ちくま新書

コロナ禍で、格差はますます広がっている

超富裕層の日常、関心、これからの動向を探る

上位1%の人々が、世界の富の半分近くを支配する現代。特にビリオネアと言われる超富裕層は、コロナ禍でますます富を伸ばしている。もはや、富裕層たちの動向抜きには、社会の行く末は語れない時代なのだ。彼らの衣食住、趣味、子弟の教育、投資先など、知られざる素顔を明らかにする。広がる格差でBLMなどの運動も高まる中、分断社会の行方はどうなる?

 米国のビリオネア(億万長者)の富は、新型コロナウィルス危機が始まった二〇二〇年三月からのわずか二カ月半で一九%増えたようだ。ニューヨークなどで都市封鎖が続く六月初め、米国のシンクタンク「政策研究所(IPS)」で格差などを研究するチャック・コリンズが明らかにした試算は衝撃的だった。増加額は五六五〇億ドルで、約六〇〇人の保有する富の総額は三兆五一二〇億ドルにまで膨れ上がった。
 大統領のトランプが国家非常事態宣言を出したのが三月一三日。春先まで株価が最高値を更新するなど繁栄に酔いしれていた米国経済は急暗転し、四月の失業率が一四・七%と一九三〇年代の世界恐慌以来最悪の水準に跳ね上がった。
 ところが、失業者が急増した三月一八日から六月四日までのあいだに、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは三六二億ドル、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグは三〇一億ドルなど、ビリオネアは富を大きく伸ばした。
 彼らの富の源泉は主に保有株式である。コロナ危機の影響で米国株が旧来型の業種を中心に大幅に下落するなかで、電子商取引のアマゾンやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のフェイスブックは「在宅勤務などが普及するアフター・コロナの世界で一段と強みを伸ばせる」と、騰勢を強めていたのだ。
 コリンズの試算は、株式時価総額が一兆ドルを超えるようなアフター・コロナの勝ち組企業の経営者と、コロナで追い詰められた失業者の格差が一段と開いていることを強く印象付けた。
 同じころ、ニューヨークなど米国の多くの都市で商店が襲われる暴動が広がっていた。五月二五日に、ミネソタ州ミネアポリスで白人警察官が黒人男性を拘束死させる事件が起きたのをきっかけに、根強く残る人種差別への反発に火がついた。
 根っこにあるのは貧富の格差である。コロナウィルスへの感染では、黒人の死亡率が白人より有意に高い。ブルッキングス研究所の調査アナリスト、ティファニー・フォードなどは、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)のデータをもとに「二月初めから六月初めまでのコロナによる黒人の死亡率は白人の二倍に達している」と試算している。低所得で、医療サービスを受けられない人も多い黒人社会の実態を浮かび上がらせた。米国に暗い影を落とす貧富の格差は、実は歴史的な水準にまで広がっている。米カリフォルニア大学バークレー校教授のエマニュエル・サエズによると、二〇一七年時点で所得上位一〇%の世帯が握る所得のシェアは全体の五〇%を超え、大恐慌前の水準を上回っている。
 この貧富の格差は大恐慌と第二次世界大戦の影響でいったん縮小したものの、一九八二年ごろから急拡大している。格差に関して貧しい人の悲惨さが取り上げられることが多いが、格差を広げたのは主に豊かな人たちの方だ。上位一%の所得シェアは八二年には一〇
%程度だったが、二〇一七年には二二%に達している。コロナで人々が苦しむのを余所目にビリオネアが富を増やしたのは決して特異な現象ではなく、この四〇年のあいだに豊かな人がより豊かになるドラスティックな富裕層世界の変革が起きたのだ。
 ルイ・ヴィトンにフェラーリ、ディスコに豪華リゾート。日本が輝いていたように見えた一九八〇年代後半、地価が高騰し、富裕層が急増、そして金満文化が花開いた。
 夢のような時代はバブルの崩壊で短命に終わったが、その後、米国はIT時代を切り開き、欧州は経済通貨統合で新市場を作り、中国は資本主義的な手法を取り入れた社会主義で高成長を続けた。
 米国などで起きたのは市場原理を重視した経済運営と、インターネットやスマートフォンの拡大に支えられた情報化とがもたらした資産価格の上昇で、その結果、富裕層が激増する。中国やロシアでは経済改革の過程で、都合よく制度を変更させ利権獲得を狙うレントシーキングが横行し、かつての国有組織を民営化した企業を支配した人たちが大金持ちになっていった。
 世界的に富裕層が増え、金満文化が広がっていく。ニューヨーク、パリ、モナコ、香港などは、バブル期の東京をしのぐ「スーパーリッチ・シティ」となった。主導するのは保有資産が一〇億(1billion)ドルを超えるビリオネアで、新貴族文化と言えそうな新しい富裕層ワールドが現出している。
 ビリオネアの数を見ると米国が六一四人、中国が三八九人なのに対し、日本は二六人で、インド、香港、台湾、韓国の後塵を拝している。日本にいると金融ビッグバン、小泉構造改革、アベノミクスなどさまざまな改革が打ち出されていたと印象を受ける人が多いかもしれないが、残念ながら富裕層ワールドでの地盤沈下は隠しようがない。
 新型コロナウィルスが襲い掛かった二〇二〇年現在の世界は、大恐慌以来、戦後最悪などと形容される危機に直面している。感染症は人々の暮らしを変え、コロナ後、世界の風景は一変するとも言われている。
 感染拡大を防ぐための自粛の影響が長引けば、「リッチであること」を見せびらかす風潮は一時的に薄れるだろう。しかし富裕層がいなくなるわけではない。それどころか、コロナ危機発生後もビリオネアの富が増えたことが象徴するように、富裕層を生み出すIT巨大企業群のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)は、アフター・コロナの在宅時代の主役であり続ける。ワクチン開発にかかわる製薬会社も、あらたな富裕層の供給源になる。
 富裕層は感染から疎開し、人目を避けつつ豊かな生活を送るようになっている。バカンスを楽しむのはクルーズ船に代わって、一般大衆と接触する懸念の小さい、より豪華なスーパーヨットに代わっていく。富裕層はより安全に、より豪華に暮らしていくだろう。
 人種差別ともあいまって暴動が発生したのは、格差が容認できないほどに開いた表れではある。それを政治が無視できなくなると、富裕層を富ませた仕組みにメスが入る可能性はなくはない。政治の在り方が問われる局面になるが、政治を握っていたり、強い影響力を持っていたりするのは富裕層だ。そう簡単に新貴族文化はゆるがないだろう。
 筆者は日本でバブルが膨れはじめた一九八〇年代初めから、プライベートや仕事を通じて富裕層の方々と接してきた。のし上がった人、ひっそりと富を守り続ける人、富を守り切れなかった人などさまざまだが、振り返ると東西冷戦の終結、グローバリゼーションの進展、相次ぐ金融危機など国際情勢が激変する中で、富を増やし、政治的影響力を増し、あらたなリッチ文化を築いた富裕層の変化に驚きを禁じ得ない。
 本書は、急速に変容しながら膨れ上がったスーパーリッチ(富裕層)の世界を多角的に分析した。一章では保有資産が一〇億ドルを超えるビリオネアの増加を、二章では五〇〇〇万人に迫るミリオネアの動向を、それぞれ取り上げ、新しい富裕層の姿を探った。三章はそうした富裕層の衣食住などの変化を追った。そこには新貴族文化とでも言えそうな、超リッチな世界がある。四章では格差の拡大が社会問題になりつつある状況に迫った。豊かな富裕層ワールドの足元で、反富裕層の動きもくすぶっている。
 日本のバブル期は虚飾の世界だったが、その後、世界に広がった新しい富裕層ワールドが虚の世界なのか、新しい現実なのか。いまや富裕層は世界の富の半分近くを握り、その動向抜きには私たちの生活や社会、ビジネスは考えにくくなっている。スーパーリッチの世界の光と影を見つめて、今後の参考にしていただけたら幸いである。
 

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