地方メディアの逆襲

毎日放送「〈映像〉の系譜」編① 標的にされる「教育」と「メディア」

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 報道の現場と人を各地に訪ね歩く「地方メディアの逆襲」。ドキュメンタリー「映像」シリーズの放送を長年続ける大阪・毎日放送に迫ります。

歴史学の重鎮から「反左翼教育」観を引き出す
 『教育と愛国』は、戦後の歴史教育を「自虐史観」と否定し、愛国心や日本人の誇りなど国家主義的な教育を主張する政治勢力と、その圧力にさらされる学校現場や教科書会社、そして教科書検定の舞台裏を追った番組だ。小学校での道徳の教科化を翌2018年に控え、教科書採択が進んでいたことから、斉加が着想した。企画書では「安倍政権が目指す『教育と愛国』がどんな地平につながっているのか」と〝大風呂敷〟を広げたが、当初は確たる見通しもなく、「走りながら考えていった」のだという。
 取材は、超難関で知られる東京の私立麻布中学校から始まった。同校が採用する学び舎の歴史教科書──現役教員らが、暗記よりも自ら考え、議論する教育を目指した内容だった──に旧日本軍と慰安婦をめぐる記述があるとして、大量の抗議はがきが届いたのだった。「反日極左の教科書採用を即刻中止せよ」という同一の文面で、差出人の多くはOBを自称する匿名。MBSの地元の関西でも、複数の学校に同様の抗議があった。番組では、神戸の私立灘中学・高校の校長が経緯を綴った文章を紹介した。自民党の国会議員や県会議員から「問い合わせ」と称する圧力や詰問を受け、その後から抗議はがきが届くようになったという。〈届く度に同じ仮面をかぶった人たちが群れる姿が脳裏に浮かび、うすら寒さを覚えた〉と、校長は書いていた。
 実名の差出人の中には、教育再生首長会議で当時会長を務めていた山口県の松浦正人・防府市長や、森友学園問題で渦中にいた籠池泰典・前理事長の名前があった。斉加は番組中、この松浦市長にインタビューを行っている。

学校に届いた大量の抗議はがき。『教育と愛国』より(MBS提供)

 抗議はがきのコピーを見せると、松浦は自分の筆跡であること、約30通を書いたこと、周囲にも抗議を呼び掛けたことを認めたが、学び舎の名前には首を振った。知らない、聞いたことがないと言う。説明すると、こう言った。
 「ああ、この学び舎という会社ですか。ちょっと偏った事柄が書いてあるという情報は耳にしました。(読んだことは? という問いに)読んだというか、見たという程度でしょうかね」
 それは教育への政治圧力ではないか。斉加が問うと、こう答えた。
 「圧力として受け止められる方は受け止められるかもしれませんが、もしそうだとしたら、ごめんなさいね、と申し上げるしかないですね」
 余裕かポーズか、その顔には笑みが浮かんでいた。映像に語らせるドキュメンタリーは、活字と違い、話し言葉や場面を整理・再構成することができない。一つの答えの中で核心を語らせ、語り口や表情までとらえねばならない。それゆえか、斉加の質問は率直で、持って回ったところがない。
 そのことをよく示す印象的な場面がある。育鵬社版歴史教科書の代表執筆者、伊藤隆・東大名誉教授へのインタビューだ。「新しい歴史教科書をつくる会」に1997年の発足時から参画した歴史学者で(現在は離脱)、日本近現代史のオーラルヒストリーを記録してきた重鎮である。やり取りを再現する。

──歴史から何を学ぶべきだと?
「学ぶ必要はないんです」(即答し、何度も無言で頷く)
──それは、かみ砕いて言っていただくと
「学ぶって、たとえば何を学ぶんですか? あなたのおっしゃっている、学ぶって」
──たとえば、日本がなぜ戦争に負けたか……
「そりゃ弱かったからでしょう」(即答し、微笑む)
──育鵬社の教科書が目指すものは何になるわけですか?
「やっぱり、ちゃんとした日本人をつくることでしょうね」
──ちゃんとした、というのは?
「左翼ではない……(数秒沈黙)昔からの伝統をずっと引き継いできた日本人、それを後に引き継いでいく日本人。今の反政府のかなりの部分が左翼だと思いますけども。反日と言ってもいいかもしれませんね」

 「左翼」や「反日」は右派の常套句であり、ネットや保守系メディアにあふれているが、理論的支柱と言える研究者が、そんな粗雑な言葉を躊躇なく口にすることに、斉加は驚いたという。
 「インタビュー中はメモを取らず、相手の言葉に集中して、常に次の質問を考えるんですが、この時は一瞬たじろぎ、微妙な間がありますよね。本音を語らせようと覚悟を決めて臨んだのかと聞かれますが、そうじゃない。純粋に知りたいことを聞いていったら、想定以上の言葉が出てきたんです」
 後に番組と同名の書籍になった『教育と愛国』(岩波書店刊)で、斉加は取材の模様を詳述し、育鵬社の歴史教科書の目的は、歴史ではなく、道徳を学ばせることだろうと述べている。「あるべき日本人」という一つの価値観、国家が求める「日本人像」が押し付けられるのではないか、と。
 もう一つ、重要な事実を番組は示唆する。教育への政治介入は、大阪から始まったということだ。それを象徴する映像を、斉加は局の未使用アーカイブから探し出し、番組に使用した。
 2012年2月、「日本教育再生機構」が大阪で開いたタウンミーティング。壇上には、民主党政権下で下野していた安倍晋三元首相がいる。第一次安倍内閣で行った教育基本法改正──「伝統と文化を尊重し、我が国と郷土を愛する」という愛国心条項を盛り込んだ──を実績と誇り、こう述べる。
 「(教育に)政治家がタッチしてはいけないのかと言えば、そんなことはないですよ。当たり前じゃないですか」
 「首長が教育について強い信念を持っていれば、その信念に基づいて教育委員を替えていくんですよ」
 第二次政権へ返り咲く約10カ月前に安倍が語っていた、あからさまな政治介入の勧め。隣には、大阪府知事の松井一郎(当時。現・大阪市長)がいた。彼が橋下徹・大阪市長(当時)とともに旗揚げした大阪維新の会はこの時、首長が学校教育を主導する「教育基本条例案」の可決を目指していた。タウンミーティングは、その決起集会だった。学校間競争を強め、序列化を図り、教員を厳しい人事評価で縛る。そうした方針が、大阪の学校教育を変質させたと斉加は見ていた。