有馬トモユキ

#4. 身近なインフォグラフィックに触れよう

ウェブやスマートデバイスの普及にともなう「科学と芸術の融合」がもたらす環境の変化は、デザインをどう変えたのか。最先端の話題を紐解きながら、ゼロからデザインを定義する革新的なコラム連載第4回!

テレビのデザインは侮れない

このコラムが公開される頃には選挙戦は終わっているだろうか? 選挙の結果も興味深いが、毎回楽しみにしているのが選挙速報のビジュアルである。各局とも凝ったビジュアルでどの政党がいくつ議席を取ったか、誰が当選したかをわかりやすく伝えてくれる。局によっては大げさすぎるのでは? と思うほど各候補のパーソナリティに寄った紹介で親しみを演出したり、真面目に与党と野党がどれだけ拮抗しているかを淡々と示してくれたりと、いわゆる「職業病としての興味」は尽きない。

テレビのデザインは侮れない。ここ数年で、できることが圧倒的に広がったからだ。アナログ放送が停波して何が起きたかというと、フルハイビジョン解像度を基準とした環境に画面のデザインも移行したのである。画像1は以前デザインを担当したアニメーション作品「アルドノア・ゼロ」の1画面だが、使用している細い書体や罫線は放映当時からさかのぼること数年前では、チラツキが起きるからなどの理由で、まず放映局側からのOKが出なかったであろうものだ。フルハイビジョンとアナログ放送で比べると、デザイン空間上の面積の差はおよそ5倍にも及ぶ。映像やグラフィックのデザイナーは5倍大きなカンバスで仕事ができるようになったのは、ここ最近のことなのである。選挙戦もそうだが、スポーツ中継でも(そういえば現在はユーロサッカーのシーズンでもある)ついついそういったところに目が行きがちな身としては、もうすぐ行われるブラジルのオリンピックでもどういったビジュアルが展開されるか、今から興味は尽きない。

画像1 「アルドノア・ゼロ」の1画面

 

「インフォグラフィック」というスキル

また、ここ最近ではイギリスの欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票が話題になった。もちろん全世界の関心ごとではあるが、その日、私の関心ごとは微妙に違うことに向いていた。BBCはグラフィックやユーザー・インターフェースのデザイナーを多く抱える「デザインのプロフェッショナル集団」でもあるのだ。ライブストリーミングの映像や、リアルタイムに更新される特設ウェブページを見て予感は的中した。英語圏ならではの簡潔な、しかし明瞭で分かりやすいビジュアルが淡々と連なっている。どの行政区画がどちらにEU離脱に賛成か、反対かが青と黄色の(青と赤、ではないのが重要だ。強すぎない否定も配慮が行き届いていると思った)インタラクティブマップで細かく示されている。

こうした「インフォグラフィック」といわれる多数・多軸の複雑な情報を理解しやすいようにまとめていくスキルは、特にウェブデザインが産業化してからは情報伝達の迅速さにおいて、とても貴重なものだ。それはただ綺麗な絵や派手な動きを作るものとは一線を画する、確かな人々の認知に対する技術が積み上げられた一品なのである。これはと思うページを粛々とスクリーンショットに収めていた私の姿は、同僚もさぞ奇妙に見ていたかもしれない。

画像2 EU離脱の賛成/反対を示すBBCのデザイン

 

インフォグラフィック集団としてのThe New York Times

ここ数年注目しているのが、こうしたウェブや映像で示されるインタラクティブ(動的)なインフォグラフィックである。現在才能豊かなウェブデザイナーたちがどこにいる、と聞かれれば、それはGoogleやFacebookのようなウェブサービスを基調とした企業はもちろんだが、私はひとつに「ニューヨークタイムスのグラフィックチーム」を推したい。彼らは私が知る限り品質・量・そしてメディア企業の使命である速報性のすべてを兼ね備えているインフォグラフィックの集団である。

このページは2014年に引退したメジャーリーグのデレク・ジーターがどれだけのスイングを苦節を伴いながら重ねてきたかを如実に示している(ぜひスクロールしてご覧いただきたい)。おそらくイームズ夫妻の映像作品「パワーズ・オブ・テン」をモチーフとしているが、テキストによる速報だけでは、そして動画だけでも伝えきれない表現があることを私たちに教えてくれる。実感を伴いながらメッセージを、ときには一人の選手の偉大さを伝える。これがインフォグラフィックの醍醐味である。

画像3 デレク・ジーターのスイングのインフォグラフィック

 

そしてニューヨークタイムスはこうしたウェブページ群を1年ごとにまとめたインデックスを用意している。2015年は95本。実に1週間に1つか2つはこうしたコンテンツが更新されている計算だ。ウェブページとしての操作のしやすさや写真の美しさにも文句のつけようがないが、そもそもこうした行為にはグラフィックデザインとしての確かな腕も必要だ。その片鱗をTwitterアカウント@nytgraphicsでも確認できるので、ぜひご覧いただきたい。

図像4 ニューヨークタイムスのインデックス

この領域では日本も頑張っている。読売新聞のコンテンツ「THE BEATLES 日本公演50周年記念特集」の「ビートルズ来日まで」ページは、ビートルズがデビューから来日するまでの全てのライブやレコーディング情報を網羅した圧巻の内容である。メインコンテンツとしてメディアにも多く出ている「ビートルズ武道館に来る」も見ものである。これは当時モノクロで記録されたビートルズ来日の様子を、最新の機械学習の仕組みを用いて「車や衣服、質感を認識して自動彩色」してフルカラーの写真として見せているものだ。これについては素敵な応用が多く期待されているものなので、ぜひ別の機会にでも記したい。

こうした話をした後に恐縮だが、実は先日テレビ番組のデザインを仕事仲間である瀬島卓也と行った。NHKスペシャル「神の領域を走る」である。具体的には141kmという強烈な距離の極限環境を走る、トレイルランニングの選手たちをが「いつ」「どこを」「どれくらいのスピードで」走っているか、可能な限りわかりやすく、ドラマチックに伝えようとした。納品したばかりで、まだ放映はされていないが、ご覧になる機会があれば幸いだ。

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