地方メディアの逆襲

琉球新報「ファクトチェック」報道 編① フェイクに蹂躙される沖縄

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 報道の現場と人を各地に訪ね歩く「地方メディアの逆襲」。先の沖縄県知事選挙を機に「ファクトチェック・フェイク監視」を始めた琉球新報に迫ります。

 「ポスト・トゥルース(脱真実)」という言葉が欧米発で流行したのが2016年。「フェイクニュース」「オルタナティブ・ファクト」などの言葉も定着して久しく、これに対する「ファクトチェック(事実検証)」の取り組みも、各国のメディアや専門サイトで進んでいる。
 日本の地方メディアで、いち早く取り組んだのは沖縄の琉球新報だ。戦後75年間、望まぬ米軍基地を押し付けられ、危険と不安にさらされ続ける沖縄には、何十年も前から本土発の「基地神話」がまとわりついてきた。それがSNSの普及以降、大量に再生産され、県内にも広がる。そこには、「中央」目線の報道も大きく関わっている。
 この状況に危機感を覚え、同紙は2018年9月の沖縄県知事選から「ファクトチェック・フェイク監視」を始めた。新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞するなど、高く評価された一連の報道はどのようになされたか。そして、なぜ「沖縄フェイク」は生まれ続けるのか──。

辺野古埋め立て県民投票の報道現場
 2019年2月24日。沖縄で米軍基地をめぐる23年ぶりの県民投票が行われた日曜の夜、私は那覇市の琉球新報7階の編集局を訪れていた。国際通りの南端、沖縄県庁や那覇市役所が目の前の完成1年も経たない新社屋である。
 宜野湾市の中心部を占める「世界一危険な基地」普天間飛行場を移設するため、名護市辺野古の沿岸部に新基地が造られ、海が埋め立てられる。その賛否を問う県民投票が、紆余曲折ありながらも若い世代の主導で実現した。1996年に日米両政府が普天間返還に合意して23年。変わらぬ基地負担に沖縄県民が再度、意思表示をする。これを報じる地元紙の現場が見たかった。
 午後7時半、デスク会議が始まった。編集局長以下、局次長や担当デスク12人がテーブルを囲む。〈県民意思 日米へ〉〈「構造的差別」解消求める〉〈民意 知事を後押し〉……仮の見出しとレイアウトを組んだ各面の大刷りゲラが机上を埋めている。
 「投票率の確定は9時半です。どこまで伸びるか。いずれにせよ、投票締め切りの8時には(反対の絶対得票率)4分の1超えを共同(通信)が打つので、取材はそこからよーいドンで」
 「じゃあそこで速報と電子号外を出して。朝刊のメインとサイドの内容、あとドキュメントは……」

県民投票当日の琉球新報編集局

 会議はオープンで行われ、数人の記者が周りで聞いている。ふだんは政府や国会を取材する東京支社報道部長の滝本匠(47)も、この日は沖縄に戻って投票を済ませ、開票状況を注視していた。反対多数になることは、玉城デニー知事が誕生した前年秋の知事選からも、共同通信や沖縄タイムスと合同で実施した出口調査からも明らかだが、その民意がどれだけ強く、明確に示されるかが焦点だった。政府はこれを敢えて無視し、2カ月前から辺野古への土砂投入を始めていた。
 「やっぱり投票率ですよね。自民と公明は積極的に関与せず自主投票にし、菅(義偉)官房長官は『結果にかかわらず移設工事を進める』と予防線を張った。県民投票なんか無意味だ、何も変わらないというメッセージで投票率を下げようとしたわけです。去年の知事選の63%、23年前の県民投票の60%弱は難しくても、せめて50%台半ばぐらいは……」
 と、その時、周囲でパラパラと拍手が起こった。7時半現在の投票率が50%を超えたという。「低いレベルの喜びやな」。滝本が思わず苦笑する。
 すぐそばで、デジタル編集担当の宮城久緒(48、現・文化部付部長)がネット速報や号外の対応に追われていた。午後8時、共同通信のピーコ(ニュース速報の放送)が「反対が過半数」と流し、続けて絶対得票率、つまり全有権者数に占める割合が4分の1(約29万票)を超えるのは確実だと伝えると、手早く号外を仕上げ、立ち上がってフロア中に告げる。「辺野古反対多数!有権者4分の1超確実!これでいきますよ」。絶対得票率が4分の1に達すると、知事は結果を尊重し、首相と米大統領に通知する義務を負う。
 もう一台のパソコンには、ネット速報へのアクセス数がリアルタイムで表示されている。開票が進むにつれ、3万、4万、5万……と、みるみる伸びていく。宮城によれば、ふだんは200程度だというから、250倍の関心を集めていることになる。
 選挙や住民投票はいつの時代も情報戦だ。特定陣営を貶める怪文書や根も葉もない噂が飛び交うことは昔からあった。それがネットの時代、特にSNSの普及以降は情報量が爆発的に増え、拡散のスピードも秒単位に速まった。発信源不明のデマやフェイクニュースは、打ち消しても打ち消してもくすぶり続け、事あるごとに再燃する。悪意か愉快犯か、それとも別の理由か。得体の知れない情報の伝播力としぶとさを、滝本と宮城はよく知っている。2人は5カ月前、18年9月の県知事選からファクトチェック報道に取り組んできたからだ。
 午後11時過ぎ、「知事会見をのぞいてきます」と滝本が県庁へ飛び出して行った。翌朝には東京へ戻り、官邸会見で投票結果について問わねばならない。それを潮目に私も編集局を後にしたが、編集作業のピークはむしろそこからだっただろう。
 翌25日、朝刊一面の主見出しは〈新基地 反対72%〉。投票率は52.48%にとどまったものの、埋め立て反対は43万4273票と有効投票総数の72.15%に上った。玉城知事が知事選で得た過去最高得票を約4万票も上回り、自民・公明の支持層も反対多数となった。
 〈揺るがぬ「ノー」〉〈全市町村で反対多数〉〈党派超え辺野古反対〉……。沖縄の圧倒的な民意を、各面の見出しが伝えていた。デスク会議の段階では〈「構造的差別」解消求める〉だった終面の解説記事は〈政府へ「異議申し立て」〉と、よりストレートな文言に変わり、活字も大きくなっていた。
 *前回は1996年9月、「日米地位協定の見直しと基地の整理縮小」への賛否が問われ、賛成が89.09%に上った。