アメリカ音楽の新しい地図

9.BTSと「エイジアン・インヴェイジョン」

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

ダンス/カルグンムのアジア

『アメリカン・ハッスル・ライフ』第6話は三つのグループに分かれたBTSのメンバーが、それぞれビートボクシング、ダンス、歌の「達人」に教えを請いにいくという内容である。

 

 RMとジミンの「ハンサム・チーム」はダンスのミッションを命じられるが、そこでブレイクダンスの「達人」として二人を指導するのがクエスト・クルーのジョー・“ジョリー”・リーである。ダンスを得意とするジミンが課題を楽々とこなすのに対して、比較的苦手なRMが悪戦苦闘する姿が対照的に描かれるが、このエピソードが興味深いのは「達人」の人選にK-POPがアメリカ進出する際の重要なヒントが表れているからだ。
 実は2000年代を通じてアメリカではダンスオーディション番組が人気であり、なかでも集団/グループダンスのコンペティションにおいてアジア系のクルーの活躍が突出していた。2005年にFOXテレビで始まる『アメリカン・ダンスアイドル』(So You Think You Can Dance)では第8シーズン(2011)にフィリピン系のマーコ・ジャマーが上位にあがったりしたものの、全体としてアジア系のダンサーが特に目立っていたとはいえない。だが2008年にMTVでスタートし、クルー同士が競う『アメリカズ・ベスト・ダンス・クルー』におけるアジア系の存在感は圧倒的だといえるだろう。第1シーズン優勝グループのジャバウォッキーズは(彼らは覆面で踊ることが多いが)、10人のメンバーのうち8人がアジア系(フィリピン系、韓国系、ヴェトナム系)だし、第2シーズン(2008)で2位につけたヒューストン出身のソリアル・クルーもほぼ全員がアジア系(フィリピン系と中国系)である。他にも第4シーズン(2009)優勝グループのポレオティックス、第8シーズン(2015)で活躍したキンジャズなどアジア系のメンバーで構成されたグループは枚挙に遑がない。のちに根も葉もない噂であることが判明するが、第5シーズン中、プロデューサーのランディー・ジャクソンが(アジア系のクルーが活躍しすぎるので)今後アジア系のみで構成されたクルーのエントリーを受け付けないと宣言したとの偽情報がファンの間で広まったほどである(9)
 そして『アメリカン・ハッスル・ライフ』にRMとジミンのメンターとして登場するジョリーこそ、第3シーズン(2009)の優勝グループ、クエスト・クルーのメンバーである。中国系のジョリー自身も含めてクエスト・クルーのメンバーは全員アジア系であり、中には『アメリカン・ダンスアイドル』第3シーズン(2007)に出演し、日本人ダンサーとしてこの分野のパイオニアといえる小西北斗(ホーク)も在籍している。つまり2000年代後半以降、こうしたダンスオーディション番組を通してアジア系はグループダンスに強いというイメージがアメリカ社会に構築されたのであり、それは長谷川町蔵が2012年の時点で指摘するように、「サングラスをかけて、ポマードでオールバックにしているか坊主頭で、背は低いけど踊れて格好いいというのがいまのイケてるアジア人のイメージ」になったのだ(10)

 

 BTSがアメリカに進出する際、そのダンススキルの高さが話題になったことはいうまでもない。『アメリカン・ハッスル・ライフ』でもBTSの「ダンスライン」――J-HOPE、ジミン、ジョングク(そしてのちにVも加わる)が現地のダンサー相手にそのテクニックを誇るシーンが何度もある。K-POPの特徴のひとつにグループ全体で踊るカルグンムと呼ばれるシンクロダンスがあることはよく知られるが、韓国のアイドルグループがアメリカの音楽市場を開拓したのは、アジア系がダンス、とりわけ集団のダンスに秀でているというイメージがまさに定着しつつある時期である。このとき、長谷川がいうように、ダンススキルの高さを通じてアジア系に「イケてる」印象が付与されたのは重要だろう。後述するように、アメリカにおけるアジア系(とくに男子)は歴史的に中性的で消極的な「オタク(geek、nerd)のイメージが強く、「格好いい」という形容詞が添えられることは稀だからだ。
 さらにいえば、2000年代を通してダンスオーディション番組で醸成された「ダンスが上手い」というアジア系の新しいステレオタイプは、1970年代にブルース・リーを通じてアジア系の象徴として機能したカンフーの変奏だといえる。そもそもブレイクダンスの技の多くがカンフー映画の動きにインスパイアされたものだし(11)、リー自身が1958年にチャチャのダンス大会で優勝していたことを憶い起こせば、カンフーからダンスというイメージの連鎖は極めて自然に感じられるだろう(12)

 

 アメリカ文化におけるブルース・リーの重要性についてはいくら強調してもしすぎることはない。ベトナム戦争末期に上映された『ドラゴンへの道』(1972)や『燃えよドラゴン』(1973)はアメリカのマイノリティーを力づけ、「リーの映画をまっさきに観にいったゲットーのアフリカ系とプエルトリコ系の若者は、白人を打ち負かすための秘密の力を得ることができた」という(13)。ブルース・リーをアイコンとするカンフーというアジア系のシンボルが、21世紀のコンペティション(オーディション番組)の場を形成するダンスに更新され、アジア系の新たなステレオタイプを形づくる。それは不断の修行(練習)を通じた身体の規律という、もともと存在するアジア系の固定観念を裏書きしながら同時代の新しい記号が付与されるプロセスでもある。

(9) ”IS ABDC BANNING ALL-ASIAN CREWS? (NO)” Angry Asian Man, March 22, 2010, 
http://blog.angryasianman.com/2010/03/is-abdc-banning-all-asian-crews-no.html
(10) 長谷川町蔵・大和田俊之『文化系のためのヒップホップ入門2』アルテスパブリッシング、2018年、53頁。
(11) Sally Banes, Writing Dancing in the Age of Postmodernism (Middletown: Wesleyan University Press, 2011), 150, 158.
(12) Linda Lee, The Bruce Lee Story (Santa Clarita: Ohara Publications, 1989), 30.
(13) Bob Mack, “Bruce Lee: Still Dope After All These Years,” Grand Royal, 1(Fall/Winter 1993): 48.

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