弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第三十六回 なぜ歌舞伎町は「新型コロナの震源地」と呼ばれたのか

ウイルスの感染拡大において、早い段階から「夜の街」関連の店の一つとして名指しされてきたホストクラブ。しかし店やそこで働く従業員たちが実際にどのような現実に直面し、何をしていたのかはあまり知られていません。何故この町がコロナの震源地と呼ばれるようになったのか――。今回はホストクラブの発祥を振り返りながら、二〇二〇年の歌舞伎町で生きるホストたちの横顔に迫っていきます。

  第36回 ホストクラブ(1)

※ホストクラブの記事については拙著『夢幻の街~歌舞伎町ホストクラブの50年』(角川書店)の取材を参考にしています。詳細は下記URL。
『夢幻の街』連載サイト

  https://kadobun.jp/trial/kabukicho50/k1cyqgerkxsw.html

 今回の新型コロナウイルスの感染拡大において、早い段階からホストクラブは「夜の街」関連の店の一つとして名指しされてきた。
 ホストクラブで感染が広がった背景には、様々な要因が考えられる。私は『夢幻の街~歌舞伎町ホストクラブの50年』の取材で、新型コロナウイルスが流行する二年ほど前から、新宿歌舞伎町で生きるホストたちの軌跡を追ってきた。彼らの横顔を見てきた経験から、ホストクラブをめぐる感染について言及したいと思う。

 まず、ホストクラブの概要について述べよう。
 ホストクラブの起源は、社交ダンス用のダンスホールだと言われている。一九六〇年代、リッチな女性はダンスホールへ足しげく通い、そこに集まっている男性ダンサーからお気に入りを選んで、ダンスのパートナーにしていた。ダンスが終われば、おひねりを渡したり、食事をごちそうしたりする。
 こうしたダンスホールは少しずつ増えていったが、新進の店の一部は老舗店と違いを出すために「女性専用クラブ」を名乗って、ダンスより飲食と接客に重きを置く営業形態をとった。生バンドを置いてステージで社交ダンスを踊れる環境は整える一方で、テーブル席でスーツ姿の男性の接待を受け、飲食だけを楽しむこともできるようにしたのだ。これがホストクラブの原型だった。
 こうした店は、銀座、渋谷、新宿などに数店舗あったが、その一つで働いていたのが、後に「ホストクラブの父」と呼ばれる故・愛田武だった。武は決して美形ではなかったが、話術がずば抜けてうまく、大勢の指名客を持っていた。そんな客の一人が、著名な建築家の娘である榎本朱美だ。
 朱美は既婚者でありながら、客の一人でしかないという立ち位置に満足できず、やがて武に独立を促し、パートナーとして支えていこうとする。そして駆け落ち同然で奔走して立ち上げた店が、新宿二丁目につくったホストクラブ「愛」だった。
 愛は、当時のホストクラブの常識を打ち破るようなシステムを次々と確立した。ホストに対する最低保障の支払い、売り上げに応じて日当が上がる給与体系、客の売掛(ツケ払い)などだ。これが新時代のホストクラブとして脚光を浴びた。
 一九七三年、愛田武は自身の店を歌舞伎町に移転させ、一号店を「愛本店」、二号店を「ニュー愛」とする。人気に火がついたことで、他の業界人たちも愛の給与体系や営業形態を真似て似たような店を出店していった。
 七〇年代から八〇年代、歌舞伎町のホストクラブは小さい店も含めて十軒程度だった。だが、バブルの崩壊後にニューホストクラブと呼ばれる無許可営業のホストクラブが続々と誕生し、やがて九〇年代後半のホストブームに乗って一気に表舞台に乱立するようになった。
 二〇〇〇年頃には百店以上のホストクラブが軒を連ね、二〇二〇年のはじめには二百四十店以上にまで増えた。それらすべての店が、元をたどれば愛という源流に行きつくのである。

 ホストクラブの半世紀に及ぶ歴史は拙著を参照してほしいが、店を支える主な客層は昔も今も売春を生業とする女性たちだ。彼女たちは体を売って稼いだお金を握りしめて店に訪れては、男性から接待を受け、お気に入りのホストのために金を投じる。
 彼女たちの大半は、社会に居場所を見つけられない者たちだという。丸一日体を売って働いたところで、安心して帰る家もなければ、信頼できる家族や友達もいない。だが、ホストクラブに来れば、男性たちが何も聞かずに接待してくれるし、一緒になって酔って騒げば嫌なことをすべて忘れ去ることができる。彼女たちにしてみれば、ホストクラブは悲しみや苦しみから目をそらすことのできる麻薬のようなものであり、それがあるからこそ生きていくことができるのだ。
 女性客がホストを心の拠り所にする背景には、ホストにもまた同じような境遇の者が多いことがあるだろう。片親の貧困家庭で育った者、虐待を受けてきた者、施設で生活してきた者など、様々な事情を抱えた男性たちが着の身着のままで歌舞伎町にやってきて、店の寮に住み込みながら、本名を隠して源氏名で働く。
 ホストの一人は言う。
「俺は母子家庭で育って、母親がシャブ中(覚醒剤中毒)だったんだよ。生保を受けている一方で、ヤクザの愛人を連れ込んでは好き勝手していた。毎日がDV、虐待の日々だったね。小学二年の時から学校へ行かず、中学から家出。いろんなところを転々としている中で、ホストなら金持ちになって人に馬鹿にされない生き方ができるんじゃないかって思って十六歳で求人に応募してなったんだ。ホストクラブの仕事は大変だけど、気持ち的には楽だよ。誰も実家のこととか訊いてこないし、何をしてても変な目で見られない。とことん平等なんだよ」
 ホストクラブでは、ホストがどんな過去を持っていようと、女性客が何の仕事をしようと干渉しないという不文律がある。清濁併せ呑むような世界が、ホストクラブの魅力なのである。
 店での遊びの醍醐味は、女性客がお気に入りのホストのランキングを上げることだ。店では月ごとにホストの売り上げ競争が行われる。NO.1ホストの座につけば店の看板となり、大々的に宣伝してもらえる。女性客はお気に入りのホストを指名し、高い酒を購入することで順位を少しでも伸ばしてあげようとする。それは非現実を味わわせてくれるホストへの恩返しであり、自分がホストの順位を上げたという満足感を得るためにやっていることだ。
 あるホストの言葉である。
「ホストは客をだまして金を奪い取る犯罪者って勘違いされることがあるけど、すべて合意の上なんだよ。ただ、一般社会の人からすれば、何十万円もの酒を頼ませたり、売掛をさせたり、闇金や債権回収が入ったりとヤバい世界に見えるだろうね。でも、そういうことをするホストや女性客は、自分たちがアングラの人間だって認識しているし、自分の責任でやっているんだ。地下格闘技の人間が自分の責任で殴り合いをしているのと同じで、誰にも迷惑をかけるつもりはない。自分たちが生きていくため、楽しむため、のし上がるために自分で選んでしていることなんだ」
 分別のある人からすれば、特に女性客の生き方はあまりに刹那的だと感じられるかもしれない。だが、家庭に恵まれず、一般社会からつまはじきにされてきた彼女たちにしてみれば、その日その日を乗り越えるので精いっぱいなのだ。良いか悪いかは別にして、社会がそういう人たちを受け入れてこなかったからこそ、ホストクラブという空間がその代わりの居場所になっているのだろう。
 二〇二〇年初頭、歌舞伎町のホストクラブは東京五輪を目の前に控えていたこともあって、バブルのような好景気を迎えていた。ホストクラブが乱立し、人気ホストの引き抜きがいたるところで行われ、酒の値段は高騰をつづけていた。
 なぜ、そんな街が新型コロナの震源地と呼ばれるようになったのか。次回はそのことについて考えてみたい。

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