アメリカ音楽の新しい地図

9.BTSと「エイジアン・インヴェイジョン」

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

アメリカン・ハッスル・ライフ

 BTSが正式にデビューしてから一年後の2014年、あるリアリティーショーが韓国で放映された。『アメリカン・ハッスル・ライフ』と題された全8回の番組において、BTSのメンバーはロサンゼルスで三週間近く共同生活を営みながらヒップホップのカルチャーを体験する。デビューして間もない7人がギャングスタラップの本場で多くの人々と出会い、成長するという企画は、BTSというグループにとってヒップホップという文化がいかに重要であるかを表している。

 

 それぞれのエピソードでメンバーはいくつかのグループに分かれ、ロサンゼルスの街を探索しながらダンス、ビートボクシング、ラップなどにまつわるミッションが与えられる。ときにコンプトン出身のクーリオ、そしてロングビーチ出身のウォーレンGなどの大物ミュージシャンをゲストに迎え――ウォーレンGとともにロングビーチのV.I.P.レコードを訪れる回はヒップホップファン必見である――彼らの地元や成功への道筋を追体験する姿は、BTSが世界的な名声を獲得した現在、あらためて鑑賞するに値するだろう。メンバーは異国の地でさまざまな障壁を乗り越えながらミュージックビデオを制作し、最後に著名なライブハウス、トルバドールでファンを前にライブを披露する。
 興味深いのは、その過程でBTSのメンバーがアフリカ系アメリカ人チューターととともにコリアタウンで韓服を試着したり、クーリオやウォーレンGに韓国料理を振る舞う場面が挟まれる点である。リアリティーショーにありがちな異文化交流として見過ごすこともできるが、20年前にこの地で何が起きたかを思い出せば、こうした企画が笑いを誘発する装置以上の意義を帯びることがわかるだろう。
 1992年4月29日、前年にロドニー・キングを暴行した容疑で起訴された四人の警官に無罪が言い渡されると、全米の黒人コミュニティーで暴動が発生した。なかでも地元ロサンゼルスの騒乱は激しさを増し、強権的な警察への不満を募らせていたアフリカ系の怒りが爆発した。サウス・セントラル地区で始まった暴動はやがて他の地区にも伝染し、略奪や放火行為などが六日間にわたって続いたのだ。一般的に「ロス暴動」として知られる民衆蜂起は最終的に50人以上の犠牲者を出し、2000人以上が負傷、約12000人が逮捕されたといわれている(2)。 
 ロス暴動で特筆すべきは、10億ドルに及ぶ損害のうちおよそ半分がコリアタウンに集中している点である(3)。当初、ロサンゼルス警察や司法制度そのものへの反発を要因とするアフリカ系アメリカ人の暴動として捉えられたニュースは、やがてアフリカ系と韓国系コミュニティーの確執という枠組みで報道されるようになる。メディアでは武装した韓国系住民がコリアタウンで銃撃戦を繰り広げる映像も流された。そしてもちろん、こうしたストーリーを裏付ける一定の事実と文脈も存在する。暴動の起点となったサウス・セントラル地区には1970年代から80年代にかけて黒人だけでなくヒスパニックも居住するようになっていたが、1965年のワッツ暴動によってユダヤ系が退去した商店街を中心に韓国系移民が入居し始めていた。アフリカ系やヒスパニックにとって韓国系移民は「よそもの」(outsider)と映っただけでなく、彼らの多くが家族経営の小売店、なかでも酒店を経営していたことから「毒を売りさばく商人」というイメージも強かったという(4)
 また韓国系の中にはアフリカ系に対してネガティヴなイメージを持つものも多かったが、それはある研究によれば駐留軍によってアメリカの人種隔離制度が世界的に広まった結果でもある。韓国系移民は母国に駐留する米軍がレストランやバーなどを人種によって隔離していること、また危険な非武装地帯に黒人が派兵され、比較的業務が楽なソウル市内に白人兵が多いことも知っていた。こうしたことを通じて、韓国人はアフリカ系へ差別意識を持つようになったというのだ(5)
 実は、アフリカ系と韓国系の人種間の緊張を高める出来事がロドニー・キング事件のわずか13日後に起きている。1991年3月16日、酒店での万引き容疑に端を発する諍いの結果、韓国系の店主が15歳のアフリカ系アメリカ人少女ラターシャ・ハーリンズを銃殺してしまう。だがその年の11月に行われた裁判の結果、韓国系の店主は実刑を逃れ、5年間の執行猶予と400時間の社会奉仕、それと500ドルの罰金という判決が下されたのだ。ロス暴動を分析するニュースの中にはこの事件をアフリカ系と韓国系の人種対立の象徴として報道するものも多かった。
 だが、ナンシー・アベルマンとジョン・リーが論じるように、ロス暴動を「アフリカ系/韓国系の衝突」というフレームワークに落とし込むことこそ、マイノリティーの多様性を隠蔽することに他ならない。それは同じコミュニティーで協働していた多くのアフリカ系および韓国系の活動を無効化し、それ以外の解釈の余地を無くしてしまう。別の論者が指摘するように、それは「怠惰で、経済的に依存し、暴力的な」アフリカ系と「勤勉で、自立し、法を遵守する“モデル・マイノリティー”」としてのアジア系の対立という、もともと存在するステレオタイプをなぞるために持ち出されたストーリーである(6)。とはいえ、ロス暴動時にこうした報道がメディア上に溢れ、二つの人種の確執の物語に仕立てられたことは紛れもない事実だろう。
『アメリカン・ハッスル・ライフ』第2話で、買出しを命じられたRM、Vとチューターを務めるネイト・ウォーカー――彼はジェイミー・フォックスの「ブレイム・イット」で2009年にR&B部門でグラミー賞を受賞したソングライターである――が蚤の市を訪れる。

 

 そこで画面に「この大規模なマーケットの特徴は、韓国系アメリカ人の出店が多く、客の多くがアフリカ系アメリカ人である」というテロップが流れるとき、ロス暴動時に映されたコリアタウンの状況を思い出すことはさほど困難ではない。その20年後に韓国人アイドルグループがロサンゼルスに一定期間滞在し、ヒップホップミュージシャンと交流を深めるだけでなく、メンバーがコンプトンの住宅地を訪れラップを披露したり、スキッド・ロウのホームレスに食事を振る舞うことの意義は歴史的にも大きい。それは暴動の地における両者の融和を象徴的に表し、文字通り癒しの行為として捉えられるのだ。
 また、ロサンゼルス暴動は別の文脈でもK-POPと結びついている。暴動が起きた1992年は韓国でK-POPのオリジネーターといわれるソテジワアイドゥルがデビューした年でもある。K-POPはブラックミュージックの影響が強いといわれるが、初めてヒップホップを韓国の音楽シーンに導入したのがこのグループの世代である。金成玟が適切に解説するように、1960年代から70年代にかけてロサンゼルスやアトランタ、それにニューヨークなどの大都市にコリアンタウンが形成されたが、韓国産業の発展に伴い、1990年代初頭にアメリカから韓国に戻る「逆移民」が目立ち始める。逆移民の中にはアメリカで生まれた移民二世、三世も含まれており、彼らが身につけた本場=真正のブラックミュージックが韓国の音楽界に変革をもたらしたのだ(7)
 先に述べたとおり、ロス暴動の際に銃器の使用に慣れた韓国人がコリアタウンを守る姿がメディアで報道されたが、彼らの中には朝鮮戦争、あるいはベトナム戦争に従軍経験があるものも多かった(8)。そして彼らの一部はロス暴動などをきっかけに母国に戻り、韓国の音楽業界で活躍する。ブラックミュージックの影響を色濃く受け継ぐK-POP、その最新グループのメンバーが2010年代半ばにロサンゼルスを訪れ、ヒップホップカルチャーを学ぶという企画は、戦後の韓国とアメリカの文化と政治をめぐる複雑な歴史そのものを体現する画期的なプロジェクトだといえるのだ。

(2) CNN Editorial Research, “Los Angeles Riots Fast Facts,” CNN.com, April 12, 2020,
https://www.cnn.com/2013/09/18/us/los-angeles-riots-fast-facts/index.html.
(3) Kyung Lah, “The LA riots were a rude awakening for Korean-Americans,” CNN.com, April 29, 2017, https://www.cnn.com/2017/04/28/us/la-riots-korean-americans/index.html.
(4) Sumi K. Cho, "Korean Americans vs. African Americans: Conflict and Construction,” in Reading Rodney King. Reading Urban Uprising. ed. Robert Gooding-Williams (New York: Routledge, 1993), 198; Helen Zia, Asian American Dreams: The Emergence of an American People (New York: Farrar, 2000), 177.
(5) Nancy Abelmann and John Lie, Blue Dreams: Korean Americans and the Los Angeles Riots (Cambridge, MA: Harvard University Press, 1995), 150.
(6) King-Kog Cheung, “(Mis)interpretations and (In)justice: The 1992 Los Angeles ‘Riots’ and ‘Black-Korean Conflict’,” MELUS 30, no. 3 (Fall 2005): 7.
(7) 金成玟『K-POP――新感覚のメディア』岩波新書、2018年、26-27頁。
(8) Abelmann and Lie, Blue Dreams, 65.

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