加納 Aマッソ

第35回「つるてる」

 兄ちゃんの名前は「也嗣」と書いて「なりつぐ」と読む。名付けた親父によると「武将っぽい雰囲気にしたくて考えてみたら、いい感じにできた」とのことで、「武将っぽい名前大喜利」の親父の回答が「也嗣」であった。いい感じかどうか私にはよくわからないが、そのお題に対してよほどの自信があったのだろう。プロ野球選手の青木宣親(のりちか)を知ったとき、親父はテレビに向かって「宣親……めっちゃええやん……青木の親に負けた……」とこぼしていた。確かに也嗣よりも宣親のほうが「っぽい」し、一国一城の主といった風格がある。青木宣親の親がマジックペンを置いて、達筆で「宣親」と書かれたフリップをめくるところを想像する。自然にあがる口角を抑えられず、得意満面といった顔をしていた。戦に負けたのは親父であり「也嗣」を背負う兄ちゃんでもあるという状況を、「逆にここでスタンダードな名前大喜利」の回答にされた「愛子」は冷めた目で見たりしていた。
 そんな「也嗣」はどうやら他人には覚えにくいようで、小学校の頃はよく「愛子のお兄ちゃん、名前なんやったっけ?」と聞かれた。「なり…何やっけ?」「つぐ」、「まさつぐやったっけ?」「ううん、なりつぐ」、「なりつぎ?」「ぐ」、みんなちょっとずつ惜しかった。しかしその中で一人、にっしゃんだけは「つるてる?」と聞いてきた。絶妙に惜しくなかった。武功を立てるどころか馬にもろくに乗れなさそうな間の抜けた「つるてる」は不思議なインパクトがあり、「つるてる!?」と驚く私をみて、にっしゃんもまわりの友達も笑っていた。そのうちみんなも「つるてる」と呼ぶようになり、次第に私も兄ちゃんのことを「昨日つるてるが……」と話すようになった。にっしゃんは何事も他の子とは違うずらし方をして、そのことごとくがクラスのトレンドワードになった。

 ある日担任の先生が、鉢植えのサボテンをひとつ持ってきて、教室の後ろの棚に飾った。担任のサボテン、だからサボタン。頭に浮かんだが、口には出さなかった。にっしゃんに発表するのが怖かった。ずらし方だけで勝負するには、なんらかの角度が必要な気がした。地味な見た目のサボテンは少しも教室内を華やかにせず、棚の上に乱雑に置かれた他の荷物に紛れた。はじめこそ「風通しのいい環境で育てましょう」と言った担任だったが、冬になると教室の窓は閉めきったままになり、生徒とサボテンの間には愛なく淀んだ空気だけが漂っていた。
 放課後の掃除の時間、ツカダがサボテンの前に立っていた。近くの床をホウキで掃いていた私は「そこごめん」と声をかけた。ツカダは「ん」と喉で返事をしただけで、そこから動かなかった。サボテンに視線をやったまま、「これ、水あげんでもええんかな」と、乾いた土を指でつついて確かめた。私は「知らん」と言った。続けて「そこ掃かせて」とホウキをツカダの足にコンと当てた。「やめろや」と言いながら少し体をずらしたツカダを「うりゃうりゃ」とホウキで攻撃した。「サボタンみてる暇あったらちり取りやって」「サボタン? サボテンやろ」「サボタン」「え、サボテンやで」「サボタン」「サボテンやって!」

「にっしゃーん?」
 私は大きい声で教室の前にいたにっしゃんを呼んだ。
「なに〜!」
 黒板消しを手にはめたまま、クリーナーの電源を止めてにっしゃんは楽しそうに走ってきた。
「これの名前、サボタンやんな?」
 にっしゃんは私のニヤニヤした顔で新しい遊びが始まったことを察し、真剣な表情をつくって「うん、サボタン」と言った。
「お前ら嘘つくなや! サボテンやろ!」
「なに言ってるん、サボタンやで」
「絶対サボタン、疑うんやったら先生に聞いてみ?」
 急に自信なさそうな顔になったツカダは、鉢植えを両手に持って先生のいる廊下に出て行った。
「先生〜〜これって、サボタンって言うん?」
 私とにっしゃんは教室の中で、全ての神経を集中して耳を澄ました。ギリギリ聞き取れる音量で先生が「は?」と言うのが聞こえ、私とにっしゃんは膝から崩れるほど笑った。その直後に、追いかけてくるツカダから全速力で逃げた。

 

*このエッセイは、2020年12月7日にHMV&BOOKS SHIBUYA様にて開催された、「『イルカも泳ぐわい。』発売記念 加納愛子サイン入りオビ巻き会」第1回に参加された方の投稿をもとに書かれました。

 

 

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