アメリカ音楽の新しい地図

9.BTSと「エイジアン・インヴェイジョン」

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

タイガー・マザー

 21世紀のアメリカでアジア系のイメージが話題になったいまひとつの事例をみてみよう。2011年1月、イェール大学法科大学院教授で中国系のエイミー・チュアが自分の二人の娘の子育てを綴った回想録『タイガー・マザー』を上梓した。その抜粋がウォール・ストリート・ジャーナル紙やニューヨーク・タイムズ紙に掲載されると、中国系の母親の過剰なまでの「教育ママ」ぶりに論争が沸き起こったのだ。

 例を挙げてみましょう。子どもがテストでAマイナスをとって帰宅したとします。欧米人の親なら十中八九、子どもをほめることでしょう。でも中国人の親の場合、非常にショックを受けて、どこが間違っていたのか子どもたちに問いただすのです。(略)
 では、中国人の子どもがBを取ったと仮定するならば――まずあり得ませんが――まずは叫び声を上げ、次に頭をかきむしって感情を爆発させることでしょう。打ちひしがれた母親は、数十の、いえ数百の練習問題を準備して、子どもがAを取るまで、つきっきりで勉強させることになります。自分の子どもが満点を取れると信じているからこそ、中国人の親は子どもに完璧さを求めるのです。(14)

ここでチュアは半ば戯画的に自らの子育てについて語っているが、本書を通してこうした親の在り方が(以前からそのようなイメージは流通していたとはいえ)アジア系のステレオタイプとして一気に定着したといえるだろう。『タイガー・マザー』――「毒母」ならぬ「虎母」とでも訳すべきか――でチュアは子供に禁じたこととして「学校の学芸会に参加すること」、「課外活動を自分で選ぶこと」、「ピアノとヴァイオリン以外の楽器を演奏すること」などを列挙するが、子供を過剰にコントロールする抑圧的な親というイメージはアジア系につきまとう儒教の固定観念と相俟って2010年代にあらためて話題に上がったのだ。
 同じ年の10月に放送された学園ドラマ『グリー』第3シーズンの3話「Aマイナスは落第点」はこれまで論じてきた新しいステレオタイプがマイク・チャン(ハリー・シャム・ジュニア)というアジア系の人物造形に結実した回として言及に値する。化学の点で「Aマイナス」をとったマイクに激怒する父親が面談で「Aマイナスはアジア系にとってF」というパンチラインを発し、それにもかかわらず親の意に反して彼が学内のミュージカル(学芸会)のオーディションを受けるというストーリーがエイミー・チュアのメモワールを正確にトレースすることは明らかだが、ここでマイクがダンスに秀でた生徒であるという設定にアジア系のイメージを上書きしようとする意志が読み取れる。ハーバード大学に進学し、ゆくゆくは医者になるべく子供の将来をコントロールしようとする厳格な両親と、黙々とダンスに打ち込むマイクという対比は21世紀に入ってから急速に普及したアジア系のステレオタイプを巧みに物語に組み込んだエピソードとして解釈できるのだ(実はこの回では、潔癖症の白人スクールカウンセラー、エマが抑圧的な親に育てられていたことが明かされ、こうしたアジア系のステレオタイプそのものを相対化しているともいえる)。
 この点に関連してBTSの示唆的な挿話がある。アメリカで彼らの人気が本格的に高まった時期についてはいくつかの解釈がありうるが、コアなK-POPファン、あるいは音楽ファン層を超えて文字通り一般の人々にその名が知られるきっかけのひとつが2017年11月に人気司会者エレン・デジェネレスのテレビ番組『エレンの部屋』に出演したことだろう。

 
 

 この番組で彼らが披露した「MIC Drop (Steve Aoki Remix)」のパフォーマンスは直前のアメリカン・ミュージック・アワードでのステージに比べても映像の演出が優れており、何よりエレンが彼らをめぐるファンの熱狂をビートルズの再来に例えたこと――「何が起きているか本当に信じられる? あなたたちがLAXに到着したとき、まるでビートルズみたいだった」――が印象的であった。エレンは唯一英語を流暢に話せるRMに「あなたは英語を上手に話すけど、自分で勉強したの?」という質問を投げかけるが、それに対して彼は人気シットコム『フレンズ』を見て習得したと応じたうえで、次のように続けている。

僕が14か15のころ、韓国では親が子供に『フレンズ』を見せるのが流行ったんだ。当時は親の犠牲になったような気がしたけど、今では自分はラッキーだったと思っている。母親のおかげでうちにはDVDが全巻揃っていて、最初に韓国語字幕、次に英語字幕、そして最後に何も字幕をつけない状態で見た。(15)

ここで「犠牲者」victimという言葉が使用され、しかし(英語が話せるようになった)今では親に感謝しているというRMの発言こそ、チュアの回想録で綴られるアジア系の「タイガー・マザー」の教育方針を正当化するナラティヴに他ならない。こうしてエレンとBTSの何気ない会話でもアジア系のステレオタイプが再生産されるのだ。
 この点を無視できないのは、本稿の冒頭でも触れたアジア系の「モデル・マイノリティー」というイメージ――それは「タイガー・マザー」によって抑圧的に強いられる過剰なまでの勤勉さと、それによってもたらされる自助的な成功に起因する――が、ロバート・G・リーが的確に論じるように、1970年代以降の脱産業化社会においてむしろ保守的な思想を惹きつけてしまうからだ。そもそも「モデル・マイノリティー」というアジア系のイメージ自体が冷戦期、とくに1960年代に定着したものだが、社会変革や福利厚生に頼らず、規律と従順と家族的価値を重んじるアジア系の特質は保守派にとってこそ都合が良い。しばしば報じられるK-POPの練習生制度の過酷さも、多くのアメリカ人にとっては「タイガー・マザー」的な抑圧の延長線上に捉えられる特質だといえるだろう。そしてリーによれば、このモデル・マイノリティー理論にはつねに「二つの顔」があるという。ひとつは「アジア系アメリカ人を物静かで規律正しいものとして表象し、成功の秘訣」だとするが、そこには同時に次のような意味も込められている。

ポスト・フォーディズム時代の現代アメリカの都市では、その暗黒卿の語りにおいて、アジア系アメリカ人はヴェトナム戦争でアメリカを敗北させた敵と同一視され、さらにアメリカ帝国崩壊のエージェントとして見られている。アメリカのイノセンスの喪失として語られるヴェトナム戦争の話は、国家崩壊のマスターナラティブとして語られており、そこではポスト・フォーディズム時代の危機が侵略と裏切りの産物として定義されている。(16)

アジア系アメリカ人のステレオタイプには、モデル・マイノリティーの他に「黄禍(Yellow peril)」や「永久的な外国人(perpetual foreigner)」という用語がある。保守派にとって勤勉、従順、家族の尊重などのアジア系の特質――それはもちろん捏造され、都合よく想像されたものである――はアメリカ的価値観の回復に不可欠でありながら、それは同時に、ロス暴動時の韓国系移民が「よそもの」(outsider)と捉えられたように決してアメリカには同化されず(perpetual foreigner) 、それどころかベトコンのようにアメリカを滅ぼしかねない危機/危険(peril)の象徴でもある。

(14) エイミー・チュア(斎藤孝訳)『タイガー・マザー』朝日出版社、2011年、69-70頁。
(15) “Ellen Makes 'Friends' with BTS!,” https://www.youtube.com/watch?v=IOuFE-6Awos
(16) ロバート・G・リー(貴堂嘉之訳)『オリエンタルズ――大衆文化のなかのアジア系アメリカ人』岩波書店、250頁。

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