世の中ラボ

【第75回】「リベラルはどこがダメか」を検証する

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」7月号より転載

 七月一〇日に投開票が行われる参院選。与党の自民公明を含め、改憲勢力が三分の二以上の議席を占めれば、憲法公布以来はじめて憲法改正が発議される可能性がでてきた。
 野党側もさすがに危機感を覚え、全国のすべての一人区に、民進党、共産党、社民党、生活の党の四党の統一候補を立てる野党連合が成立した。共闘の音頭をとったのは共産党。これまで必ず独自候補を立ててきた共産党の譲歩は喝采すべきだ。安倍政治はもうたくさん。私も野党側に勝ってほしいと切に願っている。
 なんだけど、ほんとに勝てるかとなると「今度もダメなんちゃう?」という疑念も禁じ得ない。疑念というか半ば確信だな。野党、特に左派リベラル陣営の戦い方に、じつをいうと、私はだいぶ前からウンザリしているのである。
 選挙のたびに彼らはいう。ここで勝たなきゃ日本は終わりだ! だけど、結局負けるよね。なのに敗因を検証するでもなく、政府与党の悪口に明け暮れて、やがて次の選挙がくると、また「今度こそ勝たなきゃおしまいだ」という。で、また負ける。作戦がないんだもん。勝てるわけないわな。希望的観測で「次こそ勝つ」という幻想にすがっているだけじゃ、まるで旧日本軍ではないか。
しかし、そういうこというと、みんな怒るのよね。ここはもうちょっと冷静に考えてほしいです。ということで、参院選直前緊急企画、「左派リベラルに苦言を呈する本」を読んでみた。

左派は経済も憲法もわかってない

 まず、松尾匡『この経済政策が民主主義を救う』。副題はそのものズバリ「安倍政権に勝てる対案」だ。
 一言でいえば、左派リベラルが選挙で勝てないのは経済政策が間違っているからだ、というのが本書の主張である。
 安倍晋三首相の目標は改憲だとした上で、著者はいう。〈「アベノミクス」と銘打って遂行されている経済政策もまた、安倍さんの野望実現のための手段だと見ています。選挙のときに好景気を実現して圧勝し、あわよくば改憲可能な議席数を確保するための手段です。もしそうならば、「アベノミクスはお金持ちや財界や金融資本のためにやっていることで、すぐに破綻する」というような見方をしていたら、足をすくわれることになります〉。
 実際、反安倍派がタカをくくってアベノミクスを嘲笑している間にも、綿密な作戦を立て、景気の動向を読み、安倍政権は見かけ上の成果をあげてきた。二〇一四年に消費税を五パーセントから八パーセントに上げたことで失速したものの、一三年以降、企業倒産件数は減り続けているし、失業率も漸減してきた。
 世論調査の結果を見れば、集団的自衛権の行使にも安保法制にも川内原発の再稼働にも、じつは反対の人が多い。それでも安倍政権は高い支持率をキープしてきた。〈なぜかと言えば、やはり、景気のこと以外に考えられないと思います。安倍政権は、安保政策や原発政策は大して支持されていないけれど、他の政党より景気の先行きに希望がもてるから良しとされているのでしょう。「庶民には景気の実感がない」と野党のみなさんがいくら叫ぼうが、また民主党政権のころまでのような不況に戻るのはまっぴらごめんというのが、多くの有権者の実感なのだと思います〉。
 有権者は長引く不況の中で「改革」に痛めつけられ、もう不況はこりごりと思っている。だとすれば、〈左派・リベラル派の野党がまず掲げるべき経済政策のスローガンは、「安倍さんよりもっと好況を実現します!」ということ以外にありません。景気拡大に後ろ向きのことを言ったら自殺行為になります〉。
 ああ、そうかもしれないなあ。景気回復に後ろ向きでは勝てない――これは左派リベラルの盲点だったのではあるまいか。〈有権者が選挙で重視してきたテーマは、このかんずっと、景気や雇用、福祉など、暮らしに直結するテーマであって、安保問題等々は二の次なのだということ〉に彼らは(私も)鈍感だった。
 それ以前に、左派リベラルは、望ましい経済政策とはどのようなものかを見失っていたきらいがある。
 ヨーロッパの左派政党はこぞって「量的緩和」と「財政出動」を打ち出している。量的緩和とは、中央銀行(日本でいえば日銀)にカネをじゃんじゃん出させることだが、この二つの組み合わせが景気を回復に向かわせる。で、安倍政権が「第一の矢」でやろうとしたのは、まさに量的緩和と財政出動の組み合わせだった。安倍政権に、野党はお株を奪われてしまったのだ。
〈そう考えれば、安倍さんの暴走にストップをかけるために野党側が掲げるべき政策は明らかです。日銀がおカネをどんどん出して、それを政府が民衆のために使うことです〉。
 一方、井上達夫『憲法の涙』は、いわゆる「護憲派」に厳しくダメ出しをした本である。〈護憲派は、憲法を守ると言いながら、憲法違反の自衛隊・安保の現実を専守防衛の枠内ならOKと政治的に是認している。しかも、この矛盾を解消するために必要な専守防衛明記の新九条制定を求める改憲運動も拒否している。護憲と言いながら、その実、違憲事態を存続させようとしている。憲法を裏切っているという点では護憲派のほうが罪が重いでしょう〉。
 ううむ、これまた厳しいご意見だ。
〈私は国会前デモで「九条守れ!」と叫んでいる人たちに聞きたいですね。「あなたたちはいったい何を守りたいのか?」と〉。
〈専守防衛体制を守りたいの? だったら、九条は一切の戦力保持と交戦権行使を禁じているのだから、専守防衛のための戦力保持と交戦権を認めるよう、「九条改正」を主張すべきでしょう。「九条守れ!」じゃなく、「九条変えろ!」でしょう〉といわれればその通り。〈非武装中立という九条の真義を守りたいの? だったら、安倍政権の安保法制どころか、自衛隊・安保そのものの廃止を求めるべきでしょう。「戦争法案反対!」じゃなくて、「自衛隊反対! 安保反対!」でしょう〉というのもその通り。
 右派の改憲勢力が勢いづいているこのときに、まして安倍政権下で九条改正論を持ち出すのは火に油を注ぐだけ。そういう原則論としての改憲の是非は「平時」にやろうよ、というのがいまのところの私の考えだけれども、九条が抱える矛盾と私たちが真正面から向き合ってこなかったのは事実である。
 九条を変えろではなく、九条を削除しろというのが井上の提言だ。安全保障の基本政策は、通常の民主的な立法過程で、絶えず議論しながら決定され、試行され、批判的に検討されていくべきものであって〈憲法に書き込むべきではない〉というのが彼の持論。みんなが好きな〈九条が平和を守っている〉という認識もウソで、〈戦後日本が外から侵略されることなく平和でいられたのは、これはもう自衛隊と日米安保のおかげです〉。
 真面目な護憲派は不機嫌になっちゃうかもしれないな。

反安保法制デモは「三ちゃん農業」

 以上二冊の本から導き出させるのは、左派リベラルの言説がいかに現実と乖離しているか、それがいかに形骸化したクリシェ(決まり文句)と化しているかである。こういう意見には耳を傾けなくちゃいけない。心情的には左派リベラルを支持していても、紋切り型の台詞にゲンナリすることは、事実、少なくないからだ。
 その伝でいくと、左派リベラルへの苦言として、さらに辛辣なのは、浅羽通明『「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』だろう。これはほんとにイヤミな本で、左派リベラルの「痛いところ」をこれでもかと突きまくるのだ。
 二〇一五年の安保法制反対デモは、法律の成立で敗北に終わった。だが、反対派は人々がデモなどで自らの意思表示をしたことを評価した。負けたのに勝ったという。その現象をとらえて〈撤退を転進と言い換えた大本営発表は有名ですが、リベラルも全く同じでしょう〉と浅羽は切り捨てる。〈バーチャル脳内観念世界で闘っているから、リアルな勝敗はどうでもよくなってしまう〉。〈これでは何度闘っても、経験は生かされない。同じ闘いをし、同じ限界へぶつかり、同じ敗北を続けるでしょう〉。
 どうです。耳が痛くありません? 同じ一五年八月のデモを指して彼は〈なんか三ちゃん農業という古い言葉を思い出しました〉とまでいっちゃうんだから。三ちゃん農業とは、息子がサラリーマンとなり、残ったじいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんの「三ちゃん」が担う高度経済成長期の兼業農家のこと。〈デモ参加者も、同じくばあちゃん、じいちゃん、母親、そして若者子どもで、ここでもサラリーマンが欠けている〉。こういう参加者ばかりだから、「バーチャル脳内観念世界」から先に進まないのだと。
 働き盛りのサラリーマン層を、なぜデモは取り込めないのか。忙しいから? というより彼らは「バーチャル脳内観念世界」とはほど遠い社会で生きているからだ、というのが浅羽の意見だ。〈リアル生活現実世界を生きているビジネスマンほかの実務家にとっては、彼我の力のバランスを測り、周囲の状況もにらみながら、最善の策を練りあげた上で繰り出すのは、仕事で日々やっていることなのです〉。だから集団的自衛権の行使の是非も、観念的な憲法論ではなく〈必要かどうか、有効かどうかで判断してゆく〉。
 これではかみ合わないのも当たり前か。
 経済政策もダメで、憲法解釈もインチキで、脳内はバーチャルな観念世界。何かもう左派リベラルはメタメタである。そんな人々がそれでも知恵を出し合って、野党連合を築けたのは奇跡? はたしてその結果がどう出るか、あまり興奮しないで見守りたい。

【この記事で紹介された本】

『「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』
浅羽通明、ちくま新書、2016年、860円+税

 
 

脱原発デモや安保関連法案反対デモには意味があったのか。知識人や文化人も含めて大勢の人が集まったのに、なぜ勝てないのか。それは絶望が足りず、敗北を敗北と自覚せず、バーチャルな世界に生きているからだ! リベラルは「中二病のセカイ系」、知識人の脳内はリアルな現実社会(1階)とバーチャルな観念世界(2階)の二階建になっている、といった見立ても刺激的。マゾヒスティックな気分が存分に味わえる。

『憲法の涙――リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください2』
井上達夫、毎日新聞出版、2016年、1350円+税

 

 

憲法9条を守れ、立憲主義を守れと叫ぶ護憲派はその意味をわかっているのか。憲法を尊重するふりをしつつ、9条を裏切る自衛隊と日米安保に便乗しているだけではないか! その時々で変わる安全保障政策を憲法に書き込むべきではないとの立場から、9条の削除を唱える一方、集団的安全保障の必要性を説く。並み居る憲法学者への厳しい批判も満載。いろんな意味でスリリング。

『この経済政策が民主主義を救う――安倍政権に勝てる対案』
松尾匡、大月書店、2016年、1600円+税

 
 

 

安倍自民党が改憲に向かって突進しているというのに、左派リベラルはわかってない! 大胆な金融緩和、財政出動、加えて介護や子育て支援まで、左派的な政策を次々に打ってくる安倍政権。彼らに勝つために、野党はどうすべきかを多数のデータをもとに提言する。2015年の党首選に勝ったイギリス労働党の最左派コービンの話がおもしろい。左派的経済政策とはどのようなものかがわかる、という副産物もあってお得。

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