ちくま新書

ブラック・ライブズ・マターに至る、変わらぬ黒人差別の歴史を知る

現在、アメリカでは「ブラック・ライブズ・マター」(BLM)運動が再燃しています。このことからわかるとおり、公民権運動などで改善はしてきたものの、アメリカには黒人差別が変わらずに残り続けています。 ちくま新書『アメリカ黒人史』では、メンフィス生まれの著者が、奴隷制のはじまりから現在に至るまで、黒人が受け続けてきた差別と抵抗の歴史を解説します。まずは、「はじめに」をお読みください。

 アメリカ黒人や他の有色人種に対する差別的扱いが最近になって改めて新聞の見出しを賑わしている。公民権運動が盛んになった1950年代から60年代以降、アファーマティブアクション(積極的優遇措置)などによるマイノリティに対する待遇改善や、アメリカ初の黒人大統領が選出されたことなど、半世紀以上を経て、アメリカ社会はかなりの改善を成し遂げてきたといえる。たしかに、マイノリティの地位向上は、1950年代当時と2020年の今とを比較すれば雲泥の差がある。
 しかし一方で、表向きの改善とは裏腹に、一向に改善されていない局面、あるいは悪化している点も多く存在する。黒人男性が単に疑わしく見えるというだけの理由で白人警官によって射殺される事件、また罪を犯した警官に対する刑罰が軽い事例など枚挙にいとまがない。
 たとえば、2014年にミズーリ州ファーガソンの白人警官が、武装していない黒人の若者マイケル・ブラウン・ジュニアを射殺したが、その後、その警官は懲戒処分を受けることはなかった。
 また、2017年には、奴隷制度の象徴である南軍リー将軍の銅像の撤去に抗議した白人至上主義者がバージニア州シャーロッツビルに集まり、ユダヤ人や黒人に対してあからさまな憎悪を声高に叫んだ。その様子は、あたかもKKK(クー・クラックス・クラン)が黒人の権利回復運動に対して暴力的阻止にかかった過去の出来事が再現されるかのような恐れを抱かせた。大統領は喧嘩両成敗と言ったが、実際はどちら側についているかは明らかだった。
 差別的行為を助長するかのような発言を続ける大統領がホワイトハウスに執務室をかまえている2020年5月25日、ミネソタ州ミネアポリスで起きた事件は、警官による単なる黒人への暴力では済まされなかった。かつて懲戒処分を受けたこともある白人警官が黒人男性ジョージ・フロイドの首根っこに膝を押しつけて窒息死させ、他の3人の警察官たちが傍観しているという映像が全米、そして全世界に流れると、アメリカ黒人に対する白人警官の長年にわたる暴力行為が改めて衆目を集めることになった。
 BLM「ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大切」運動は、当事者であるアメリカ黒人に限らず、マジョリティの白人や他のマイノリティ集団にも燎原(りょうげん)の火のごとく広まり、抗議集会やデモの様子がメディアでも盛んに報道された。このようなマイノリティを社会的不正義から守ろうとする運動は今に始まったことではないが、今回の運動は今までと異なっている。略奪行為も起きたが、黒人に対する差別の撤廃運動への共感が、日本を含めた諸外国にも広がったのだ。
 しかしジョージ・フロイド事件を一過性の個別のケースとして扱っていては、アメリカ黒人が直面する問題の根本は理解できない。最初の奴隷がアフリカから連れてこられた1619年に戻り、現在に至るまでの経緯を改めて整理しておく必要がある。そしてまた、黒人に限らずアメリカ先住民も含めての歴史に立ち返らない限りは、テレビでの報道が人種差別的事件を取り上げなくなると、またすぐに忘却され、同じ事件が繰り返されることになる。
 アメリカ人自身も、1960年代まではアメリカ先住民や黒人の歴史について教育現場で教えられることはなかった。それまでは、白人は英雄、開拓者、偉大な思想家、政治の指導者として描かれ、先住民や黒人の歴史は教科書では十分に取り扱われなかったのだ。アフリカ人の奴隷貿易からプランテーションでの奴隷としての生活、南北戦争後の再建時代とジム・クロウ(1870年代から1950年代にかけての黒人差別)のもとでの抑圧された状況、1960年代の公民権運動と対抗勢力の暴力的行為、そして現在も続く黒人や他のマイノリティに対する差別は、現在でも学校で真剣に取り上げられているとは言い難い。確かに1960年代以前と比べれば改善されているかもしれないが、自分は黒人差別とは無関係だと言って、知らないふりをしていて良いのだろうか。バラク・オバマが大統領に選出されたことを機に、アメリカは「ポスト人種」の時代に入ったと、うそぶいていて良いのだろうか。
 本書は、日本人がアメリカ黒人の歴史についていかに知らないことが多いかを、また黒人の歴史がアメリカの歴史の根幹に関わるものであり、人種差別の根深さそのものを体現していることを明らかにするものである。不正義とは法律、社会制度、道義的責任、個人的活動全てを含む広範な分野で使われる言葉である。1960年代にアメリカでよく聞かれた表現に「あなたが問題解決の一部でないとしたら、あなた自身が問題の一部である」という警鐘がある。対岸の火事というように無関心を装うのではなく、振り返って日本社会の現状についても考え直すという姿勢が必要ではなかろうか。
 2011年、オバマ大統領の一期目に私たちはNHKブックスから『アメリカ黒人の歴史』を上梓した。それから10年近くが経過し、その後の展開を加えたかたちで、この度、ちくま新書から改訂版を出版することになった。改めて、アメリカの成り立ちを理解するうえで、アメリカ黒人の歴史を奴隷の時代から現代に至るまで把握しておくことは不可欠であり、そのことはアメリカ黒人に限らず、アメリカ社会の成り立ち、さらには世界で起きている人種差別や民族問題についての理解を深めるのに役立つことを強調しておきたい。

関連書籍

バーダマン,ジェームス・M.

アメリカ黒人史 ――奴隷制からBLMまで (ちくま新書)

筑摩書房

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