弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第四十一回 「夜の街」という名前の街は存在しない――ホスト達のクラスター対策(2)

歌舞伎町に四十名の従業員を抱える店を持っていれば、休業している間も家賃を含めて月に最大九百万円もの赤字になり、仕事のないホスト達は別の店へと移籍するしかなくなってしまう。「ロマンス」はできるだけの予防対策をしながら、客足の回復を願って無理のない営業を続けることにしました。しかしその矢先、店では体調を崩すホストや内勤が、一人また一人と現れたのです。

  第四十一回 ホストクラブ「ロマンス」(2)

※ホストクラブの記事については拙著『夢幻の街~歌舞伎町ホストクラブの50年』(角川書店)の取材を参考にしています。詳細は下記URL。
『夢幻の街』連載サイト 

https://kadobun.jp/trial/kabukicho50/k1cyqgerkxsw.html

 歌舞伎町の老舗ホストクラブ「ロマンス」は、緊急事態宣言を受け、ゴールデンウイーク明けまでとの見込みで店を閉めた。
 だが、五月四日、政府は緊急事態宣言の延長を発表。五月三十一日まで約一カ月延び、休業要請も引き続き継続されることになった。
 ロマンスの幹部は、この知らせに頭を抱えた。これまで歯を食いしばって休業に耐えてきたが、歌舞伎町のホストクラブの多くは四月中旬頃から営業を再開しており、これ以上自分たちだけ店を閉めつづけるのは現実的ではない。
 そもそも歌舞伎町に四十名の従業員を抱える店を持っていれば、休業している間も家賃を含めて月に最大九百万円もの赤字が出る。生活に苦しむホストたちにしても、これ以上休業がつづくとなれば、別の店へと移籍するしかなくなる。そうなれば、店は倒産必至だ。
 幹部はテレビ電話で今後の方針について話し合い、ゴールデンウイーク明けの五月十一日月曜日から営業を再開するという苦渋の決断を下した。むろん、巷では新型コロナの感染拡大は収まっておらず、リスクと隣り合わせであることは承知していた。そこで店としては次のような対策を取ることで予防することを決めた。

・従業員の自由出勤(希望者のみの出勤)。
・週休一日から二日への変更。
・営業時間を十六時から二十時までの四時間とする。
・検温、消毒、換気などの実施。

 国が示したガイドラインを踏まえた上で、自由出勤など店として新たな項目を付け加えたのだ。
 ロマンスのこの決断を責めることはできないだろう。ホストクラブ以外でも、経営の厳しい居酒屋はゴールデンウイーク明けから営業を再開していたし、上記と同じような感染予防対策を取っていた。それを踏まえれば、ロマンスはこの時点でできるだけのことをしたと言える。
 営業再開後のロマンスの客の入りは、予想通り悪かった。店もホームページ上で営業再開を公表し、ホストたちもSNSを通じて常連客に呼び掛けたものの、来店数は通常の二割に過ぎなかった。
 世間ではまだ自粛を促す空気がつづいていたのに加え、主な客である風俗嬢の稼ぎが落ちていたこともあるだろう。それでも再開を待ち焦がれていた女性客はすぐに足を運んでくれたし、ホストが生活に困っていると聞いてなけなしのお金をつかってくれた。
 店側としては、徐々にでも客足が回復することを願って営業をつづけることしかできなかった。ホストの方も今が踏ん張り時だとわかっていたので、無理な営業はせずに少しずつ女性客を取りもどすことを目指した。
 一週間、二週間と経つうちに、店にはぽつぽつと女性客がやってくるようになった。期待していたほどではなかったが、だんだんと増えてくるのは心強かった。すぐに元通りとならなくても、回復の兆しがあれば前向きになることができる。ホストも内勤も力を合わせればきっと乗り越えることができると思いはじめていた。

 ロマンスにクラスターが起きたのは、まさにそんな矢先のことだった。
 五月二十日が過ぎた頃から、同店では体調を崩すホストや内勤が一人また一人と現れていた。ただ、いずれも微熱や食欲不振といった軽い症状で、毎日が二日酔いのホストたちにしてみればいつものことで、「休業のブランクだろう」くらいにしか思っていなかった。また、自由出勤にしていたことから、体調が悪い人間が出ていることにもあまり気づかなかった。
 それは五月三十日のことだった。店に従業員のホストから一本の電話があった。五年くらいのキャリアを持つ二十代半ばのホストだった。
「すみません。今日、店を休ませてください」
 彼は少し前から発熱を訴えており、一週間ほど休んでいた。
「おう、いいよ。まだダメなのか」
「実は熱が引かなかったんで病院へ行ったんです。そしたらPCRを受けろって言われて検査をしたところ、コロナの陽性だって診断されてしまいました。それで勤務先ということでロマンスのことも話しました。すみません」
「うちの店の名前を言うのは構わないが、おまえは大丈夫なのか」
「俺はそこまで体調が悪くないので、病院への入院ではなく、陰性の結果が出るまでホテルに隔離されることになりました」
 報告を受けた社長の三上麗の脳裏を過ったのは、「クラスター」という最悪の事態だった。実は数日前から三上自身も風邪っぽい症状がつづいていた。もしかしたら自分も含めて多数の感染者が出ているかもしれない。
 三上は即座に創業時からの仲間であり、今は専務取締役を務める事務方のSに連絡をして、その場でこの日の営業を中止することを決定した。店として従業員と客を守る必要があると判断したのだ。
 ナイトクラブの中には感染の事実を隠蔽したところもあったが、ロマンスは歌舞伎町の中でも指折りの老舗店であり、かつ一店舗体制であるため、常連客の信頼なくしては経営が成り立たないことを理解していた。それが対応の早さに現れたのだろう。
 三上はふり返る。
「報告を受けた直後に、この日から店の営業をストップすることを決断しましたね。まずホスト全員に連絡を取って起きたことをつたえてから、店のSNSでも従業員の感染と店の休業を発表しました。同時に、ホストたちには五月十一日の営業再開後から来店してくださったお客さん一人ひとりと連絡を取って、感染の事実をつたえて検査を受けさせるように指示しました。濃厚接触者ということで感染している可能性があったからです。お客さんの信頼を守るには、事実を隠すのではなく、すみやかに公表した方がいいと判断したんです」

 新宿区保健所から連絡があったのは、三上が一連の対処を決めて、従業員とともに動いている最中だった。店に掛かってきた電話で、改めて店のホストに新型コロナ感染者が出たと説明を受けた。
 三上はつづける。
「保健所から尋ねられたのは、店の中に濃厚接触者がどれくらいいるかということと、スタッフの出勤状況でした。感染リスクのある人間の数を把握したかったんでしょうね。出勤していた従業員たちはみな濃厚接触者として早急に集団検査を受けるよう指示されました。この時はPCR検査を受けるのが簡単ではなかったので、保健所の方から集団検査を受けさせると言ってもらえてありがたかったです」
 こうしてロマンスは営業再開から十九日で、二度目の営業停止に踏み切ることになった。
 従業員の集団検査の日にちは、四日後の六月三日と決まった。三上は自身の体調の悪さを新型コロナではないかと疑いはじめたが、この時点ではまさかクラスターが起きているとは思ってもいなかった。

――――――――――――――――――――――――
■取材依頼募集
新型コロナウイルスによる窮状を多面的にルポする予定です。
医療現場から生活困窮の実態まで、取材を受けてくださる方は、次のメールアドレスまでご連絡ください。

連絡先:石井光太(いしい・こうた)
メール postmaster@kotaism.com
ツイッター https://twitter.com/kotaism
HP https://www.kotaism.com/