加納 Aマッソ

第36回「俺、親の食べてるかき揚げもパクるんですよ」

 20代の半ば頃までは、多くの芸人と同じように「夢を追う若者」丸出しの生活で、いろんなバイトをしてきた。カレー屋、焼肉屋、喫茶店、ホテル、結婚式場、サッカー場、ポスティング、ティッシュ配り、工場、居酒屋、老人ホーム、ラウンジ、スーパー、テレアポ、企業PRイベントの盛り上げ、撮影スタジオで人形を振って子どもを笑わせる、etc。カッコ良く「我が芸人人生」などと振り返りたいところだが、実際には何時間もガラでもないバイトをした夜に4分だけ漫才をしてきた人生である。それでも、4分の自分をメインに持ってこようと日々もがき、誰も興味のない自尊心ばかりを持ち合わせていた。バイトの人とはもちろん、どんなときでも4分側の人間として喋った。一人前の芸人らしくありたくて、「必要以上に舞台でバイトの話はしない」というルールをコンビ間で決めていたが、ライブ中に話す内容に窮し、「友達から聞いた話やねんけど、」と前置きをしてから自分のバイト話をするというセコ技を決めたりもした。
 思い返すと、プライドで視界に靄さえかかっていなければ、好きな場所はたくさんあった。数あるバイト先の中で一番気に入っていたのは、居酒屋のだだっ広い調理場だ。昼夜を忘れさせる白くて明るい照明の下、飛び交う大声に何種類もの調理音が混じり合う喧騒が心地よかった。フライヤーからはパチパチと跳ねる揚げ物の音、そのすぐ横の業務用炊飯器では蒸気がカタカタと蓋を鳴らし、奥のガス台では中華鍋とお玉が仲良くカンカンぶつかり合っている。歴の長いバイトから歴の短いバイトに飛ばされる「ちんたらすんな!!」という怒号。怒号を飛ばしている本人は、繊細な手つきでデザートのケーキにミントを乗せる。刺身に添えるスライスレモン、焼き物に添えるパセリ。要らない、要らない、要ーらない、と心の中でリズムを刻みながら、私はお通しのサラダにパプリカを乗せていく。それもできる限りの高速で。飛び込みの宴会が重なり、戦場と化す金曜日。バタバタ、トントン、ジュワ〜、ザクザク、カンカン、ワーワー。そんな賑やかな厨房が好きだった。
 この店では、パチスロしか生きがいのないスーさんに包丁の使い方や盛り付け方、じゃがいもの蒸し方など、料理の基礎をたくさん教えてもらった。キレイに焼かれただし巻き卵と、「スーさんすげ〜!」と感心する私に向けたヤニまみれのおっさんの笑顔のミスマッチ。スーさんはいつも二人分ぐらい働いていたのに、「甲斐性がない」と言われて離婚した、とこぼしていた。家ではだし巻きを焼かなかったのかもしれない。そういえば一度だけ、ライブを見に来てくれたことがあった。なんの感想も言わずに帰って行った。元気にしているだろうか。
 大学生の弘平はホールスタッフだったが、いつもピークが落ち着く22時頃に厨房に入って来て、余った料理はないか物色した。私が作るのに失敗した見た目のよくないかき揚げを、「これミスったやつですか? 一口もらお」と手を伸ばし、すばやく口に運んだ。「ちょい、それ私が食べようと思ったやつ」と言っているうちに、弘平はサクサクと美味しそうな音を立てて、結局そのかき揚げを全部食べた。
「一口って言ったやろ、なんで全部食べんねん」
「うっま」
「聞け、話」
「もう一個ないですか」
「なんやねんお前、まじで、親の顔が見てみたいわ」
「俺、親の食べてるかき揚げもパクるんですよ」
「なんの話や」
「母親がめっちゃ美味そうにかき揚げ蕎麦食べるから」
「……そのかき揚げ、何割いくん」
「八割ですね」
「そこは十割やろ! 蕎麦やねんから」
「確かに! うわ!」
「うわ!って」
「加納さん、オフでもめっちゃツッコみますよね、まじ芸人」
「黙れいじってくんな」
「はやくバイト辞めれたらいいですね」
「ほっとけ」

 弘平も、初めての単独ライブを観に来てくれた。「意味わかんなかったけど、超面白かったです!」と言って帰って行った。あいつも、元気にしているだろうか。

 

*このエッセイは、2020年12月7日にHMV&BOOKS SHIBUYA様にて開催された、「『イルカも泳ぐわい。』発売記念 加納愛子サイン入りオビ巻き会」第2回に参加された方の投稿をもとに書かれました。

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