世の中ラボ

【第129回】
ひとりひとりの声を拾うことで見えてくるもの

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2021年1月号より転載。

 東日本大震災&福島第一原発の事故(2011年)からまもなく10年を迎える。この10年弱の間に出版された関係書籍は、評論、ノンフィクション、小説など、おびただしい数にのぼる。そのすべてをフォローするのはもはや不可能だ。しかし半面、被災地への関心が徐々に失われかけているのも否めない。
 そんな2020年、震災関連書が二冊、講談社本田靖春ノンフィクション賞(19年よりこの名に改称)を同時受賞した。吉田千亜『孤塁――双葉郡消防士たちの3・11』と、片山夏子『ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、9年間の記録』である。
 ノンフィクションのスタイルには大きく分けて、自身が当事者としてかかわったことを軸にした「体験系」と、自身は取材者に徹し、当事者の声を一から拾い集めた「取材系」があるとしたら、右の二冊はともに取材系である。時間をかけて、大勢の関係者の声を丹念に集めている点も同じ。ともあれ、中身を読んでみよう。

3・11のとき、その後、何が起こっていたかを語る
『孤塁』は福島第一原発のお膝元・福島県双葉郡にある六つの消防署(双葉消防本部・浪江消防署・富岡消防署・楢葉分署・川内出張所・葛尾出張所)の職員66名への取材を通して、震災後の一週間を描いたドキュメンタリータッチの作品だ。分署や出張所も含めた六署の職員の総数は125名。地震発生後、刻一刻と状況が変わる緊迫した一週間を、著者は時系列で追っていく。
 3月11日。14時46分。血の気が引くような揺れが襲った。一時間後には非番の者も参集し、当務者とあわせて107の職員が、救助・救命にあたった。異変はまもなく起きた。住民の救出に追われる中、双葉消防本部は東電から、14時42分に「一〇条通報(基準以上の放射線が検出)」の、16時45分には「一五条通報(原子炉がコントロールできない)」の通報を受ける。
 12日。逃げ遅れた住民の誘導や傷病者の搬送中、一号機の爆発が発生する。それを聞いたある署員は〈「どういうことだよ!」と思った。つい10日ほど前に、東電職員による研修で、「安全が確保されています」「原発が壊れることはありません」と教えられていたのだ〉。爆発4分後に三つの消防署の閉鎖と移転が決まった。
 13日、東電から原子炉注入用の水を構内の防火水槽に入れる仕事の要請が入る。ポンプ車を出動させたが、現地につくと東電のポンプ車が到着していた。14日、三号機が爆発した。負傷した自衛隊員や東電関係者の救急搬送も彼らの仕事だった。15日、全住民の避難後、集まった職員に〈イチエフの原子炉の冷却要請が東電から来ている〉と消防長は明かした。〈地域を守りたいし、俺たちしかいない。放射線に対する知識もあり、資器財もある。どう思うか〉。
 部下の一人は(本の中では実名。以下同様)は思った。〈無事な保証は何もない〉〈これでは、特攻隊と同じではないか〉。〈行きたくありません。家族が大事です〉といった職員もいた。〈死ぬことが前提なのだ〉と感じた職員も、〈この状態で我々が葛藤していることを、国は知っているのだろうか……〉と考えた職員もいた。〈人のいなくなった町で、今なお活動を続け、さらに原発の冷却要請に葛藤している我々の存在を、誰が知っているのか〉。
 ともすれば感動モノのヒーロー物語になりそうな展開を、著者は注意深く回避する。そのかわり先輩たちの活動を間近で見てきた若い消防士の言葉を拾っている。〈自衛隊やハイパーレスキュー隊のことは報道されたが、双葉消防本部の活動だけが報道されず、誰にも知られていなかったことがつらかった〉。
『ふくしま原発作業員日誌』は2011年から19年まで一年一章で構成された、文字通り「日誌」形式のルポルタージュだ。そのときどきの状況説明と同時に、語られているのは事故後の福島第一原発で働く多くの作業員の証言である。著者が現地に入ったのは事故後半年ほどたった頃だったが、現場では箝口令が敷かれており、取材に応じた人々の条件も「顔を出さず匿名なら」。よって証言者のほとんどはニックネームで登場する。
〈シンさんはなぜ、故郷を離れて福島に駆けつけてきたのですか?〉という著者の問いに彼は答える。〈原発事故は衝撃的だった。日本の運命を左右する、一生に一度あるかないかのことだと思った。人間に収束できるのか、誰か犠牲になるかもしれない。それでも止めることができたら。生まれたからには誰かの役に立ちたい。俺が行くしかない〉(11年8月19日)。
 これが最初に登場する「シンさん(47歳)」の言葉である。〈働き始めた頃は、毎日、緊張してピリピリしていたよ〉が、放射線や放射能物質には色も匂いもない。〈線量計がピッピッて鳴ると、放射線量が上がっているな、そこを早く通り過ぎなければと思うけれど、だんだん慣れてきてしまう〉。
〈仕事なんてできてあったりめぇよ。でも今はシロウトみたいなやつが現場に入ってきて、まいっちゃうよ。頭数いればいいってもんじゃねぇんだ〉(11年8月28日)とはベテランの配管工「キーさん(56歳)」の言葉。事故直後は人手が足りず、もともと作業員だった人が「人を連れてきてくれ」と上位の企業に頼まれることも多かった。結果、原発作業はもちろん建設や土木工事の未経験者も含めて、全国から人が駆り出されていたのである。
 しかし、事故の教訓はあっという間に忘れさられた。
 11年12月16日、現場では汚染水漏れが頻発し、溶けた核燃料の状態も不明なのに、当時の民主党政権は「事故収束宣言」を出した。直後の総選挙で自民党が政権に返り咲くと、エネルギー戦略の見直しと、原発の再稼働を明言した。事故対策のための統合本部は廃止され、住民の避難区域の再編が行われ、福島第一ではコストの削減によって作業員の労働条件は急激に悪化した。
 五か月ぶりにイチエフに戻った配管工の「キーさん」は給料が事故前より安い以前の半分以下、危険手当も時間外手当も減った労働条件の悪化に衝撃を受ける(13年2月15日)。〈これじゃあ並の現場より安い。考えられないよ〉。
 ときにはブラックな笑い話も出てくる。13年、東京五輪の招致が決定した。イチエフをよく知る人は〈最終プレゼンテーションで話題になった「おもてなし」や「状況はコントロールされている」という言葉を、「おもてむき(表向き)」「情報はコントロールされている」と言い換えている〉(13年12月30日)。

沖縄戦で何が起こっていたかを、いま語る
『ふくしま原発作業員日誌』に付された解説で、この本の特徴を青木理は〈「小文字」を集めたルポルタージュ〉と表現している。〈新聞をはじめとする現実のジャーナリズムの世界には「大文字」が盛んに飛び交っている。代表的なのは「社説」や「論説」、「解説」や「オピニオン」の類だろうか〉。だが、〈それではこぼれ落ちてしまう市井の声がある。名もなき者たちの喜怒哀楽がある。その喜怒哀楽の中にこそ、本来は私達が噛みしめ、咀嚼し、沈思黙考しなければならない事実が横たわっている〉。
 至言というべきだろう。小文字のルポルタージュは、地べたに張りついているために、ときにまどろっこしく、ときには単調な印象さえ受ける。しかし将来に残るのは、たぶんこういう本なのだ。
 という意味で、やはり優れた「小文字のルポルタージュ」をもう一冊。20年の日本ジャーナリスト会議賞と城山三郎賞を受賞した三上智恵『証言 沖縄スパイ戦史』である。
 本書の主な取材対象は、沖縄戦の最中「護郷隊」として召集された当時の少年兵たち(現在は80代〜90代)、さらに彼らのリーダーだった陸軍中野学校卒の護郷隊長たちである。
 護郷隊とは、正規の日本軍とは別の遊撃隊として編成された秘密部隊のこと。14歳から17歳の少年が集められ、戦闘員として射撃や擲弾筒の訓練を受けた上、スパイ、テロ、ゲリラ戦、白兵戦を戦った。こんな例はむろん国内では他に例がない。21名の元護郷隊員の証言が本には一問一答の形で収録されている。
〈一〇代の子供たちが本物の戦をしたというのは国内で例がないですよね?/よその県では事例がないんじゃないですか〉〈同じ少年兵でも「鉄血勤皇隊」とは違う?/ああ、全然違いますよ。鉄血勤皇隊っていうのは学校での組織だから。こっちはちゃんと一期の検閲を受けて一つ星をもらうわけだから〉(Sさん。大正9年生まれ。24歳で入隊した小隊長。本の中では実名)。
〈でも護郷隊の話はね、これは人にしない。この部落の人たちは信用しないんですよね、僕が言うことを〉〈あの時僕がね、精神病みたいになってるからね。こんな病気の「兵隊幽霊」の歌は聞きたくないと言うんです。僕は兵隊幽霊と言われよったんですよ〉(Zさん。昭和4年生まれ。16歳で入隊)。
 本書には護郷隊とは別に、スパイ容疑で島民同士が殺し合う「住民虐殺」の体験者の声も集められている。なぜ住民同士が? という著者の問いにある証言者は答える。〈あんたどう思うか? あの時代、敵と通じたらもう殺されるって山の中はみんなガタガタ震えて、大変だったよ〉〈今、殺されるという心境になってごらん。感覚が全然違う。もうそれは話にならない。もう怖い! 敵と通じてるんだから〉(Tさん。昭和5年生まれ)。
 取材対象こそちがえ、三冊の本がそれぞれに生々しく感じられるのは、人には言えなかった体験がひとりひとりの証言という形で文字化されているからだ。「語りたくなかった」のではなく「語れなかった」。それを引き出すのが良質なノンフィクション。被取材者との信頼関係がすべての基本なのだと、あらためて教えられる。

【この記事で紹介された本】

『孤塁――双葉郡消防士たちの3・11』
吉田千亜、岩波書店、2020年、1800円+税

 

〈初めて語られた苦難と葛藤 約70名の言葉が胸に迫る渾身のノンフィクション〉(帯より)。著者はフリーライター。18年10月から双葉消防本部に通い、事故当時の職員125名のうち退職者などを除く66名に取材。自衛隊、東京消防庁のハイパーレスキュー隊、「Fukushima 5‌0」などの陰で人知れず奮闘した消防署員たちの姿を描く。『世界』19年3〜9月の連載に加筆。

『ふくしま原発作業員日誌――イチエフの真実、9年間の記録』
片山夏子、朝日新聞出版、2020年、1700円+税

 

〈本書ほど「現場」に迫った記録はない!〉〈終わらない廃炉、イチエフ作業員たちの声〉(帯より)。著者は東京新聞記者。11年8月から東京社会部所属の原発班となり、作業員の多くが寝泊まりする福島県いわき市に通って東京新聞紙上で「ふくしま作業員日誌」の連載をはじめる(連載は現在も続行中)。表だっては語られてこなかった過酷な現場労働の変化も読み取れる。

『証言 沖縄スパイ戦史』
三上智恵、集英社新書、2020年、1700円+税

 

〈証言と追跡取材で迫る青年将校の苦悩と少年兵が戦った沖縄戦、最暗部の記録〉(帯より)。著者はジャーナリスト・映画監督。ひめゆり隊や鉄血勤皇隊は有名だが、少年兵で構成された護郷隊はほとんど知られていなかった。18年に発表されたドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督)の書籍版。映画では拾いきれなかった当事者の声を丹念に集めている。

PR誌ちくま2021年1月号

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