鬼海弘雄

ここに人がいる

鬼海弘雄インタビュー(後編)  2020年夏

2020年10月19日、写真家・鬼海弘雄がこの世を去った。無数のイメージが現れては消える現代社会にあって、地に足のついた確固たる写真の表現を追求し続けた稀有な存在だった。本特集では、さまざまな確度から、鬼海弘雄の作品と人となりとをたどっていく。
2020年夏、コロナ禍が一時的に下火になっていたころ、一時退院で自宅に戻られた鬼海さん強いご希望で、旧知のお二人と鼎談がおこなわれた。写真家を志した頃の話から、写真に賭けた思いまで話は尽きなかった。前後編に分けて公開する。

ここに人がいる──鬼海弘雄インタビュー(後編) 2020年夏

聞き手 平田俊子
三浦しをん
撮 影 田川基成

前編から続く

■「人間の哀愁が全部入ってるでしょ、ごまかしなしに」

鬼海 浅草という場所はやっぱり面白いですよね。江戸時代のころからアジールですよ。
平田 浅草に住もうとは思わなかったんですか?
鬼海 だって仕事場でしょ。前は船橋にいましたけど、1時間くらい電車に乗っていって、その間に幸田文さんとか阿佐田哲也さんとか一篇読んでいくとちょうどいいんですよ。イメージがわく。準備というわけではないけれども、人間に対する見方がふくらむというかね。

 

平田 そういえば、ミステリーもよく読んでいらっしゃいましたよね。
鬼海 だいぶ読みましたね。アメリカのミステリーは相当質がよかった時代でしたからね。レイモンド・チャンドラーとかロス・マクドナルドとか。いまじゃ信じられないくらいアメリカがいいミステリーを書いてましたよね。
平田 佐多稲子、幸田文、チェーホフ、あと誰がお好きでしたっけ? よく鬼海さんの文章に出てきますよね。
鬼海 チェーホフが一番長い付き合いですかね。15巻だか16巻だかの中央公論のチェーホフ全集があって、これが7巻までほんとにつまんない。原稿料稼ぎに書き殴ってましたからね。でもその頃にトルストイからちゃんを書きなさいって言われて、量産しなくなってからがいいんです。
三浦 トルストイとは親しかったんですか?
鬼海 どのくらいかはわかりませんけど、トルストイが病気の時は見舞いに行ったりしてたみたいです。でも、トルストイにはやっぱり一目も二目も置いているから、その人に言われたら大きいですよね。
平田 チェーホフも生い立ちが可哀想な人ですよね。家族に置いてかれて田舎でひとり暮らしして、モスクワに出てからは今度は家族を養うためにとにかく書かなきゃならない。家族の犠牲になって。
鬼海 肺病にもなったしね。
平田 そのうえサハリンまで行ってるじゃないですか。まだシベリア鉄道もない時代ですから、馬車に乗ったり船に乗ったりして大変ですよ。
鬼海 29の時かな。『サハリン紀行』に書いてますけど、泥道を病気も抱えて馬車に乗っていくわけです。ものすごい好奇心でしょ。最後は船でセイロン周りで帰ってくるんです。その船の中で肺病になって喀血したりするんですけど、それから死んで埋葬されるまでは本当に見事な小説を書いたんです。何百回も読みましたね。インドにも持って行きましたし。
平田 チェーホフのどこがそんなに魅力なんですか?
鬼海 人間の哀愁が全部入ってるでしょ、ごまかしなしに。戯曲はつまんないけど小説はいいです。「かわいい女」「退屈な話」とか「谷間」とか。あと、「大学生」。短いけど中身が濃い。ものすごい凝縮されてて、文章に力があります。
平田 チェーホフの次はどうですか。
鬼海 幸田文さんですね、やっぱり。「台所の音」とかね。全部死んでいく人の話なんですけど、すごい中身が濃くって。インドにもよく持っていって何回も読みましたね。ストーリーがわかってても何回でも読める。よく人間を見てるなあ、と。こういうのを読んで、インドや浅草に行くとどこか反響するよね。
平田 「崩れ」も変な話ですよね。小説とも紀行文ともつかない。70歳を過ぎて書いてるんですよね。
鬼海 「紀伊」とかね。年をとってからヘンなのを書いてますよね。
三浦 ストーリーではなくて語り口で読ませる作品がお好みなんでしょうかね。
鬼海 ストーリーで進んでいくのは興味ないです。水のように川のようになってないとね。いやこれウソだよ、って感じがしてしまいます。
三浦 ミステリーも謎解きのストーリーのように思われがちですけど、実際には語り口というか、何をどう見せるかがすごく大事なジャンルだと思うんですよ。だからきっと鬼海さんはミステリーもそういうところを読んでらっしゃるんですよね。
鬼海 謎解きには全然興味ないんです。だからハードボイルドなんでしょうね。

■「ここにたしかに人がいる」

 

平田 自分で物語を書こうとは思わなかったんですか?
鬼海 いやあ、とてもとても。
平田 最初は映画を志してらしたと書かれてますよね。
鬼海 映画は興味があったんですけど、金がかかるでしょ。制作費を集めて当たるかどうか考えてなんて、とても無理でしょ。小説も能力ないし。
平田 でも写真だって最初は自分に才能があるかわからないでしょ。
鬼海 最初にダイアン・アーバスの写真見て、写真がこんなふうに人間を表すことができるのかってびっくりしたんですよね。写真てのは、一過性の通り過ぎる事象を記録するだけだと思ってたんです。でもアーバスのには人が写ってた。ただし、内面は写ってないけどね。
三浦 人が写ってることと内面が写ってることは違うんですか?
鬼海 彼女の場合は、変わった服装とか変わった化粧とかであって、その人の変わっていることの本質はその顔から出ていないよね。
平田 鬼海さんは浅草で撮った人のことをエッセイに書いてるでしょう? それを読むと鬼海さんはただ面白そう、というだけではなくて、その人の内面まで見透かして、目を届かせて撮ってるんだなとわかります。
鬼海 すごくそこは重要で、その人がどういう時間を過ごしてきて、これからどういう価値観で生きていくんだろうとか、思える人じゃないと声かけたりできないですよ。
平田 ぱっと見ただけで惹かれる内面を感じるんですか?
鬼海 チンドン屋みたいに一過性のものなのか、本当にその人の内面から出ているものなのか、それはわかりますよね。
三浦 鬼海さんは反感を覚える人を撮ろうとは思わないんですか?
鬼海 ないですね。全面的に肯定できる人、この人が私でもよかったんじゃないかって錯覚するくらいじゃないと、写真がいやらしくなると思うんですよね。
平田 撮るときに鬼海さんはその人のことを好きになってるんですね。
鬼海 この人を撮れば、人間社会、人間というものが少し広がっていくという感じがする人ですよね。
平田 だから鬼海さんの写真には深い愛を感じるんです。人類愛みたいなものを。
鬼海 そりゃどのくらい待って撮ってるか、というね。
三浦 最初に見せていただいたインドの写真は、カメラ目線で「はーい、こっちです」という具合には撮ってないと仰ってましたよね。でも浅草はここに立って撮りますね、とやってる。
鬼海 だって、目玉に内面性があるもの。
三浦 その撮り方のちがいはなんですか。
鬼海 インドは社会が面白いからスナップ写真が成立するんですよ。たぶん、日本の昭和30年代だったら、スナップでいいと思うんです。メンコしてるとことかね。でもいまはどこを見ても同じ顔に見えるでしょう。だから浅草という場所で、人を選んで、バック(背景)を抜いてね。このバックなしというのが非常に大切なんです。そこにはいままで来た時間とこれから行く時間があるからね。そこに具体的な何かがあると単なる情報の写真になってしまう。
平田 この壁をバックに選んだ、というのがものすごく大きかったんですね。壁との出会いというか、発見というか。
鬼海 28の時ですよね。マグロ船から降りて、写真を自分の仕事にしようと思って、現像所で働いて。それでやっぱり撮るなら人物だと思うわけですよ。食えないなあと思っても、写真で文学や哲学やちゃんとしたものと対峙していくには人物しかないと。そのためにも無地の壁が必要なんです。そこに無限の時間が蓄積するじゃないですか。
平田 なるほど。
鬼海 人物を撮るには、その人の首の線とか肩の線とかがその人の人格を表すのに大切なんですよね。ただ立ってもらっても、少し左のほうに重心掛けてくださいって頼むと肩とか首とかが生きてくるんです。それが自然に出来る人もいますけど、だいたい記念写真みたいにしゃちほこばって、写真になんない。だから、左足に重心をとか、わざとシャッター押さないとかね。それで、え?となったときにばしっと。
平田 前にお話をうかがったときに、みんなカメラを向けるとにこっとするから「おれが撮りたいのはそんな顔じゃない!」って怒鳴りつけると、みんなびくっとする、そこを撮るんだって。
鬼海 いやいや、そこまではめったにやらないですね。ただみんなすぐにこうやってピースサインするんだよ。写真慣れしてるっていうかね。
平田 たしかに最初の「PERSONA」に出てくる人たちって写真を撮られ慣れてないっていうか、みんな少し緊張して畏れて、それが顔に出てるような気がしますね。カメラと人との関係性がどう変わってきたのかも、「PERSONA」シリーズをずっと見ていくとわかりますよね。
鬼海 でもはじめから、インターナショナルに通じる写真を撮ろうと思ってましたから。単なる下町とか浅草とかいう場所を撮るんじゃなくて、浅草を触媒にしてね。ヨーロッパの人が見ても、ここにたしかに人がいる、っていうのが感じられるようなね。そのためにも絶対的に無地のバックが必要なんです。
平田 えっ。最初からインターナショナルということを意識して?
鬼海 だって、インターナショナルじゃなきゃ意味がないでしょ。
平田 初期の浅草の写真には背景が壁じゃないのもありましたよね。
鬼海 ええ、ありましたね。何年か。でも飽きてくるんですよ。状況写真ですから。だから赤い壁をね。