弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第四十五回 コロナ禍、もうひとつの命の危機(2)

――増える未成年と女性の自殺

自殺は多くの場合、生活上の問題やストレス、精神疾患など複数の要因が絡み合って起こると言われています。コロナ禍において、日本と韓国ではとくに女性の自殺の増加が目立っていました。緊急事態宣言後の自粛生活のなかでは社会面/家庭面ともに、女性に心理的な負荷がかかってしまうという深刻な背景を、日本自殺予防学会の理事長を務める張賢徳(帝京大学医学部附属溝口病院・精神科科長)先生にお話いただきました。


  第四十五回 コロナと自殺(2)

 コロナ禍における自殺の増加について、前回同様に一般社団法人日本自殺予防学会の理事長を務める張賢徳(帝京大学医学部附属溝口病院・精神科科長)に話を聞いていく。
 二〇二〇年春、日本の多くの自殺予防にかかわる精神科医は、新型コロナウイルスの感染拡大による社会変化から自殺者数の増加を懸念し、動向を注視していた。近年稀に見るほどの社会不安の中で自殺者の増加は容易に想像できたからだ。それは張も同じだった。
 張がはじめて自殺者が増加しているという話を聞いたのは、まだ統計に表れる前の四月だった。島根県の医師から連絡があり、その報告を受けたのだ。当時のことを次のように振り返る。

 四月の終わりくらいに島根県のドクターから連絡があって、「自殺者が増えてませんか」と訊かれたんです。彼の勤める病院に救急で運ばれてくる患者さんに自殺の人が目立つようになったということでした。
 国の統計では、四月の自殺者数は前年月比で減少しています。ただ、その数には自殺未遂の人は含まれていません。また、コロナ禍の影響を受けた業種が一部だけであれば、その人たちの自殺が増えたとしてもトータルの統計には表れません。たとえば、飲食業の人たちが苦境に陥って自殺が増えていても、コロナ禍で逆に儲かったIT業界の人の自殺が減っていれば、統計の上では自殺者が増加していることにはならない。そのために、少しずつコロナ自殺が増えていても、四月~六月の段階では統計には表れなかった可能性もあります。
 数字の上ではっきりとわかったのは、七月になってからです。前年月比でいえば、七月が一・四%、八月が十五・七%、九月が八・六%の増でした。これまで着実に減りつづけていたことを考えれば、急増と呼んでも差支えないでしょう。
 正直、この数値は驚きでした。ここまで自殺率が急に増えるというのはありえないことなんです。思い出したのは、九八年の急増のことです。あれ以上の増加率になるかもしれないと思いました。

 日本と同じ傾向が見られるのが韓国だ。同じ頃、張のもとに韓国人医師から連絡があり、同国でも自殺者が増えており、特に女性に顕著だと教えられた。
 世界的に見た場合、日本と韓国における自殺の傾向はかなり共通するものがある。
 欧米の諸国では、キリスト教の教えの影響もあり、人々は幼い頃から自殺が罪深いものだと教わる。そのため社会問題が起きて生活環境が変わったからといって、ある月から急激に増加することはほとんどない。
 一方、日本や韓国は「切腹」に代表されるように自殺によって潔く責任をとるという歴史があった。赤穂浪士のようにそれが美談として描かれることも少なくない。そういう土壌があることから、欧米のキリスト教徒に比べて自殺に走りやすく、何かを切っ掛けに自殺者数が激増することが起こりえるというのが張の見解だ(アジア通貨危機の際、韓国でも日本同様に自殺者数が急増した)。
 前回述べたように、日本ではコロナ禍において女性の自殺の増加が目立っている。男性の自殺者数は前年月比でさほど変わっていないのだが、女性の場合は七月に十五・六%増、八月に四十・三%増、九月に二十七・五%増だ。これは韓国も同じで、日本より早い三月から増加の一途をたどってきた。
 張によれば、これにおいても日韓で似たような背景があるという。

 日本と韓国で女性の自殺者が多い要因として、両国とも女性の立場が弱いことが挙げられます。一時代前に比べればマシになりましたが、まだまだ社会でも家庭でも欧米に比べると男尊女卑が残っています。
 社会面で言えば、女性の方が非正規雇用の人が多く、雇用形態や給与額が悪い。飲食店やアパレル業界などコロナ禍によって大きなダメージを受けた業態に女性が多いということもあった。そのため、男性より先に不景気の波が直撃して、生活苦に直面したり、将来に対する不安が膨らんだりしたのです。
 家庭面においても同様です。緊急事態宣言後の自粛生活では、女性は夫や子供と過ごす時間が長くなればなるほどストレスがたまります。そんなの男性も同じだろうという意見もあるかもしれませんが、そうじゃありません。家庭の中では女性の方が弱い立場なので、いろんな負荷がかかります。普段以上に家事をしなければならない、テレワークをする夫に気をつかわなければならない、家庭内暴力にさらされやすいといったことです。
 さらに女性の方に育児の責任がかかっている家庭が多いです。そのため、コロナ禍での子供の受験や就職のことで思い悩んだり、子供の憂さ晴らしが母親に向けられたりすることがある。このように、今の日本や韓国には、男性より女性の方にコロナ禍の精神的負担がかかりやすいのです。

 こうしたことは民間の調査でも明らかになっている。積水ハウスが発表した統計によれば、在宅時間が増えたことで「ストレスが非常に増えた」「どちらかといえば増えた」と答えたのは、男性が約五割に対して、女性が約七割だった。このように見ていくと、日韓で女性の自殺者数が増加している理由がわかるだろう。
 一方、日本ではコロナ禍において未成年の自殺も増えている。そこにはどのような事情があるのか。

 メディアは早い段階から虐待増加を懸念していたし、本連載の児童相談所の取材(第五回~第七回)でも、コロナ禍において未成年を取り巻く生活環境が悪くなっていることが明らかになった。
 ただし、厚生労働省が発表している今年児童相談所に寄せられた虐待の相談件数は、五月の時点までは例年とさほど変わらない。だが、これを数字通り理解していいというわけではない。外出自粛の影響で、子供が外部の人にそれを訴えることができなかったり、第三者が介入しづらかったりすることで、虐待が潜在化していると推測されるからだ。増えていても、相談件数として数値化されない可能性があるのだ。
 張は語る。

 子供の自殺件数が増えているというのは、家庭の中で様々な問題が起きていることを示していると思います。
 子供にとって家庭環境はもっとも大きなストレスの要因です。劣悪な家庭環境の場合、外出自粛によって親と一緒にいる期間が長くなるのは子供にとって大きな苦痛です。
 父親にしても不景気等のストレスからより暴力をふるいやすくなります。先ほどの例で言えば、父親が家にいるストレスが母親にかかった場合、母親はより弱い立場である子供に対してそれを向けることもある。家庭の中でも弱いところに弱いところにと皺寄せがくる。
 子供たちとて経済的な問題と無関係ではありません。学校や塾に行けないことから受験勉強がうまくいかなくなる。不景気で就職先がなくなってしまう。それは子供の絶望を膨らませるのに十分な理由になります。
 こうしたことが複合的に重なることで、子供の自殺が増えていると言えるのではないでしょうか。

 未成年の自殺の場合、その理由が「学校問題」とされることが多く、今回も似たような報道がある。オンライン授業についていけないとか、コロナ禍の不安で学校でのいじめが増加しているといったことだ。
 だが、未成年の自殺は必ずしも学校で抱えている問題だけとは限らない。彼らにとっての生活のベースはあくまでも家庭だ。そこが劣悪な状況になったからこそ、外の世界、つまり学校に救いを求めたのに、いじめや学力低下でそこにも居場所を見つけられなかったため、自殺を余儀なくされるというケースが少なくない。そう考えると、学校だけに原因があるわけではないことがわかるはずだ。
 では、外出自粛が解かれている今後、自殺者数は以前のように減少していくのだろうか。実はそうとは言い切れない。このことについては次回見ていきたい。

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