加納 Aマッソ

「おたくの今年ちゃん」

 押している間は途切れず鳴り続けるタイプのインターホンのおかげで、来訪者の種類はだいたい予想がつく。長めに1回押すのは、遅い時間にやってくる宅配業者。午前中のような体力は残っていないから、重い荷物をそのまま持って帰ることはしたくない。ウエストポーチから不在通知書を取り出して必要事項を書き込むのも面倒くさい。だから一日の中で蓄積させた疲労を人差し指に込め、それをめり込ませるように力強く押す。長めに2回押すのは、早い時間の再配達。苛立ちの1回と、高圧の1回。「いないわけないよな!?」「寝てるなら起きろ」の2回。その2回はきっちり同じ長さ。短く3回押すのは、大家の老婦人。3回なら私ね、の3回。朗報を運んでくることはないが、なぜか愛おしい彼女だけの3回。その回数が減った時、おそらく住人の誰かが「最近お体大丈夫ですか?」と声をかける。短く1回押すのは、デビューしたての宗教勧誘人。臆している。これには出ない。
 在宅時間が増え、去年は例年よりもインターホンが鳴る一年だった。今年もそうなるのかねぇ、とぼんやり考えながら、知り合いばかり出ている正月のお笑い番組を見ていると、果たして鳴った。聞き慣れない短い連打に、背筋がギュンと伸びる。5回以降は数えるのをやめた。嬉しくない客に舌打ちが出そうになるが、元旦にそれはよくない。ドアを開けて、「取り合わないですよ」の顔を見せつける。あまり効果はないようだった。
「20回押したんですけどぉ」
「でしょうね」
「あら、律儀に2020回押しても良かったんですよ?」
「用件を言ってください」
「感じ悪〜い! ねぇ、去年ちゃん?」
 去年の親が、もたれかかるように去年の肩に手を置いて深く息を吸った。対照的に、これは長くなりそうだとため息が出る。親が肺を充足させている横で、去年は斜め上を見て、知らんぷりをしている。腹立つ。お前がチクったくせに。
「うちの去年いわくですね、おたくの今年ちゃんにね、言ってあげたらしいんですよ。ええ、そりゃあ誰にでも親切にしなさいって教えてますから、当然のことですけどね。で、うちの優しい去年がね、もう少し多めに持っていったらいいんじゃないかって言ったんですよ。感情とか、経験値とか、関係性とか、あとはなんですか、今ちょっとパッと浮かばないですけど、そういうのをね。今年ちゃんのためを思ってね。もちろん偉そうになんか言ってませんよ? 一提案なんだけど、という感じで、ねえ去年ちゃん? そうよね? こっちから無理やり持たせたりするのも違うもんね? いや、私だって今年ちゃんの気持ちがちっとも分からないわけじゃないですよ、でもあんまりほら、過剰に心機一転だとか、また一からだとかっていうのも、どうなんだって話でね。そしたらおたくの今年ちゃん、どうしたと思います? 殴ったんですよ!! うちの去年を! ええ!? ったく、どういう教育をなさっ……」
 言い終わらないうちに去年の親の太ももを蹴って勢いよく扉を閉めた。背後で「わーお」と聞こえて振り返ると、パジャマ姿で髪をボサボサにしたままの今年が立っていた。目をこすりながら「去年の親、なんつってた?」と聞く今年の頭をポンポンと撫でながら、「別に、ただの正論」と返して、今年に気づかれないように痛みの残る太ももをゆっくりさすった。

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