新型コロナウイルスに感染していたにもかかわらず、市が感染の事実を保護者に伝えないよう園に求めていたことが15日、分かった。市は「接触範囲などを正確に伝えるため、保健所の調査を待って伝えるべきと判断した」と説明。園長らでつくる団体は「情報操作、隠蔽だ」と批判している。(時事通信)

 横浜市にある保育園に勤務する保育士の一人が、PCR検査によって新型コロナウイルスに感染しているという診断が下された。記事には、園はそれを市に報告したにもかかわらず、市からは公表せずこれまでどおり開園をつづけるようにとの指示を受けたとある。
 園でPCR検査を受けたのは、感染がわかった保育士だけだ。職員、子供、保護者の中には濃厚接触者がいると考えられたが、他の人々はまだ誰も検査を受けていない。にもかかわらず、感染者が出たことを隠したまま保育園を通常通り開けば、感染が拡大する可能性があるのは明らかだ。さらにあろうことか、市がそれを指示したというのだ。
 なぜ、そんなことが起きたのか。園の関係者はそれに対して何を思い、どう行動したのか。
 保育園という、子供の命を預かる現場で起きた事実について見ていきたい。

 横浜市神奈川区の大口駅から十五分ほど、入り組んだ住宅街の坂道を上ったところに、社会福祉法人聖徳会「西寺尾保育園」がある。
 聖徳会は、戦前に寺院がはじめた保育事業が元となっており、現在は神奈川県内に五カ所、埼玉県に一カ所、保育園を有している。その一つである西寺尾保育園は、一九六九年に創設され、地域に根差した保育をしてきた。現在は二階建ての鉄筋コンクリートの建物に、百四十五人の児童、三十五人の職員を有している。
 園では園長をトップに副園長、主任がおり、その下は学年ごとのクラスに分かれて担当保育士がついている。クラスを担当する保育士の数はそれぞれ異なるが、たとえばゼロ歳児や一歳児のクラスはリーダーを含めて六人、一方、四歳児、五歳児のクラスはリーダー含めて三~四人という配置だ。延長保育をつかった場合、開始は午前七時、終了は午後七時だ。
 二月以降、西寺尾保育園も御多分に漏れず新型コロナウイルスによる影響を受けていた。全国で感染者数が増えるにつれて、園内では消毒等の予防対策を徹底するようになっていった。三月に入ってからは地元の幼稚園や学校が休校になったという知らせが届き、企業も時短営業や在宅ワークに切り替わりつつあった。
 保育士の一人は語る。
「世間で緊急事態宣言という言葉が広まりだした頃、他の先生方と保育園はどうなるのかなと話したことがありました。保育園は、親御さんが働ける環境を維持するために、台風の日も、地震の日も通常通り開園するというのが原則です。なので、海外のようなロックダウンにでもならない限り、保育園は門を開いていつでも子供を受け入れなければなりません。ただ、コロナがどんどん広がれば、保育園の子供たちにだって感染のリスクは高まります。もしうちの園で感染が起きたら、子供を守ってあげられるのかという不安がありましたね。保育をつづけることと、子供たちの命を守ることとが一致しなかったんです」
 また、別の保育士は次のように述べる。
「保育って三密を守ることが非常に難しい現場なんです。子供が泣いていれば抱きしめて安心させてあげるというのが当たり前ですよね。それが『密』と言われてしまうと、どうしようもない部分がある。『子供たちを安心させてあげたい』『でも病気にさせてしまったらどうしよう』『そもそも、こんな状況でなぜ開園しつづけなければならないんだろう』といった様々な葛藤を抱えて働いていました」
 保育園を休園にするか、開園しつつ登園自粛要請の協力を頼むかは、原則として各自治体の決定に委ねられる。横浜市は新型コロナウイルスの感染者数が右肩上がりになってからも、休園ではなく、登園自粛要請の協力を頼むという選択を取っていた。
 背景には、保護者が勤める企業等に合わせざるを得ないという事情もあったにちがいない。職場の中には、医療系や福祉系など事業の性質から在宅勤務に切り替えることができないところもあるため、市としては親の事情を考慮した時に休園という決断を下すことができなかったのだ。
 西寺尾保育園に子供を通わせている保護者の中にも、そういう職場で働いている人が少なからずいたし、家庭の事情で子供を預けざるを得ない人々もいた。保護者の方もだんだんと子供の登園を控えはじめていたとはいえ、一定数の子供は毎日来ざるをえない状況にあった。
 保育士をはじめとする職員たちは不安を抱きつつも、マスクの着用、消毒、不要な外出の自粛を徹底することで予防対策を講じながら運営を継続するしかなかった。そんな最中に、新型コロナウイルスが西寺尾保育園を襲うのである。

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