ちくま新書

日本手話で学ぶろう学校で、難聴のTVディレクターが見つけたこと

東京都品川区には、日本でただ一つの、「日本手話」を第一言語とした教育を行うろう学校があります。この学校に一年間密着したドキュメンタリー「ETV特集「静かで、にぎやかな世界」」は国内外で高い評価を受けました。実はこの番組を撮影したディレクターも難聴者です。「「共に生きる」はきれいごと?」「私は社会のお荷物?」。聞こえる人と共に仕事をするなかで、様々な葛藤を抱えていた彼女が見つけたものとは--。『手話の学校と難聴のディレレクター』より、まえがきと序章を公開します。

 私はNHKで働く、耳の聞こえないディレクターだ。「おはよう」と言われても、「おあおう」としか聞き取れないし、会議で飛び交う声も雑音にしか聞こえない。両耳の補聴器に入ってくる音と、口の動きをヒントに、言葉を想像する。だがそれだけでは完全には聞き取れないので、音声を文字にする通訳と一緒に働きながら、ディレクターを続けてきた。
 そんな中、2018年に制作した番組「ETV特集「静かで、にぎやかな世界〜手話で生きる子どもたち〜」」が、国内外のコンクールで高い評価を受け、制作者個人の賞もあわせると10の賞をいただいた。舞台となった手話の学校・明晴学園、そしてそこで学ぶ子どもたちの姿が、多くの人を魅了した結果だったが、一方で、ディレクター人生初の受賞がおおごとになって、自分では一体何が起きているのかよくわからなかった。
 なぜこんなに多くの人に番組が受け入れられたのだろう、と考えてみると、聞こえない私と聞こえるスタッフ、それぞれの「多様な視点」があったことが、番組に新鮮さをもたらしたからかもしれない、と思った。
 近年、「多様性」の大切さが盛んにうたわれるようになった。だが、多様であるということは、それぞれに違いがあるわけで、現実にはうまくバランスがとれないことも、表裏一体としてある。私自身、聞こえる人ばかりの組織の中で働くと、そのジレンマはしょっちゅう生じる。それでも、違いを超えて、他者とつながりながら共に生きることはできないだろうか。何度も考えあぐねてきた。
 だが、「静かで、にぎやかな世界」の制作を通して、私はようやく「多様な生き方」は理想論ではなく、実現できると、肯定できるようになった。この本では、そのことを書いてみようと思う。
 ふつう、テレビ局のディレクターが書いた本というのは、番組制作のノウハウや取材の秘訣が詰まっていると思う。でもこの本は、〝例外的〞なディレクターが生き方に迷いながら、聞こえるスタッフと共に考え、感じてきたことを、番組制作の振り返りと共にまとめた一冊だ。
 その過程をオープンにすることで、読む人が、一人ひとりの視点や生き方に〝違い〞があることを面白がってくれるといいな、と思っている。