弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第四十六回 コロナ禍、もうひとつの命の危機(3)

――増える未成年と女性の自殺

日本において女性と未成年の自殺者数が増えたのは、新型コロナウイルスの感染拡大と、それにつづく緊急事態宣言による自粛期間が影響していると張賢徳(帝京大学医学部附属溝口病院・精神科科長)先生はみています。家庭、労働、経済、人間関係など様々なところに負担を生じさせ、一人の人間が同時多発的にいくつもの問題を背負ってしまうのがコロナ禍の恐ろしさです。私たちは自殺防止のために何をしなければならないのか、支援の在り方が問われています。

  第四十六回 コロナと自殺(3)

 コロナ禍における自殺の増加について、前回同様に一般社団法人日本自殺予防学会の理事長を務める張賢徳(帝京大学医学部附属溝口病院・精神科科長)に話を聞いていく。
 七月以降、日本において女性と未成年の自殺者数が増えたのは、二月以降に起きた新型コロナの感染拡大と、それにつづく緊急事態宣言による自粛期間が大きな要因となっている。生活環境が激変し、収入が大幅に減るなどしたことから、真っ先に社会的に弱い立場の女性や未成年が心を病み、四月から六月にかけて重症化し、七月以降に自殺という形で表面化したのだ。
 では、自粛生活が緩和され、経済活動が少しずつ回復しつつある今後、この状況は明るい方向へ変わることになるのだろうか。残念ながら、そこまで楽観はできない。張は次のように語る。

 新型コロナによる経済的なダメージは、業種によってかなり異なります。特に飲食業界やイベント業界などは苦しい。今何とか生き延びることができていても、半年後、一年後に資金が尽きて倒産することになる会社や店もあるでしょう。そうなれば、コロナ自殺がその後に起こることも考えられます。
 また、テレワークが社会のニューノーマル(新しい常態)になりつつあります。そうなると、コロナ禍がある程度収まったとしても、テレワークによって家族が一緒にいつづける時間が長くなる。日本の住居は、諸外国と比べて狭いので、自粛期間中のように母親や子供がそのストレスを受けることになりかねません。そうなれば、七月以降に起きた女性や子供の自殺の問題が、今後もある程度つづく可能性もあります。
 これらのことを総合して考えると、ある段階で自殺者数が急激に減少することはあまり期待できません。それよりは、時間をかけながら、ゆっくりと減っていくイメージではないでしょうか。

 精神科の臨床現場で興味深いのは、テレワークをはじめとする社会のニューノーマルがかならずしも悪い方向に進んでいるわけではないという点だ。
 たとえば、自殺をする人の多くがうつ病などの精神疾患を抱えている。彼らの中には、病気ゆえに社会に出て人と接することを苦にしている人が少なくない。そういう人たちからすれば、自宅にこもって他人に会わずに仕事ができることは、精神的な負担を軽減させることになる。つまり、コロナ禍が逆にその人の精神状態を守ることになることがあるのだ。
 ともあれ、社会ではコロナ禍の影響がしばらくは残るだろう。たとえすべての人が新型コロナウイルスのワクチンを受けられるようになったとしても、テレワークのようなニューノーマルが訪れることになる。だとしたら、その中で心を病み、自殺を考えている人たちに対して、どのように接すればいいのだろうか。

 張の意見は冷静だ。

 コロナによって社会がここまで変化すると、簡単にこうすればいいとは言えません。たとえば、これまでは暴力をふるう親がいれば「家の外に逃げなさい」と言えましたが、テレワークの時代になって平日も家族全員が一つ屋根の下にいつづけるのが当たり前になってしまえば、そう言ったところで解決策にはなりません。
 医者としてこうした現実はきちんと見つめなければならないと思っています。そこでできるのは、安易な解決策を提示することではなく、患者さんと一緒に悩むことです。すぐに解決できなくても、一緒に考えていく。それが、患者さんの孤立や孤独を和らげることになるのです。それをすることが、患者さんの心の悩みを軽減させて自殺という選択肢を取り除くことになるのです。

 さらに言えば、医療者の仕事は、医学的な治療だけに留まってはならないという。コロナ禍は人々の家庭、労働、経済、人間関係など様々なところに負担をかける。一人の人間が同時多発的にいくつもの問題を背負ってしまうのがコロナ禍の恐ろしさなのだ。それゆえ、サポートについても複合的に行うべきだというのだ。

 コロナ禍によって心の病を抱えた患者さんの多くが、複数の問題に直面しています。たとえば、ご主人が経営していた店がつぶれて、住宅ローンに追われ、子供の受験があったり、配偶者の日常が壊れていたりするなどです。そのような場合、ご主人のメンタルケアだけでは解決にはなりません。それ以外のところもまとめてケアしていかなければならないのです。
 幸い、日本にはいろんな社会資源が用意されています。コロナ禍で新たな支援制度も立ち上がりました。しかし、患者さんの中にはそれらをうまく活用することのできない人も少なからずいます。病気の方の場合、そうするだけの精神的な余裕がないことがあるのです。
 医者として大切なのは、そういう人たちが社会資源をつかって、ご自身が抱えている複合的な問題を一つ一つ対処していけるようにすることです。それには、医者自身が病院の外に目を向けて、自治体と連携するなどして公的支援につなげていく必要があります。
 大病院にはソーシャルワーカーがいますが、町のクリニックにはそういう人が置かれていないことが大半です。だからこそ、医者は医学的アプローチだけに留まらず、自分から病院の外の社会と接点を持ち、患者さんを総合的に支援していくという意識を持つことが大切なのです。
 これまでも、私は医者やカウンセラーは殻にこもらず、フットワークを軽くして社会とつながるべきだと言ってきました。コロナ禍では、特にそうしたことが重要になっていると感じています。

 こうして見ていくと、これまで十年以上つづいた日本の自殺者数減少の傾向は、現在大きな節目を迎えていると言えるだろう。
 コロナ禍によって自殺者の数が増加に転じたばかりか、新しい社会の到来でストレスの形が変わりつつある。それに対応するためには、医者の方がさらに一歩踏み込んだ支援をする必要があるのだ。
 それは、まさに張が言うような総合的なサポートだろう。虐待など家庭の問題を支える仕組みは十分なのか、経済的に困窮した人々を支援する制度は整っているのか、コロナ禍でますます広がる格差を縮めることはできるのか、新時代の中であらゆる支援のあり方が一から問われていると言える。
 自殺は死にゆく人だけの問題ではない。遺された家族や友人たちも大きな傷を負って、その後の人生を歩んでいくことになる。場合によっては、それが次の世代に引き継がれることもある。そう考えた時、一%でも自殺者数が増えることが、どれだけ大きな問題なのかがわかるはずだ。
 コロナ禍をきっかけにした新たな時代の中で、私たちは自殺防止のために何をしなければならないのか。
 今一度立ち止まって、一人ひとりがやるべきことを考える必要があるだろう。

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