世の中ラボ

【第127回】大手ジャーナリズムは何やってんだ

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2020年11月号より転載。

 日本学術会議の新会員候補一〇五人のうち六人の任命を、菅義偉首相が拒否した。六人の中には第二次安倍晋三政権下で安保法制や共謀罪に反対した人がいたため、世は騒然となったが、一〇月八日現在、菅首相は納得のいく説明をしていない。
 ところでこの件は一〇月一日の「しんぶん赤旗」が一面トップで報じたスクープ記事だった(見出しは「菅首相、学術会議人事に介入」)。ちなみに翌二日の各紙を見ると、東京新聞は後追い記事を一面トップで報じたものの、この日の他紙は軒並み「東京証券取引所、機械の故障で一日の全売買が停止」という記事をトップにしており、この問題は一面左肩。ニュースの軽重に対する感度が疑われる。
 昨年秋からやはり日本中を騒然とさせた「桜を見る会」問題も、もとは二〇一九年一〇月一三日の「しんぶん赤旗日曜版」のスクープだった(見出しは「「桜を見る会」安倍後援会御一行様ご招待」)。赤旗はその後も続報を次々と打ち、このスクープと一連の報道は、「日本ジャーナリスト会議(JCJ)」が優れたジャーナリズム活動を表彰する二〇年度の「JCJ賞」の大賞に選ばれている。
 というように、最近「しんぶん赤旗」の活躍が際立っている。赤旗はもちろん日本共産党の機関紙である。が、この記事は政党の主張を超えた、政権の本質にかかわる調査報道だ。逆にいうと、報道専門の大手ジャーナリズムは何やってんだ、という話である。
 赤旗と大手新聞の差はどこにあるのか。関係書籍を読んでみた。

赤旗日曜版と秋田魁新報のスクープ
『「桜を見る会」疑惑 赤旗スクープは、こうして生まれた!』は、赤旗日曜版の取材班が報道の舞台裏を明かした興味津々の本。
 発端は日曜版のデスクが一九年九月二四日、ネットでたまたま見つけた〈台風災害は無視して自分のシンパを集める『桜を見る会』には血税大盤振る舞い〉という市民のツイートだった。検索すると〈「桜を見る会」への支出〉が〈1766万円から5728万円へ、3・24倍化。政権浮揚のため招待基準も不透明なまま招待客をさらに増やすのでしょうか〉という共産党衆院議員(宮本徹)の三日前のツイートを発見。一万近くリツイートされている。さらに「桜を見る会 自民」で検索すると、自民党の国会議員らのブログやフェイスブックがぞろぞろ出てきた。
 森友・加計疑惑に続く行政の私物化ではないか?
 編集長が自民党幹部を訪ね〈桜を見る会に自民党の招待枠がありますね〉と問うと〈あるよ。自分も枠を使って、後援者と一緒にいったことがあるよ〉。そしてさらに衝撃の証言。〈安倍さんのところはすごいよね。前夜祭までやっているんだから〉〈前の晩にホテルニューオータニでやっているよ。何百人も集まっている〉。
 なんじゃそれは! かくて取材チームが始動。内閣府から開示された資料はA4一枚の「開催要領」だけ。裏付け取材を進める一方、「桜を見る会 前夜祭」で検索すると、今度は安倍首相の地元・山口県の参加者によるレポート、金屏風の前で首相と撮った記念撮影、案内板の写真などの「証拠物件」が続々と出てきた。
 裏をごちゃごちゃ探ったわけではない。ネット検索だけで、こんなにいろいろ発掘できるのだ。関係者がこの件が問題だとは毛ほども思っていない(名誉と思っている?)証拠だろう。
 もっともネットだけで、すべてがわかるわけではない。
「政治とカネ」研究の第一人者の意見を聞き、「前夜祭は公職選挙法違反(買収)と政治資金規正法違反(不記載)にあたる可能性がある」という確信を得た取材班は、九月三〇日、首相の地元・山口県に飛んだ。後援会関係者に直接取材するためである。下関市の自民党関係者を訪ねると、あっさり、桜を見る会に参加するまでのしくみを話してくれた。さらなるネット調査で、招待客には「安倍昭恵氏枠」まであるらしいことも判明した。
 一〇月二日、次号(一〇月一三日号)の一面で、桜を見る会を報じることが決まった。締め切りは八日。それまでに下関市の安倍事務所が後援会関係者に送付した案内状の現物を入手したい。再び山口県に飛ぶも、案内状は入手できず、焦りが募る。が、安倍事務所がこの件に直接関与していることを裏付ける重大な証言は得た。一〇月一三日、インターネットの公開情報と下関市での現地取材をもとにしたスクープ記事が紙面を飾った。
〈多額の税金を使って開かれている安倍晋三首相主催の「桜を見る会」。本来の目的に反し、首相の地元後援会関係者が数百人規模で大量に招待されていた〉〈行政がゆがめられ、特別の便宜が図られた、首相の国政私物化疑惑を追います〉。
 この話にはまだ続きがあるのだが、もう一件、別の案件で、地方紙が頑張った例を先に見ておきたい。
 秋田魁新報取材班『イージス・アショアを追う』。秋田魁新報は、ミサイル防衛システム「イージス・アショア」の配備計画を追った一九年六月五日のスクープ記事(見出しは「適地調査、データずさん」)で、一九年のJCJ賞と日本新聞協会賞を受賞している。本書はその舞台裏を描いたレポートである。
 発端は一七年一一月一一日の読売新聞の記事(「陸上イージス、秋田・山口に/政府調整、陸自が運用へ」)だった。この時点では、イージス・アショアがどんなものかも知らなかった。それでも「やれることは何でもやってみる」という方針の下、政治経済部を中心に取材がスタートした。翌一二日の記事(「地上イージス、本県候補/県民、にじむ不安」)が初の自社出稿記事だった。
 地元の声、県議や市議へのアンケート調査、イージス・アショアを世界で唯一実戦稼働させているルーマニアでの取材レポートなど、手探りの取材と不定期の連載を続けながらも膨らむ疑問。住宅地に近い新屋演習場(秋田県秋田市)がなぜ配備候補地なのか。イージス・アショアは何を守るためのものなのか。
 転機は一九年五月二七日だった。防衛省が適地調査報告を公表したのである。その中に奇妙な図があった。配備には不適と結論された「他の国有地の検討」に関する地形断面図だ。鳥海山(標高2236メートル)と本山(標高712メートル)が同じ高さにデフォルメされて描かれている。仰角はどちらも約15度。
〈分度器持ってたりしない?〉〈買ってきましょうか〉。社会地域報道部でのそんなやりとりの後、三角関数を使って計算してみると、本山の仰角は四度でなければおかしい。県内大学の複数の研究者も、報告書に誤りがあるのは確実と指摘した。専門業者の測量も経て、六月五日、スクープ記事が紙面になった。
 記事には解説も付記された。〈配備計画の根幹となる調査報告書に、事実ではないデータが記されていた。そこに見え隠れするのは、計画の根底にある「新屋ありき」の姿勢だ〉〈問題の本質は、防衛省が実際と懸け離れたデータを示し、知事や秋田市長、県民を欺く形で配備に適さない場所と説明した点にある〉。

大手メディアがやっていたこと
 赤旗日曜版は見過ごしそうなツイート。秋田魁新報は報告書の小さなほころび。それを「おかしい」と感じるセンサーと地道な取材がスクープにつながったといえるだろう。が、この話にはまだ先がある。スクープが出ても、他社の反応は鈍かったのだ。
〈大手メディアがこの疑惑をとりあげることはありませんでした〉と赤旗取材班は書く。一一月八日、共産党の田村智子参院議員が国会でこの件について追及した後でさえ、出たのは囲み記事やベタ記事だけ。大手新聞がようやくこれを大きく報道したのは、野党共闘による追及チームが発足し(一一月一一日)、SNSで騒ぎになり、テレビのワイドショーが報じた後だった。
 秋田魁の場合は、毎日新聞とNHKが翌六月六日に後追い報道をしたものの、全国紙が本格的に動くのは、防衛省の住民説明会で職員が居眠りしていたと報じられ(六月八日)、野党共闘による合同ヒアリングが開かれた(一三日)後である。
 なぜこうも反応が鈍いのか。『赤旗スクープは、こうして生まれた!』は「大手新聞の幹部」の声を紹介している。〈「桜を見る会や前夜祭の実態を大手メディアはみんな知っていた。しかし、『首相主催だからしかたない』とそれ以上の問題意識を持たなかった。『私物化』という視点がなかったからだ」〉。
 南彰『政治部不信』も、〈「桜を見る会」をめぐっては、メディア側も厳しく問われることになった〉と述べている。各社の政治部の記者たちは、目の前で見てきた桜を見る会や前夜祭を問題にしなかったばかりか、政府批判が渦巻く中、安倍首相を囲むキャップ懇談会を中華料理店で開いていた(一九年一一月二〇日)。官邸の懐柔策にまんまとハマった記者クラブ。
 記者が政治家と会食するのは〈私的な領域である食事をともにすることを通じて、取材相手が「公」の仮面を脱ぐ〉、その機会を狙うためだとされてきた。だが実際はどうか。重大な疑惑は、一政党の機関紙や一地方紙の調査報道から出てきたのだ。
 新聞労連が官邸記者に行ったアンケート調査(一九年五月)では、「読者・視聴者から期待されている役割」は「権力の監視」が41.9%、「政府の公式見解の確認」が45.2%、「あなた自身が重視する役割」も前者が35.5%、後者が41.9%。どちらも「政府見解の確認」が「権力の監視」を上回っている!
 彼らが反省していない証拠に、同じことはいまもくり返されている。学術会議の任命拒否問題で政権への批判が噴出する中、総理番記者たちは菅首相主催のオフレコ朝食懇談会に参加していた。場所は原宿のパンケーキ屋(一〇月三日。朝日新聞、東京新聞、京都新聞は不参加)。あまりのバカバカしさに、めまいがしそうだ。

【この記事で紹介された本】

『「桜を見る会」疑惑 赤旗スクープは、こうして生まれた!』
しんぶん赤旗日曜版編集部、新日本出版社、2020年、1300円+税

 

〈「公」を「私物化」する政権に「公」の情報で斬り込む。重要なのはメディアの姿勢だ! 青木理さん推薦〉(帯より)。スクープ記事の後も、国会での野党と首相の対決、首相枠とされる「60」の発見、マルチ商法「ジャパンライフ」の会長を招待していた件などの続報が続く。なお本書の出版後の二〇年九月一八日、ジャパンライフの元会長は詐欺容疑で逮捕された。

『イージス・アショアを追う』
秋田魁新報取材班、秋田魁新報社、2019年、1600円+税

 

〈「東京にいる記者は、どこかに置くのはやむを得ないという感覚だったと思うが、秋田魁新報は違った」ノンフィクション作家柳田邦男さん〉(帯より)。同社の記事の後、知事や市長も配備反対にまわり、一九年七月の参院選では配備に反対する野党統一候補が当選。なお本書出版後の二〇年六月一五日には、河野太郎防衛大臣がイージス・アショアの配備停止を発表した。

『政治部不信 ―― 権力とメディアの関係を問い直す』
南彰、朝日新書、2020年、790円+税

 

〈なぜ、もっと食い下がらない! 国民のモヤモヤの核心を射抜く/「台本」営発表、「メシ友」記者の沈黙、フリーや女性の排除……最前線からの問題提起〉(帯より)。著者は朝日新聞政治部記者。一八年秋から二年間、新聞労連中央執行委員長を務める。安倍政権下の不誠実な記者会見、記者クラブの実態、政治記者の意識など、多方面から現在の政治報道のゆがみや問題点に迫る。

PR誌ちくま2020年11月号

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