宿題の認知科学

小さい文字はちょとむずかしい

小さい「っ」、子どもになんて説明しますか?
 小さい文字……老眼を患いはじめた身にはたしかにつらいものですが、今日は勿論その話ではありません。仮名表記で小さく書く「っ」「ゃ」「ゅ」「ょ」のお話です。
割り箸と牛乳パックを切ったものを使って戦艦を作るための設計図(当時、小1)

 かなを習得中の小学1年生にとって、小さく書くかな文字ってどうやって教えるんだろう……。上の設計図を見るかぎり、「ぎゅうにゅう」の「ゅ」は書けてますね(若干怪しいのもありますが)。一方、「ぱっく」は、1カ所をのぞいて「ぎゅうにゅうぱく」になっちゃってます。「ぎゅうにゅうぱくきたもの」……か、可愛いぜ……。

 小さい「っ」であれ「ゃ」「ゅ」「ょ」であれ、いずれも小さい仮名を使いこなせるようになることが小1の諸君へのミッション。しかし両者は、だい〜ぶ異なるものなのです。

小さい「っ」(詰まる音・促音)
 小さい「っ」ってここでどうして「っ」が出てくるのか、それはどういう音を表すのかということを、小学1年生に先生方はどうやって説明しているのか、ほんとうに興味があります。
 チコちゃんふうに言うと、「ねえねえ、ちいさい『っ』のとこって何て言ってるんでしょうか〜」? もうちょっと言うと、「それ、ホントに『つ』に関係ある?」
 ちびっことはいえ日本語のネイティブなので、彼らは自分が日本語を話す際は、「ぱく」と「ぱっく」の、耳で聞いたときの違いは完璧に区別しているはずです。そして一方、ひらがなの「ぱ」と「つ」と「く」がそれぞれどういう音を表す筈なのかも別途知っているはず。
 だけど、「ぱっく」と言ったときに発音されるその音を、「ぱ」と「く」の間に小さい「っ」を入れることによって表すということは、実はそんなに自明じゃないんじゃないでしょうか。たとえ、我々大人は、もうそういうことになってるのが当たり前すぎるとしても。
 でも、ひとつ言えることは小さい声で「つ」と言ってるわけではないということ!
 私たちはもし「ねこ」という語を入れて俳句を詠むなら「ねこ」の部分は2音に数えますし、「根っこ」なら3音として数えます。なので小さい「っ」も、日本語では独立した一音(拍)とみなされています。でもその一音はどういう音かというと、意外に実体が謎。
 「みっつ」と言いかけて小さい「っ」のところでわざと止めてみると、その瞬間たしかに「つ」って言ってる口の形をしています。「やっぱり、「つ」って言ってるのに近いかも」と感じられます。
 だけど「かっぱ」「ぱっく」「せっせ」で同じことをやってみると、小さい「っ」の瞬間に「つ」って言ってる感はだいぶ希薄になりませんか。むしろ口の中は、次につづく「ぱ」「く」「せ」の発音を先取りしているかのような形になっていませんか。次の音を出すときの舌の位置や口の構えが小さい「っ」のところでのところですでに始まっていますよね。
 つまり小さい「っ」はそれ自体「こういう音」という固定した特性を持つわけでなく、次の音の発音の準備をしながら一音ぶんの時間をとる、というのが、あえていえばその正体なのです。
 さてその正体不確定な存在を表す記号として、「つ」を小さく書いたもの、が代表として使われているというわけです。ここで「つ」が選ばれたのは全くのたまたまではなく、日本語の音の歴史的な変化に関わる理由があるそうなのですが(橋本進吉『国語音韻の変遷』などを参照)、少なくとも現代の日本語の姿・それを習得する母語話者や学習者の感覚としては、とくに小さい「っ」で代表させる必然性は感じられないはずです。小さい「っ」の発音は実際、場合によって違う、が答えなのですから。なのに、我々誰も発音において「結局何て発音するの?」「『つ』じゃないじゃん」などと混乱することはないのですよね。
 日本語母語話者の皆さん、もし「そんなの初耳」「混乱するって発想すらなかった」と思われたとしても、これまで実際には何を発音してるのかは知らないまま、でもとにかくみんなもれなく正しく発音しているという事実すごくないですか(ますますチコちゃんっぽい物言いになってきたな)。
 また、日本語学習者の皆さん、日本語の本件、どうもややこしくてご苦労かけます。日本語を外国語として学習する人達にとっては、案の定この小さい「っ」の部分は苦労する点だそうです。

 ただ、他の言語のなかでも、比較的ウマが合いそうなのがあるな……。

Gucci
Paparazzi
Pizza
Spaghetti
Dolce & Gabbana

 グッチ、パパラッチ、ピッツァ、スパゲッティ、ドルチェ&ガッバーナ……。促音「っ」ってなんかイタリアンと相性がよさそう(無理矢理!?)。イタリア語由来の語を日本語で書き表そうとする際、カタカナだと小さい「ッ」がしっくりくるこれらは、綴りを見れば自明ですが、二重子音、つまり、子音部分が長く発音されることを意味します。-cci, -zzi, -zza, -tti, -bba という表記から、これらの音節の最初の子音部分が長いってことだよ、ってわかりやすいですよね(例のヒットソングでは「♪君のド〜ルチェア〜ンドガバ〜ナ〜♬」(「ッ」なし)だけど、そうしないとたんに座りが悪いせいだよ〜♬)。
 しかし、口の中で起こっていることは似ていても、日本語では、この「長くなった部分」だけを独立して一音とみなし、そして直接の音の特徴とは必ずしも一致していない「つ」というかなを小さく書いたやつ、で代表させるというちょっとややこしいことをやっているわけです。そして、日本語の仮名というのは一つひとつが独立した音を表す、というお約束から外れたことをしれっと行ってしまっているわけです。
 だから、これ自分はどうやって覚えたんだろう、学校の先生どうやって説明してるんだろう、って、実はとても難しいんじゃないかと思うのです。
 で、ローマ字を習う段になったら、手のひらを返したように、先ほど出てきたイタリア語さながら次に来る子音を重ねて書くという、あたかも「やっぱこれ二重子音ってことで〜」みたいな扱いになっちゃうんだけど、これを素直に受け入れる小学生エライよ……。

小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」(ねじる音・拗音)
 さて冒頭の「ぎゅうにゅうぱくきたもの」の例では「ぎゅうにゅう」はかろうじて書けていましたが、小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」も決して最初から簡単ではないようです。ほらね?↓

 きゃ、きゅ、きょ、しゃ、しゅ、しょ、ちゃ、ちゅ、ちょ、きゃ、きゅ、きょ (そしてそれらに濁点や半濁点のついたもの)等……。これらを、私たちは「ねじる音」として習いました。小さい「っ」と同じく小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」も「ちいさく書く仮名」として一括りにされがちですが、実はだいぶ違います。
 小さい「っ」はそれ自体私たちは一音とカウントする(俳句作るときは一拍として数える)のに対して、小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」は独立していない存在です。あくまで、直前の仮名とセットでやっとひとつの音を表すのです。だから、俳句を作るなら「チップ」は3拍だけど「チョコ」は2拍ですよね。
 息子が仮名を覚えるまさにその最中、「れっしゃずかん」という絵本のタイトルに「なんで『し』が入っているの?!」と怒りはじめたことがありました。「しゃ」で表される音は、たしかに「し」が表す音と小さい「ゃ」を組み合わせて発音する音ではありません(「し」って言ってから「ゃ」と言うわけではない)。でもそんな疑問はオカン思いもよらんかったわ!
 ひらがなは、あ行(母音のみ)・「ん」、そして小さい「っ」以外は、基本、ひとつの文字はひとつの子音とひとつの母音のセットを表しますよね。ところが小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」を伴う拗音は、二文字を使って、ひとつの子音とひとつの母音のセットを表すことになり、そこで「しゃ」と言った場合に使われる「し」は、単独で表記される「し」としての音とは一致しないですよね。
 「しゃ」という音の中に「し」という音単位は入っていない、という事実は、ひらがなを完璧に習得した私たちは一生意識することはないのかもしれません。あえていえば、その後外国語(まあ英語でしょうね)を学習するとき、一つの子音に文字を二つ使うことがある、例えばthという音はtとhの音を合わせたものってわけじゃないんだ、という事実に出会うことはあれど、自分達の使っている日本語となると、同様の例があっても今更なかなか気づかないものです。
 日本語でも、他の多くの言語でも、音と文字には対応があっても、完璧な一対一対応ではない、一定のズレも生じるもの。幼児期の、文字を介さない言葉の世界から、学校に入り文字の役割が大きくなってくる世界への過渡期の変化は、しりとりをはじめとする言葉遊びのルールに垣間見ることができます。
 「ちょうちょ」の後は何の迷いもなく「ちょ」で続けようとする未就学児に対し、「ちょ」(音でいえば「ちょ」でひとつの単位)で受けるか「よ」(「最後に使われた文字」を重視)で受けるかでケンカをはじめる小学生。
 ……そして、↑わざとビミョーな例ばっか出して火種を煽る悪いオカンは私だ!