ちくま学芸文庫

屈辱の敗北には「倍返し!」を

『古代ローマ帝国軍 非公式マニュアル』書評

 二一世紀には、先進諸国では、飢饉も疫病も戦争もなくなりつつあり、それよりも肥満、老衰、自殺で死亡する人が多くなるという。『サピエンス全史』『ホモ・デウス』でおなじみの預言者のごとき歴史家ユヴァル・ハラリの指摘はなにかと心に響くものがある。

 しかし、今年になって新型肺炎のコロナ禍がおこり、感染症の危機は地球規模で大混乱をもたらしている。このせいか、飢饉や戦争もほんとうに地上から消えていくのかと心細くならないこともない。

 戦争や軍事力の研究について学術従事者は避けるべきだという意見もある。たしかに、戦争は破壊ばかりであり、無条件に悪であろう。それでも、人類は数え切れないほど戦争をくりかえしてきたのだから、その歴史をふりかえることは決してなおざりにされるべきではない。

 世界史のなかで、ローマ帝国は大帝国としてことさら異彩を放っているが、その覇権の中核をなすのは軍事力であった。盤石の世界帝国を築いたのだから、連戦連勝の最強軍団を思い浮かべがちだが、意外にもローマ軍は敵の罠にはまって敗退することも少なくなかった。 

 たとえば、前四世紀後半、まだアッピア街道が開発されていない山中のカウディネ峡谷で、ローマ軍は山岳民サムニテス人の策術にはまって完全に包囲されてしまった。それから百年以上後にも、南イタリアのカンナエの地で、知将ハンニバル率いるカルタゴ軍の後退戦術の罠に陥り、全軍が包囲され、完膚なきまでに叩きのめされたのは史上に名高い。

 だが、いったん打ちのめされた後のローマ軍の反撃は凄まじいものがある。敗北を忘れず、屈辱の敗北には「倍返し!」がローマ人の鉄則だった。屈辱を払拭するためには、軍隊という組織のなかでは身分にこだわらずに和解し、兵役の任務に当たったのである。

 ローマ人の軍規の厳しさを示唆するものに「デキマティオ(十分の一刑)」がある。そもそもローマ人は、たとえ敗退したにしても勇敢に戦った兵士には、その労をねぎらった。だが、戦闘を放棄したり逃げ出したりした部隊には情け容赦のない処罰が待っていた。帰還した兵士たちのなかから十人に一人が選び出され、有無を言わせず杖で打たれたりして処刑されたのだ。その場面を目前で見た生き残った兵士たちのトラウマはいかばかりのものだったであろうか。勇敢に戦って死んだ方がましだという思いが胸に刻まれたにちがいない。

 古代ローマの軍団兵をめぐって、本書は入隊から軍装、軍規、陣営生活、出征、会戦、除隊にいたる経過を詳細に分かりやすく説明している。ラテン語のことわざで「玄人の行動は予測できるが、この世は危険な素人で満ちている」と言われるように、新兵が古参兵になるには、多大の道のりがある。ローマ軍団は正攻法で戦うのを良しとしたので、姑息な策術を用いるのを潔しとしなかったという。それだけに軍団の規律は何よりも重んじられた。

 それに国家への忠誠を誓うことから、ときに兵士は腕にSPQR(「ローマの元老院と民衆」という意のローマ国家の正式名称)という入れ墨を刻むこともある。映画『グラディエーター』で、かつてローマ将校であった印を隠滅するために、ラッセル・クロウ演じる主人公マキシマスがSPQRの入れ墨を削り取る場面は印象的であった。

 ローマ帝国の屋台骨をなすローマ軍団とその兵士たち。その詳細を多数のカラー口絵をも交えて読めば、世界史のなかのローマ史がことさら理解しやすくなるだろう。