地方メディアの逆襲

第1回 標的にされる「教育」と「メディア」

毎日放送「〈映像〉の系譜」編

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 報道の現場と人を各地に訪ね歩く「地方メディアの逆襲」。ドキュメンタリー「映像」シリーズの放送を長年続ける大阪・毎日放送に迫ります。

 地方テレビ局発のドキュメンタリーが気を吐いている。視聴者が減少し、広告収入でネットに抜かれ、それでも視聴率に汲々として、「早く、安く、わかりやすく」と情報バラエティー化が進むテレビ業界にあって、ドキュメンタリーは「金と時間を食うばかり」「好きなことばかりやっている」と片隅に追いやられてきた。しかし、それぞれの現場で足を踏ん張り、力のある作品で存在意義を示す作り手たちは今も全国各地にいる。しぶとく生き残っている。
 大阪の毎日放送は月に1回、日曜深夜にドキュメンタリー『映像』シリーズの放送を続けてきた。1980年に『映像’80』と題して始まり、2020年4月に40周年を迎えた。近畿広域圏を放送エリアとする「準キー局」とはいえ、地方を拠点とする放送局が、系列局に頼ることなく自前で、これだけ長期間、ドキュメンタリーの放送枠を守ってきたのは快挙と言える。
 その歴史を受け継ぐ、一人の女性ディレクターに注目したい。

教科書の攻防を追う「論理的」ドキュメンタリー
 取材者であるディレクターが、風呂敷包みいっぱいに集めてきた素材を広げて見せる。編集マンはそのすべてに目を通し、取捨選択して並べ替え、風呂敷できれいに包み直してゆく──。ドキュメンタリーの編集とはそういう作業なのだと、毎日放送(MBS)ドキュメンタリー報道部のディレクター、 斉加尚代さいかひさよ(55)は説明する。
 「ディレクターは欲張りですし、取材した思い入れや現場での感動があるので、大風呂敷を広げ、あれもこれも詰め込みたくなる。それを予備知識のないクールな目で見て、独りよがりにならないよう助言や提案をしてくれる最初の視聴者が編集マン。わたしは不器用な方なので、優秀な彼らにずいぶん助けられてきました」

斉加ディレクター(手前は新子チーフエディター)

 今年8月半ば、梅田・茶屋町の社屋6階にある編集ブースの一室。斉加は『映像‘20』の枠で2週間後に放送が迫った番組の編集作業中だった。隣にいるのは、同局の映像編集を請け負う制作会社「ビデオユニテ」のチーフエディター、新子あたらし 博行(41)。日々のニュースと並行し、この『映像』シリーズや人物密着ものの『情熱大陸』などドキュメンタリーの編集を手掛ける。キャリア15年。斉加の番組も、これまで何本も担当してきた。
 『映像』は50分番組だが、斉加が今回撮ってきた素材は、40分収録のディスクで56枚に上った。単純計算で計2240分、37時間あまり。新子はこれを約1カ月の間にすべて見たうえで、斉加の意図を受けて1週間で「定尺」、つまり放送時間に収まるよう編集するという。膨大な情報量と作業期間の短さに驚いていると、「いや、今回は少ない方ですね。インタビュー中心の論理的な内容なので。密着ものだと、100枚以上になるのは普通です」と新子は言う。
 放送開始40年になる『映像』シリーズは伝統的に、少人数で制作されてきた。取材スタッフは、ディレクターとカメラマンと音声助手の3人。ここに映像の編集マン、音楽や録音の技術者、ナレーター、字幕などのタイトル制作者。そして、全体を統括するプロデューサー。全部で10人ほどだ。NHKや在京キー局では、一つの番組にプロデューサーやディレクターが複数いたり、事前取材や資料調査をするリサーチャーを何人も抱えたりすることが珍しくない。制作予算も比較にならない。それでも、自由度の高さがディレクターの視点や個性を反映し、地域に根差したテーマや取材姿勢とともに、作品の魅力になっているのだろう。『映像』が世に送り出した番組は、放送ジャーナリズム界で高く評価され、数々の賞を受けてきた。
 斉加は、その系譜に連なる数少ない女性ディレクターだ。入社33年。『映像』を担当して6年目になる。
 この日編集していた番組は、『史実と神話~戦後75年目の教科書と歴史』と題して8月末に放送された。5年ぶりに中学校の教科書採択が行われた今夏、歴史教科書をめぐる動きを追っていた。
 話は、蝦夷の首長アテルイの処刑地とされる「首塚」の不可解な経緯から始まる。枚方市内の公園にあり、かつて歴史教科書や郷土学習の副読本にも載ったこの史跡には、歴史的根拠がない。調査した歴史学者によれば、一般市民が思い込みで勝手に建立したものだが、いつしか市役所が追認し、「伝承文化を活かしたまちおこし」「郷土愛をはぐくむ」との名目で既成事実化されていった。ここには、当時の市長の意図が強く働いていた。
 東大阪市では、育鵬社の教科書をめぐる攻防を追った。神武天皇の建国神話を大きく扱い、教育勅語を肯定的に記述するなど右派的志向が強い教科書だ。同市の野田義和市長は、保守系市町村長の団体「教育再生首長会議」の会長を現在務め、前回の教科書選定では育鵬社版の採択に影響を及ぼしたと言われる。地元では、教育への政治介入に反対する市民の運動が起きていた。斉加はその両者にインタビューを行い、さらに奈良県橿原市にある神武天皇陵を取材する。この地が陵墓と定められた経緯、移転を迫られた被差別部落の記録。宮内庁と交渉を重ね、「洞村ほらむら」と呼ばれた部落の跡地に初めてカメラを入れた。
 派手なシーンや感情を煽る演出は一切なく、新子の言葉通り、「論理的」なドキュメンタリーである。だが、斉加の取材は多くの事実を掘り起こし、淡々と伝えることにより、歴史とは何か、教育とは何か、今起きていることをどう考えるのか、視聴者へ静かに問うていた。
 教育は、大阪の学校現場を30年にわたって取材してきた斉加の原点と言えるテーマだ。2017年には『教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』を制作し、同年度のギャラクシー賞大賞を受賞している。その番組をまずは振り返ってみたい。
 *ビデオテープ時代の名残か、実際の現場では、単位は「枚」ではなく、「本」で語られる。