ちくま新書

SDGsと生物多様性との密接な関係

――「生物資源」「生存基盤」「地球公共財」を手がかりに

SDGs達成に直結し、生物資源と人類の生存基盤とを包摂する生物多様性。地球公共財をめぐる旧来の対立・独占・排除という利益第一主義を脱し、相利共生を実現するための構図を示すのが、1月新刊『生物多様性を問いなおす:世界・自然・未来との共生とSDGs』高橋進著です。プロローグの一部を公開いたします。

 生命の豊かさをも表す広い概念の「生物多様性」。その捉え方は、個人や立場の違いだけでなく、国によって、あるいは時代によっても様々だ。この「生物多様性に対する眼差し」の相違・変遷を解き明かすことは、本書のテーマの一つだ。そこで本書のプロローグとして、この眼差しの違いを如実に表す個人的な体験(エピソード)から始めようと思う。
 JICAプロジェクト「インドネシア生物多様性保全計画」(以下、JICAプロジェクト)の初代リーダーとしての赴任から三年近くが経ち、プロジェクト第一フェーズの終了が近づいた一九九八年五月末、継続する五年間の第二フェーズの協定調印のため、日本側ミッションとインドネシア側との協議がジャカルタの国家開発計画庁(BAPPENAS)会議室で開始された。
 その会議の休憩時間に廊下に出た私に向かって、開発計画庁の高官が、「日本は、このプロジェクトの見返りに何を求めているのか」と真顔で質問してきた。どうやら、生物多様性保全の援助の裏には熱帯の生物資源を確保したいとの日本の欲望があるのではないか、と疑いの目で見られているようだ。私は、人類の生存基盤としても熱帯生態系の保全は重要であり、プロジェクトは日本一国のためだけではないことを説いたが、休憩時間はあっという間に過ぎてしまった。
 午後からの協議再開をジャカルタ市内のホテルで待機していた私たちに突然、暴動が起きたので会議は中止するとの報が届いた。後に言う、いわゆる「ジャカルタ暴動」だった。日本大使館の指示によりインドネシア滞在者全員が日本へ一時帰国することになり、攻撃対象の中華系住民と間違われないようにコピー用紙に油性ペンで赤丸を描いた急ごしらえの日の丸をフロントガラスに貼り付けた数十台ものバスを連ねて、チャーター便の待つ国際空港に向かった。この暴動を契機として、三〇年にわたったスハルト大統領の「開発独裁政権」は崩壊した。

「生物多様性」は、必ずしも一義的に定義されているものではないが、生物多様性条約の定義、すなわち遺伝子(種内)、種(種間)、生態系の三つのレベルでの多様性というのが一般的だ。また、その価値は、今日では「生態系サービス」として知られている。生態系サービスは、食料などの生物資源を提供する「供給サービス」、気候安定などの「調整サービス」、芸術対象や精神安定などの「文化的サービス」、土壌形成などの「基盤サービス」に分類されている。私はこの生態系サービスを、供給サービスとしての「生物資源」と、他の三つのサービスを包含した「生存基盤」に大別して捉える。
 一九九八年当時私に投げかけられた「問い」は、熱帯の生物資源大国インドネシアの政府高官として関心を持つ「生物資源」に着目したものに違いない。それに対して私は地球全体の「生存基盤」としての生物多様性を説いたのだ。当時の日本政府が閣議決定した「政府開発援助(ODA)大綱」(一九九二年)には、環境保全がODAの基本理念の一つとされ、「先進国と開発途上国が共同で取り組むべき全人類的な課題」と位置付けられていた。「生物資源」と「生存基盤」という異なる眼差しの視程の先が、短時間の休憩時間で交わるはずもなかった。
 歴史に残るジャカルタ暴動の混乱の中での問いに対する再説明を果たせぬまま、二〇年以上が経ってしまった。この間、生物資源をめぐる国際関係も大きく変化してきた。大航海時代以降、ラテンアメリカ、アフリカ、そしてアジアの生物資源は、ヨーロッパ諸国に略奪・独占されてきたが、現代ではグローバル企業(多国籍企業)がこれに代わっている。
 こうした先進国・グローバル企業の生物資源への対応に対して、途上国はバイオパイラシー(生物資源の海賊行為)として非難し、生物資源の権利(原産国の権利)を奪い返そうとする立場をとり、南北対立が続いている。しかも、米国は未だに自国の産業界保護のために生物多様性条約を批准していない。それどころか、「国益」重視の援助や「自国第一主義」の主張が世界的にも台頭してきている。
 日本の国際開発援助も、二〇一五年に閣議決定された「開発協力大綱」では、地球規模問題などは引き続き重点課題とされつつも、開発協力の理念・目的として、「国益の確保」への貢献が明文化され、見返りを求める「援助」が前面に押し出されるようになってきた。また、長年にわたる日本の商業捕鯨再開要望に対して、これを拒否する決議をした国際捕鯨委員会(IWC)から、日本は脱退(二〇一九年六月三〇日)し、翌七月一日から三一年ぶりに商業捕鯨を再開した。
 さらに、二〇二〇年初頭には、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が発生、世界各国は外出禁止・自粛など都市封鎖、さらに出入国制限といった鎖国状態の施策で対応した。地球温暖化や生物多様性など地球規模の環境問題と同様に世界的協調が必要な事案にもかかわらず、むしろ国単位で孤立化して対応する傾向が強まっている。
 一方で、先進国、途上国の分け隔てなく、世界的視野に立って社会、経済、環境を網羅した課題に取り組み、持続可能な社会を目指すための目標「持続可能な開発目標(SDGs〈エスディージーズ〉/Sustainable Development Goals)」が、二〇一五年の国連サミットですべての加盟国により合意された。
 このSDGsは一七項目の目標(ゴール)で構成されているが、この中には、「海の豊かさを守ろう(目標14)」や「陸の豊かさも守ろう(目標15)」といった生物多様性に直接的に関係のある目標だけではなく、世界的な環境課題でもある気候変動(目標13)のほか、生物多様性とは一見関係ないようにも思える貧困(目標1)、飢餓(目標2)あるいはエネルギー(目標7)や平和(目標16)、パートナーシップ(目標17)までもが含まれている。
 SDGs達成のためには、世界的な協調が必要なことはもちろんであるが、生物多様性の保全や生物資源の持続可能な利用もまた関連する。逆に、生物多様性の保全や生物資源の持続可能な利用にも、貧困や飢餓、エネルギー、パートナーシップなどといったSDGsの達成が重要なカギを握っている。本書では、こうした生物多様性とSDGsの密接な関連を理解するために、両者の関係を解き明かしていこうと思う。
 本書は、コロンブスの米大陸到達(一四九二年)からちょうど五〇〇年後に成立した「生物多様性条約」(一九九二年)により世界的に広まった「生物多様性」をキーワードとして、私自身の研究成果や体験を踏まえつつ、「自然共生社会」の実現や「SDGs」達成について改めて問いなおすものである。