アメリカ音楽の新しい地図

9.BTSと「エイジアン・インヴェイジョン」

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

弱さと傷つきやすさのアイドル

 2018年6月、デザイナーのケイト・スペイドと人気シェフのアンソニー・ボーデインの自殺が続けて報道された。その4年前のロビン・ウィリアムズとともに、一見ポジティブでキャリアも順風満帆に見えるセレブリティーの自死は、多くの人々にあらためて鬱病の深刻さを印象付けた。その前年にネットフリックスで10代の自殺を扱うドラマ『13の理由』が配信され、ラッパーのロジックも「1-800-273-TALK」という自殺防止ネットワークの電話番号を曲名としたシングルをリリースするなど、若い世代の間でもメンタル・ヘルスの問題に関心が集まっていた。強くなければならないという規範が残るアメリカにおいて、メインストリームのメディアで鬱病など心の病がこれほど話題になるのも珍しいといえるだろう。
 先述したとおり、BTSがアメリカのメディアに頻繁に登場するようになったのは、まさにこの時期である。『エレンの部屋』でも、彼女はBTSのメンバーに曲の詞がメンタルヘルスなどパーソナルな問題を扱っていることをまっさきに問うている。それに対して、シュガは「言葉は異なるが同じメッセージを共有していて、だからこそ韓国語を解さないリスナーにも僕らの音楽が届いている」と答えている。
 シュガがいうように、BTSはキャリアの初期からこうしたテーマを積極的に取り上げてきたグループとして知られている。親の過剰な期待に翻弄される若者の感情を歌う「N.O.」(2013)、若い世代特有の苦悩と社会不安を綴る「Tomorrow」(2014)、それに年配世代との断絶や疎外感をテーマとする「Whalien」(2015)などBTSの曲には同じ世代が抱える苦しみや生き辛さを歌った曲が多い。なかでもシュガが2016年にAgust D名義でリリースした同名のミックステープは、彼の内面の苦悩に深く踏み込んだ作品として評価が高い。韓国のアンダーグラウンドヒップホップシーン出身のシュガは、RMとともにデビュー当初、アイドルとしてセルアウトしたことで心ない誹謗中傷に晒された。ミックステープ5曲目の「The Last」では、アイドルラッパーとしての成功と、自己嫌悪と憂鬱に塗れた時期の引き裂かれるような苦悩がこれ以上ないほどのリアリティーで描かれている。
 アメリカのヒップホップシーンでは2010年前後からカニエ・ウェストやキッド・カディを中心に鬱病を取り上げたり内省的なテーマを扱うアルバムが増えていた。シュガはアンダーグラウンドシーンで活動していたからこそ、ヒップホップというジャンルにおけるこうした表現の可能性に気づき、それがK-POPグループとして世界中の若者の共感を得ることにも繋がったのだ。
 BTSがアメリカのメディアに露出する機会が増えた2017年は、10月のニューヨーク・タイムズ紙とニューヨーカー誌の告発に端を発するMetooムーヴメントが始まった年でもある。メンタルヘルスに関心が集まり、人間の弱さや傷つきやすさと向き合う風潮が生まれ、Metooムーヴメントによって男性主導の社会の在り方に根本的な批判の目が向けられる――こうしたことすべてが「有害な男らしさ」(toxic masculinity)として定義され、アメリカにおける男性的な価値観の暴落を招いたといえる。弱みを見せずに強引にでも仕事を有利に進めるという、これまでアメリカで漠然と共有されていた理想的な男性像は、とりわけ若者世代を中心に急速に支持を失った。こうしたアメリカ社会の変化や運動が、より中性的にみえるアジア系のアイドルの受容を準備したのはきわめて自然な流れともいえる。
 カリフォルニアのゴールドラッシュ、そして太平天国の乱などをきっかけに中国系移民がアメリカ西海岸に到着して以来、アメリカにおいてアジア系は常に中性的でアセクシュアル(無性的)なイメージを付与されてきた。そもそもアジア系の背の低さや中国系男性の長髪や辮髪も性的な不明瞭さを意味したといわれるが(17)、19世紀以来の中国系表象を研究するクリスティン・R・ムンは、ミンストレル・ショウなどで中国系のキャラクターをフィーチャーした「ジョン・チャイナマンの結婚」(1868)という挿入歌に注目する。この曲ではアイルランド系と思しき女性を妻とする中国系の男性チン・チョンが妻に振り回された挙句、逃げられてしまうが、それは妻をきちんとコントロールできない中国系男性のマスキュリニティーに問題があるからだという(18)。こうしたアジア系男性の「中性性」や「女性性」が、政治参加を性別によって制限した19世紀以来のアメリカ社会において、アジア系を市民として認めず(政治参加を認めない)外国人(perpetual foreigner)とみなす風潮ともつながっていた(19)。前述のロバート・G・リーはこの点について次のように述べている。「オリエンタルのセクシュアリティーは曖昧で謎めいていて両性具有的なものとして捉えられた。つまり、オリエンタルは(男性も女性も)「第三の性」として構築されたのだった。これは、マジョリー・ガーバーが用いた言葉で、性の可能性として想像されうるものとしてジェンダーが意味づけられている。」(20)アメリカの男性よりも線が細く、男性アイドルも化粧をするK-POPアーティストがオルタナティヴな「性の可能性を想像させる」イマジナティヴな存在に近いとすれば、それはたしかにガーバーが理論化した「第三の性」の定義に合致するといえるだろう。

 BTSが世界で成功した理由やその戦略については、すでに多くの識者が説得力のある議論を展開している。SNSを効果的に用いたファンダムの運営、全員が作詞・作曲を行うアーティスト性、優秀なスタッフとグローバルに展開するストラテジー、そして何よりBTSの個々のメンバーの才能と魅力が世界的な名声を獲得した大きな要因であることに疑いはない。
 だが、BTSのアメリカでの成功にはその国特有の事情があることも確かである。エレン・デジェネレスがBTSのことを「ビートルズの再来」と称したのが慧眼なのは、K-POPグループがリバプール出身のボーイバンドと同じように世界中の若者を熱狂させたという理由だけではない。当時、ビートルズに続いてローリング・ストーンズ、ザ・フー、ザ・キンクス、ハーマンズ・ハーミッツなどイギリスのバンド勢が次々にビルボード誌のチャートに上がり、アメリカのポピュラー音楽史上「ブリティッシュ・インヴェイジョン(イギリスの侵略)」と呼ばれる事態が生じるが、それがBTSの成功をひとつの頂点とする昨今のアジア/アジア系カルチャーの台頭と重なることはいうまでもないだろう。映画『クレイジー・リッチ』(2018)の大ヒット、ボン・ジュノ監督『パラサイト』(2019)のオスカー受賞、アジア/アジア系のR&B/ヒップホップミュージシャンを束ねるレーベル88risingの台頭、そしてアジア系作家の三年連続全米図書賞受賞(シグリッド・ヌネス[中国系 2018]、スーザン・チョイ[韓国系 2019]、チャールズ・ユー[中国系 2020])など、たしかに「エイジアン・インヴェイジョン(アジアの侵略)とでも形容すべき現象がアメリカのカルチャー/エンタテインメント業界に起きていることは誰の目にも明らかである。
 音楽シーンに限っても、BTSの成功に刺激されるようにBLACKPINKは2018年にインタースコープと提携し、2020年9月にセレーナ・ゴメスをフィーチャーした「Ice Cream」でビルボード総合シングルチャート最高位となる13位を記録した。アルバムチャートに目を向ければ、BTSやBLACKPINKの他にもEXO、NCT 127、SuperMなどのSMエンタテインメント勢が100位以内にランクインしているし、今年2月にリパブリック・レコードとの提携を発表したばかりのTWICEもアルバム『Eyes Wide Open』が12月19日付のチャートで76位にまで上がった。BTSの弟分TXTやMonsta Xなどのアルバムもビルボード誌のチャートに上がり、今後もLoonaや(G)-IDLEなどがアメリカのマーケット進出を計画している。
 もちろん、こうしたアジア/アジア系カルチャーの拡大は突然生じたわけではなく、少なくとも1990年代後半以降、緩やかに進行してきた現象である。アメリカのエンタテインメント業界における「アジア系の可視化」については別の場所で論じたが(21)、 2018年10月に人気コメディー番組『サタデー・ナイト・ライブ』でオークワフィナがホストに選ばれた際、2000年に同じ役を務めたルーシー・リューがアジア系のために「扉を開けてくれた」と敬意を表したように、それはリューなどがアメリカのエンタテインメント業界でアジア系のポジションを地道に確保してきた結果でもある。BTSの成功も2000年代後半から本格化するK-POP勢のアメリカ進出――BoA(アルバムチャート最高位127位、2009年)、Wonder Girls(シングルチャート最高位76位、2009年)、BIGBANG(アルバムチャート最高位150位、2012年)、2NE1(アルバムチャート同61位、2014年)、そして何よりPSYの「Gangnam Style」(2012年)の大ヒット――の功績のもとに達成された偉業であることに異論はないだろう。
 アメリカのブラック・ミュージックの影響を強く受けるK-POPは、朝鮮戦争やベトナム戦争など第二次世界大戦後の韓国とアメリカの複雑な歴史の結節点に誕生した。ヒップホップの聖地のひとつでもあり、暴動時に韓国系とアフリカ系の衝突が報道されたロサンゼルスをBTSがキャリアの初期に訪れているのは、そうした歴史を想起する点でも非常に示唆的である。2000年代以降、ダンスオーディション番組を通じて浸透した「ダンスが上手なアジア系男子」、それに厳格で抑圧的な「タイガー・マザー」というアジア系のイメージが定着する一方、メンタルヘルスへの関心やMeTooムーヴメントの台頭により19世紀以来の中性的なアジア人というステレオタイプがオルタナティヴな男性像として掘り起こされた。アメリカ合衆国においてアジア/アジア系の活躍が顕著になる時期に生じたこれらの社会の変化がBTSのアメリカでの成功を準備し、「エイジアン・インヴェイジョン」とでも呼ぶべき現象を支えていることはあらためて強調すべきだろう。新しいカルチャーが台頭する際には、しばしばその分かりやすさと新しさの配分がイメージ/ステレオタイプの再生産と書き換えを通して徐々にその国のメインストリームに顕在化されるからだ。 
 その一方でアジア系に対するバックラッシュも現れている。今年3月にドナルド・トランプ大統領が新型コロナウイルス(COVID-19)を「中国ウィルス」(Chinese virus)とツイートし(22)、保守系メディアを中心に「武漢ウイルス」などの呼称が広まったことは記憶に新しい。 コロナ禍でアジア系へのヘイトクライムが急増したように(23)、アメリカにおけるアジア/アジア系の「可視化」は常に脅威の対象に転化されてしまう危険を秘めている。

 2020年12月、BTSのメンバーが共同生活を営む高級マンションのリビングルームでジミン、RM、V、ジョングクの4人が普段着のまま、グラミー賞のノミネート発表を注視する様子が公式チャンネルで流された(24)

 
 

 彼らはアメリカのトークショーなどでもグラミー賞受賞を次なる目標として公言していたし、昨年、BTSがノミネートを逃したときには多くのファンが抗議の声を挙げていた。だがグラミー賞は、たとえば過去のボーイバンドでいえばインシンクもグラミー賞に8回ノミネートされたものの受賞経験はなく、ワン・ダイレクションに至っては一度もノミネートされたことがないほど保守的な側面を持つ。
 あまりの部門数の多さに時間を持て余したのか、4人はコンビニのおにぎりやカップラーメンなどを頬張りながらリラックスした雰囲気で発表を見続けている。そしてようやくポップス部門に移り、「ベスト・ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス部門」にBTSがノミネートされたことがわかると、ジミン、RM、ジョングクが立ち上がり、声をあげて喜びを表した。Vはつとめて冷静に画面を見つめている。「信じられない。」「写真を撮るの忘れたよ。」4人が興奮を抑えながら声を掛け合っている。最後にRMとVが家族に報告し、4人のメンバーが次々に抱き合う姿が映される。BTSがアメリカの音楽シーンにまたひとつ大きな足跡を残した瞬間である。
 第63回グラミー賞授賞式は2021年1月31日、BTSのメンバーが7年前にヒップホップカルチャーを学び、アメリカで初めて200人のファンを前にライブを披露したロサンゼルスで開催される。

(17) リー(貴堂訳)『オリエンタルズ』、39頁。
(18) Krystyn R. Moon, Yellowface: Creating the Chinese in American Popular Music and Performance, 1850s-1920s, New Brunswick, NJ: Rutgers University Press, 2005, 37-38.
(19) Moon, Yellowface, 49.
(20) リー(貴堂訳)『オリエンタルズ』、111頁。
(21) 大和田俊之「「像を打て、敵は倒れる」──ブルース・リー、ヒップホップ、そしてアジア系の表象」『現代思想』第41巻第13号(2013年10月臨時増刊号)青土社、130-139頁。
(22) Donald Trump, Tweet, March 16, 2020, https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1239685852093169664
(23) Erin Donaghue, “2,120 hate incidents against Asian Americans reported during coronavirus pandemic,” CBSNEWS, July 2, 2020, https://www.cbsnews.com/news/anti-asian-american-hate-incidents-up-racism/.
(24) “Grammy Nomination Night-BTS,” BangtanTV, Dec 15, 2020,  https://www.youtube.com/watch?v=m1aAyKMVUUU
 

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