地方メディアの逆襲

琉球新報「ファクトチェック」報道 編③ 沖縄で新聞記者になるということ

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 報道の現場と人を各地に訪ね歩く「地方メディアの逆襲」。先の沖縄県知事選挙を機に「ファクトチェック・フェイク監視」を始めた琉球新報に迫ります。
県民投票翌日、辺野古新基地建設に反対し、機動隊に排除される市民

「普通の人」に巣くう悪意と無関心
 なぜ沖縄フェイクが生まれるのか。それが、ヘイトにエスカレートするのはなぜか。身も蓋もない問いを、琉球新報ファクトチェック取材班の面々にぶつけてみた。
 専従記者だった池田が指摘するのは、「中国脅威論」との結びつきだ。
 「沖縄が中国に接近し、取り込まれようとしているという言説はネットに根強くあります。『辺野古移設の反対運動は沖縄を日本から独立させ、中国に統治させるのが狙いだ』とか、先の知事選では、『玉城氏が知事になれば中国に支配される』とか。つい最近見たチラシには『沖縄近海には900兆円の海底資源が眠っていて、玉城知事は中国に差し出そうとしている』とありました。
 根底には、中国に経済発展で追い抜かれた焦りや苦々しさがあると思うんです。日本を守れ、中国に負けないぞ、と言いたい。沖縄は、中国と地理的に近く、尖閣諸島を抱えることもあって、そこに巻き込まれてしまっている。また、それを大真面目に語る与党議員や政権に近い右派系言論人がいる。〝官製ヘイト〟の側面も強いと思いますね」
 連載第1回で沖縄の若い層にも基地をめぐるフェイクが広がっていることを書いたが、ここには学校教育に関わる課題があるのではないかと、もう一人の専従記者、安富智希は語る。彼は那覇市出身。幼い頃から、沖縄戦の話を聞き、記録映画などを見る機会は何度もあったという。
 「その映像が強烈で、本当に戦争は恐い、絶対に嫌だとトラウマ的な忌避感情が生まれたんです。今でも正直、戦争映画は見られません。ところが、沖縄の戦後史についてはどうかと言えば、学校で習った記憶がほとんどないんですね。住民が米軍にどうやって土地を奪われ、占領下の圧政に苦しんだか。そういう住民目線の生活史が抜け落ちているところに、基地をめぐるフェイクが入り込む余地が生まれるんじゃないか、と」
 池田によれば、沖縄戦の研究者は多数いるが、安富の言うような戦後の生活史を調べる研究者は少ないのだという。たしかに、基地の形成過程や経済的影響について、もっともらしいフェイク言説が広まった時、明確に否定するには、その部分の知識が欠かせないだろう。彼らが言うように研究者や教育の仕事でもあるが、時代を綿密に記録してきた新聞こそ一級の史料であり、フェイクに対抗する一助になるのかもしれない。
 そして、滝本が指摘するのは、「人びとの無関心」が沖縄ヘイトを蔓延させたということだ。その例に、2013年1月27日の「東京行動」の光景を挙げる。沖縄県内41の市町村長と議長、県会議員たちがオスプレイ配備撤回を訴えて、東京・銀座で行ったパレードである。ちょうど第二次安倍政権発足から1カ月。当時は那覇市長だった故・翁長雄志を先頭とする一行は、安倍首相に翌日手渡す「建白書」を携えていた。
 そのパレードに罵声が飛んだ。「売国奴!」「嫌なら日本から出ていけ!」「中国の工作員は帰れ!」。路上で日の丸を掲げた一団が沖縄の首長たちをにらみつけ、憎悪を込めた言葉を次々と投げつけた。ネット内ではすでに広まっていた醜悪な「沖縄ヘイト」が、現実の世界に姿を現した瞬間だった。
 翁長たちはたじろぐことなく、堂々と行進を終えたが、内心で大きなショックを受けていた。中には保守系の首長もいた。日米安保や基地に反対しているわけではない。むしろ、ずっと協力してきた。ただ、危険性の高いオスプレイはやめてほしいと言っているだけなのに、「売国奴」とは……。
 滝本は、那覇の本社でそのことを知った。ネット動画を確認して胸が悪くなった。こんな言葉は誰の耳にも届かない。響かないはずだ。半ば期待を込めて思ったが、認識が甘かったと後に知る。翁長は県知事になってからも、この時のことをよく語っていたという。
 「ヘイトスピーチそのものよりも、周囲の人たちが何の関心も示さず、無表情で通り過ぎて行く姿がショックだったと話していました。そこに、普通の国民の沖縄への無関心が現れていると感じたからだ、と。大音量でがなり立てるヘイトはたしかに醜悪です。しかし、虐げられる者に無関心な人びとの存在こそが、沖縄の人の心に深く突き刺さっているのだと、あらためて気づかされました。
 そして、自分たちは沖縄の外にどう言葉を届けるか、響かせられるのかを問われているんだと考えさせられました。それは今も続いていて、答えは出ていませんが……」
 今、滝本の言葉を思い起こし、「普通の」人というのは重要だと私も考えている。それは、無関心に通り過ぎる人びとばかりでなく、フェイクやヘイトの発信者にも言えると思うからだ。
 実は、前回の記事中で滝本がフェイクを指摘した遠山清彦議員は、私の中学時代の同級生である。また、記事では触れなかったが、『ニュース女子』というテレビ番組が17年、沖縄・高江のヘリパッド建設反対運動を虚偽情報で誹謗中傷する、深刻なヘイト事案があった。放送倫理・番組向上機構(BPO)から「重大な放送倫理違反」と指摘された同番組を制作したのは、「DHCシアター」(現・DHCテレビジョン)という制作会社だが、そのプロデューサーで、現在は社長を務める人物もまた、私の大学の同級生だった。
 どちらも仲が良かったわけではなく、付き合いもない。だが、同じ部活動やサークルにいて、人柄はある程度知っている。良くも悪くも、特に目立つところのない「普通の」人間だった。少なくとも、特異な思想や偏った主張を持つようには見えなかった。その後、何十年かの間にどんな変化があったのか、詳しくは知らないが……。
 かつて自分の近くにいた、いかにもありふれた人間たちが、沖縄を標的にフェイクやヘイトをばらまいている。そのことが私には情けなく、ショックであると同時に、フェイクやヘイトの本質とは、こうした「普通の」人間に巣くう卑小な悪意や無関心の総体ではないかと感じるのである。

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 2019年2月25日。辺野古埋め立てをめぐる県民投票の翌日、私は名護市のキャンプ・シュワブに向かった。新基地反対を訴えるゲート前の集会は、前夜の圧倒的な「勝利」に沸いていたが、正午過ぎから繰り広げられる光景は、いつもと変わらなかった。工事を阻止しようと、横二列になって座り込む人びとは、表情のない機動隊員たちに引きはがされ、抱え上げられ、一人一人排除されていった。
 そこには、県民投票の結果について「真摯に受け止める」「対話を続けたい」と口では言いながら、沖縄の声に耳を貸すことなく、そのつもりもない安倍首相と政府の姿勢が具現化されていた。
 1年半余りが過ぎた今、安倍首相は退陣を表明し、長期政権を支えた菅義偉官房長官が次期首相に確実視されている。記者の質問を鉄面皮ではねつけ、マスメディアをコントロールしてきた彼の耳に、沖縄の、滝本たち沖縄の記者の声は届くだろうか──。
(おわり、次回は毎日放送「<映像>の系譜」編、9月下旬公開予定)