PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

ロマンではどうにもならないこともある。

ルームシェア・オタク・中年・1

PR誌「ちくま」2月号より藤谷千明さんのエッセイを掲載します。

 家族でもなく恋人でもなく、女友達と四人暮らしを始めて二年経つ。私たちは出身も学校も仕事もバラバラで共通点をあげるのなら、なんらかの「オタク」であることくらいだ。どうしてそんなルームシェア生活をするに至ったのか。さかのぼること二年半、パートナーと関係を解消したり、勢いで引っ越した部屋の家賃が高かったり、部屋が狭いくせに物が多くて散らかっていたり、階段から転がり落ちて肩に怪我をしたりと、細かな不幸が重なってメンタルが参ってしまい将来に不安を覚え、SNSを通じて知り合った同世代のオタクたちにルームシェアを提案したのであった。
 その過程をエッセイ本『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』として上梓したのは昨年秋のこと。それもあって、ルームシェアについての質問をよく受けるようになった。一番多いのは「(他人同士の暮らしは)トラブルにならないの?」だ。家族や恋人との暮らしに対して、同じ質問を初手から繰り出す者は少ない。分母がそもそも違うので比較は難しいが、家族や恋人同士のトラブルのほうが、日々耳にすることが多いと感じてしまう。人と人が暮らすことにリスクはどうしても発生する。それを「愛」や「絆」、あるいは「ロマン」でコーティングしてやりすごしているだけなのかもしれない。
 ロマンではどうにもならないこともある。ここで私の姉の話をさせてほしい。姉はいわゆるヤンキーで、突発的に家出をしたり、タバコが切れると私の部屋に来て二三〇円(※九七年のマイルドセブンの価格)を無心しにくるような人間であった。一方私は当時十七歳、友達の少ないオタクゆえ、土日と夏休みを時給六〇〇円のアルバイトに費やし、パソコンを買うことを目標にしていた。
 ある日、私の部屋から貯金通帳がなくなった。銀行印は普段から財布にいれて持ち歩いていたため、すぐに引き出されることはないだろうと思いつつも、手癖の悪さから「犯人は姉だな」と判断し、不在時に姉のカバンを弄ったら出てきたよ、二十万円が引き出された後の通帳が。どうやって銀行印を手に入れたのか? 我々の卒業した中学校の卒業記念品は印鑑だったので、姉と私は同じ印鑑を持っていることになる。わざわざ別の印鑑を銀行印にしないと踏んだ姉は、私の通帳を持ち去り、当時の保険証は世帯にひとつ、姉は歯医者だとか何かしらの理由をつけて保険証を親から借り、なんの疑いも持たれずに銀行窓口で引き出すことに成功したのだ。普通そんなことする?
 私はこの時気がついた。家族だからといって、こちらの常識を上回る倫理観の持ち主がいたら、安全な暮らしを手にすることはできないと。SNSのいいところは、相手の人となりがある程度つかめることだ。ニ親等のヤンキーよりも他人のオタク。血のつながりよりSNSのつながりのほうが信頼できることもある。
 それに、赤の他人の場合はなにか修復不可能なトラブルがあった場合、即座に解散することが可能だが、家族は一生家族である(法律上戸籍を抜くことが可能だが、手続きのコストは高い)。この事件以降、姉に対して「ハッ?」「フーン」といった、「ハ行」でしか会話してないけれど関係は一生続く。今後両親が亡くなったりした場合、ハ行以外の会話が必要になってくるのですでに気が重い。流動性が高い関係性のほうが、人生にとってよいこともあると思う。

PR誌「ちくま」2月号

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