地方メディアの逆襲

瀬戸内海放送「調査報道記者」編①「ゲーム条例」の不透明さを暴く

瀬戸内海放送「調査報道記者」編

地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 香川県のゲーム条例をいち早く追いかけた、香川と岡山を放送エリアとするKSB瀬戸内海放送を取り上げます。

 「これからは調査報道だ」とマスメディア業界で言われて久しい。記者クラブを拠点とする横並び取材で速報性だけを競う発表報道ではなく、権力や権威ある組織・人物について、独自の取材を積み重ね、まだ社会に知られていない事実を、自社や各記者の責任で報じる。そのメディアや記者が報じなければ、決して明らかにならないニュースを発掘する。それこそが報道を活性化させる、と。
 だが、新聞社やテレビ局の経営が厳しくなり、記者の数も減る中、現場に余裕がなくなり、理想とは逆に、報道はますます画一化しているようにも見える。規模の小さい地方メディア、とりわけ視聴率に追われるテレビでは難しいという声も聞く。
 それでも、粘り強く調査報道に取り組む記者は各地にいる。彼らは地方にいることを強みに変え、「個」の力で知られざる事実を発掘する。香川と岡山を放送エリアとするKSB瀬戸内海放送に、そんな記者の一人を訪ねた。

「憲法違反」を訴える高校生の会見
 18歳未満のコンピュータゲームの利用は平日60分、休日90分まで──。香川県が2020年4月に施行した「ネット・ゲーム依存症対策条例」は、行政による家庭への介入であり、憲法違反ではないか。高松市の高校生と母親が県を相手取って損害賠償を求める訴訟を起こした同年9月30日の午後、高松地裁前に集まる報道陣の中に私はいた。この問題を追うKSB瀬戸内海放送の山下洋平記者(41)を訪ねてきたのである。
 原告の高校生、渉さん(姓は非公表)と代理人弁護士が到着するのを待つ間に、山下は短いレポートを収録していた。「全国的に注目を集めたこの条例には、制定前からさまざまな切り口で反対の声が上がりました。そんな中、条例の対象である17歳の現役高校生が行動を起こしたことに、多くの支援が集まりました」。
 渉さんらが地裁に入る映像を撮り、記者会見場へ向かう時、山下がふと漏らした。「これだけ報道陣が集まる裁判は、高松では久しぶりですね」。20人あまりの記者とカメラマンの中で、山下は年かさに入るだろう。司法・警察担当が長く、裁判や捜査に疑問を持って追及する調査報道を数多く手掛けてきた。局での肩書は「報道クリエイティブユニット 部長職」。30代後半にマネジャー(報道制作部長)を務めたが、「現場で取材を続けたい」と志願して管理職から専門職となり、記者に復帰した。

高松地裁前で渉さんを取材する山下記者(中央)

 記者会見では、質疑をするのはもちろん、同僚のカメラマンとは別にハンディカメラを持って動き回り、終われば、取材に来ていたYou Tuberにインタビュー。局へ戻って夕方ニュース用に原稿を書き、映像の編集も自らする。小規模な地方局では、何でもこなさないと務まらない。だが、山下はそれをむしろ楽しんでいるように見えた。
 ゲーム条例をめぐる争点は多岐にわたる。
 まず、ゲーム利用時間の上限を具体的な数字で示すのは、憲法13条に定められた個人の尊重や自己決定権の侵害ではないか、ということ。県は「あくまで目安であり、強制ではない」と反論するが、渉さんは「心理的影響は大きく、事実上の強制になる」と主張する。
 次いで、「法律の範囲内で条例を制定することができる」とした憲法94条に違反する疑いがあること。政府は、時間制限がゲーム依存症の防止になるという科学的根拠を認めておらず(国会の質問主意書に対する答弁書)、従って同様の法律はなく、新たに作る予定もない。
 さらに、条例には「ゲーム依存」という状態、「ゲーム依存症」という病名、WHOが指摘した「ゲーム障害」などの言葉が混在し、何を対象とするか明確でないこと。新型コロナ禍でネットやゲームを介したコミュニケーションの機会が増える社会状況に逆行するという問題もある。そして、県議会が提案・主導した条例制定の過程が不透明で、恣意性が指摘されていること──これは後述するように、山下らの報道で明らかになった部分も大きい。
 渉さんは条例の素案を知り、1月から反対の署名活動を行ったが、結局、3月に可決成立した。訴訟を決意し、クラウドファンディングで支援を呼びかけると、全国から600万円を超える額が集まった。条例施行から半年経っての提訴は、違憲の条例を放置した県議会の「立法不作為」を問う意味もある。
 会見ではこうした経緯を振り返り、「ゲームの時間は各家庭がしっかり決めるべきであって、行政が決めるべきではないと思っています。全力で、僕の全身全霊をかけて、この裁判を戦っていきたい」と、あらためて主張した。弁護士は、同様の条例が秋田県大館市や大阪府でも検討されていることを挙げ、「いろいろ問題のある条例が、このまま全国に広がっていいのか」と問いかけた。
 会見終了後、渉さんに聞いてみた。この訴訟において、マスメディアに期待することは何か。そして、地元局KSBの報道をどう見ているか。
 「ゲーム条例は、香川県だけでなく全国に通じる問題。さまざまなメディアで継続的に報道してもらい、多くの人に関心を持っていただくことが裁判の力になると思っています。その中でも、KSBは特によく取り上げてくれているし、報道内容を見ても、山下さんが当事者並みに問題意識を持って調べ、深く理解されていると感じます。すごく熱心で、熱血教師みたいだな、と。あの誰がどう見ても不自然なパブリックコメントの件を指摘したのも、山下さんが早かったですし……」
 条例案に寄せられた多数の不自然なパブリックコメント。そこに目を留めたことが、山下がこの件を取材するきっかけだった。