ちくまプリマー新書

ひらめきを信じ、常識をくつがえす

『よみがえる天才5 コペルニクス』はじめに

長く天文学の伝統であった天動説を否定し、地動説を唱えたコペルニクスは、どのようにして固定観念を打ち破ったのか? ちくまプリマー新書『よみがえる天才』シリーズ最新刊より「はじめに」を公開します。

 皆さんは「コペルニクス的転回」という言葉を聞いたことがあるだろうか。インターネットで検索してみると、一一万ものヒットがある。常識を超えた斬新なアイデア、発想、発明を指すものから漫画、音楽、学習参考書、そして飲み屋さんの名前まで、何でもありといったところである。

 ウィキペディアでは「物事の見方が一八〇度変わってしまう事を比喩した言葉」、ある国語辞典では「発想法を根本的に変えることによって、物事の新しい局面が切り開かれること」と説明しているが、元々は一八世紀の哲学者カントが常識をひっくり返した認識論を展開したことを指して使われた。従来の哲学的常識では、人間の認識は外部にある客観的対象を受け入れるものだとしていたのに対し、カントは、人間は物自体を認識することはできず、人間の主観が対象を構成するのだとした。

 科学的認識に当てはめると、自然法則の成立根拠は自然界という客観の側にあるのではなく、自然を認識する人間の主観の側にあることになる。こうしてカントは客観と主観の関係を逆転させたのである。それは、天が動くとする伝統的な説(天動説)をコペルニクスが否定して、地球のほうが動くとする新説(地動説)を提出したことに匹敵するような百八十度の転換にあたると思われた。カント自身、この関連でコペルニクスの名前に言及しているが、「コペルニクス的転回」という言葉は使っていないようだ。一方は天動説から地動説へ、他方は客観から主観へ。天文理論と認識論の根本的転換を並べて表現するこの比喩は非常によくできていたために、頭に入りやすく、人々の間に広まっている。この比喩の成功に促されたためだろうか、最近では「~的転回」をよく見かけるようになった。たとえば、「言語論的転回」「生態学的転回」「コミュニケーション的転回」「情報検索の認知的転回」「負債論的転回」等々、切りがない。

 天動説を否定して地動説を提唱した偉大な天文学者コペルニクス。これは私たちの常識となっている表現だろう。しかし今あえてこの常識を考え直してみよう。

 そのためにまず一つの問いを出してみる。「天動説はどこが間違っていたから、否定されたのだろうか」。あくまでもコペルニクス自身とその時代の中にある知識の範囲で考えることにしよう。小学校以来、太陽系モデルを当たり前としている君たちはどんな答えをするだろうか。