アメリカ音楽の新しい地図

最終回 パンデミックとアメリカ音楽

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

BLM運動と第一次世界大戦

 2020年3月13日に国家非常事態宣言を出したその三日後、ドナルド・トランプ大統領は次のようにツイートした。

アメリカ合衆国は、中国ウイルスによって特に影響を受けている航空会社などの産業を力強くサポートする。我々はこれまで以上に強くなるのだ!(3)

もちろん、「中国ウイルス」という呼称を用いたのはトランプが初めてではない。国務長官マイク・ポンペオ、アーカンソー選出上院議員トム・コットン、それにアリゾナ州選出下院議員ポール・ゴサーなど保守派の政治家がそれ以前から「武漢ウイルス」、「中国ウイルス」、さらには「カン・フルー(カンフーとインフルエンザをかけた造語)」などの言葉を使用してきた。中国への敵対的かつ強圧的な姿勢を鮮明にするために彼らがこの語を採用していることは明らかだが、トマス・レヴェンソンが的確にまとめるように、特定の病原菌を中国あるいはアジアと結びつけて排外主義を煽る風潮は世紀転換期の黒死病流行時にもみられた事象であり、政治家のこうした発言はアメリカ国内のアジア人/アジア系の安全を毀損してしまう(4)
 実際、コロナ禍が始まって以来、アジア系に対するヘイトクライムは急増しており、アジア太平洋政策計画会議(A3PCON)が3月19日から8月5日までに受けた報告は2583件に及んでいる。そのうち言葉によるハラスメントが70%、暴行も9%近く占めており、なかには車内からアジア系に対して暴言を吐いただけでなく、車ごと歩道に乗り上げて轢こうとしたケースや、薬局で突然消毒液を顔に吹きつけるなどの事例も挙げられている(5)
 こうしてコロナ禍でアジア系へのヘイトクライムが毎日のように報道されるなか、5月25日にミネソタ州ミネアポリスで白人警官がアフリカ系アメリカ人ジョージ・フロイドを地面に取り押さえ、9分近くにわたって膝を首に押し付けて殺害した。その映像はSNSなどを通じて瞬く間に広がり、2013年以来、断続的に展開されていたブラック・ライヴズ・マター運動が再燃する。構造的人種差別の撤廃を求める運動は世界中に広がり、アクティヴィストのアンジェラ・デイヴィスが取り組んできた刑務所廃止運動や警察への予算打ち切りなど具体的な要求へと発展した。実際、事件が起きたミネアポリスでは警察組織の解体が決議されるなど、コミュニティーの安全に関する根本的な改革が進んでいる。
 アジア人/アジア系へのヘイトクライムとBLM運動のかかわりで興味深いのは、インターネット上でK-POPファンがBLMへの連帯を強く表明した点だろう。たとえばツイッター上で白人至上主義者が作成した#WhiteLivesMatterのタグに、K-POPファンがアイドルの画像付きツイートを次々に投稿してそのタグを無効化したり、ダラス警察がBLMデモ参加者による違法行為の通報を呼びかけた際には、K-POPファンがその窓口にBTSなどの動画を大量に送りつけた(6)。テクノロジーを用いて警察組織の強権性を奪う手法は正統的な意味での破壊活動、サボタージュであり、期せずしてコロナ禍におけるアフロ=アジアの共闘が実現したといえるのだ。
 特筆すべきは、こうした運動に触発され、メジャーシーンで活動するアフリカ系のミュージシャンが次々とBLM運動をサポートする楽曲をリリースした点である。もっとも勢いのあるラッパー、ダベイビーは総合シングルチャートで1位を獲得した「ロックスター」のブラック・ライヴズ・マター・リミックスを6月12日に発表し、警官の暴力行為を告発するリリックを付け加えた。また同日にリリースされ、BLMの抗議運動の映像をミュージックビデオに用いたリル・ベイビーの「ザ・ビガー・ピクチャー」も総合チャートの3位にまで上がった。他にもジューシー・J、H.E.R.、T・ペインなど運動をモチーフにした曲を制作したラッパーやシンガーは枚挙に遑がない。アンダーソン・パークの「ロックダウン」のように、構造的差別とパンデミックの問題を巧みに結びつけたアーティストもいる。

 

 これはブラック・ミュージックの歴史を振り返ると大きな変化だといえるだろう。たとえば1960年代にもっとも商業的に成功していたモータウンのシンガーは同時代の公民権運動に沈黙を保っていたし、メジャーシーンで活動していたR&Bシンガーで政治的な態度を明らかにしたものは決して多くはない。そうした発言が目立つのは公民権法や投票権法が成立したあとの60年代後半以降であり、しばしば取り上げられるジェームズ・ブラウンの「セイ・イット・ラウド・アイム・ブラック・アンド・アイム・プラウド」(1968)にしても、彼が1969年のニクソン大統領就任パーティーに出席し(念のために言い添えれば、彼はこの選挙戦自体は民主党候補ハンフリーを支持していたものの、ニクソンが勝利し、就任パーティーでのパフォーマンスを打診された結果、出演を快諾した)、72年の大統領選挙では公にニクソンを支持したことと併せて考える必要がある。歴史家ブライアン・ワードが詳細に論じるように、キング牧師の時代に運動に積極的にかかわったのはむしろジョーン・バエズやボブ・ディランなどのフォークミュージシャンであり、ハリー・ベラフォンテやサミー・デイヴィス・ジュニアなどのハリウッド人脈である。商業主義の束縛が強いR&Bシンガーは総じて政治的な話題を避ける傾向にあったというのが定説だといえるだろう(7)
 現在、多くの黒人ミュージシャンがメジャーシーンでBLM運動について歌い、ラップしていることが、この半世紀のアフリカ系アメリカ人の地位向上の成果だといえる。この間、レコード会社に多くのアフリカ系の重役が誕生し、さまざまなレベルで意思決定を下すようになった。また、2017年にR&Bとヒップホップがロックを抜いて全米最大の音楽ジャンルになったことも影響しているだろう。このことに関連して示唆的なのは、BLM運動の盛り上がりを機にリパブリック・レコードが今後、自社内で「アーバン」というカテゴリー/ジャンル名を廃止するという声明をリリースした点である。このステートメントは1月のグラミー賞授賞式で最優秀ラップアルバム賞を受賞したタイラー・ザ・クリエイターのレコーディング・アカデミー批判――「俺はアーバンという言葉が嫌いだ。それはNワードをポリティカリーコレクトに言い換えたものに過ぎない」――をあらためて想起させる。つまり、アメリカの音楽業界でアフリカ系アメリカ人の持つ権限が格段に広がった一方で、黒人ミュージシャンの活動が黒人音楽のジャンル(「アーバン」など)内でのみ評価されることへの批判は高まっている(8)。音楽業界の構造的人種差別――たとえばポップスや、カントリーミュージックの作品を制作するアフリカ系の音楽家を正当に評価する制度は可能だろうか――をめぐる議論は始まったばかりであり、コロナ禍で再燃したBLM運動はアメリカ音楽の地図そのものを書き換える可能性を秘めている。

 では、第一次世界大戦の終盤に重なったスペイン風邪の流行は、アメリカ社会にいかなる変化をもたらしたのだろうか。アメリカが世界大戦に参戦するのが1917年4月6日であり、先述した通り1918年3月にカンザス州の軍施設でインフルエンザが発覚する。ドイツと連合国の間の休戦が1918年11月11日なので、協定はスペイン風邪第二波の真っ只中に締結されたことになる。
 当時の新聞をみると、ドイツ軍とインフルエンザを「敵」として同一の文脈で語る論調が目立つ。第一次世界大戦参戦に伴い、アメリカではリバティボンド(liberty bonds)と呼ばれる戦時国債を発行したが、ある新聞の一面には「我々の兵士が病原菌(Germ)をドイツ(Germany)に戻せるように、戦時国債を購入しよう」という見出しが踊る(9)

 
 

 

こうした表題はインフルエンザの流行そのものがドイツで始まったという疑念とともに報道された。別の記事では、ある海軍大尉の発言として「感染症の流行はドイツ軍潜水艦の乗組員によって広められた可能性がある」と有名なUボートとの関連性が言及され、「ドイツ軍諜報員がニューヨークなどに上陸し、劇場などに病原菌をばら撒くのはいとも簡単である」と陰謀論めいた推測が続く(10)。休戦前日にオクラホマ州タルサで発行された新聞広告は「スペイン風邪と戦う方法」というタイトルが付けられ、「密集と咳、臆病者を避け、病原菌(germs)もドイツ人(Germans)も恐れることなかれ!」という書き出しで始まる(11)
 やがてこうした風潮は音楽界にも派生し、ドイツの作曲家の作品の演奏を禁じる条例が激しい論争にまで発展する。オレゴン州のある新聞は「人々が集まるコンサートやリサイタルなどはすべて延期された」とインフルエンザ流行の影響を感じさせながら、「全米の音楽家は、少なくとも戦時中はドイツの音楽を演奏したり歌ったりすることに反対している」という主張を紹介する。AFM(アメリカ実演家協会)の代表ジョセフ・N・ウェーバーや、「星条旗よ永遠なれ!」などの曲で知られる「マーチ王」ジョン・フィリップ・スーザがドイツ音楽の演奏禁止に賛同したことが伝えられ、スーザの「ドイツ音楽はドイツ人に任せておくべきだ」というコメントで記事は締め括られる。それに対して『ザ・ヴァージニアン』(1902)など「ウェスタン小説の父」として知られる作家オーウェン・ウィスターは「ベートーヴェンは憎悪(hate)を賛える曲を作っていない。彼は人類愛(brotherhood)を讃える曲を作曲した。ワグナーはその最良の作品を亡命中に作曲したが、それは彼自身が革命家だったからだ」と発言し、ドイツ音楽のプログラムを熱烈に擁護した(12)
 アメリカ音楽史的に重要なのは、ちょうどこの時期にジャズの最初のレコーディングがリリースされている点である。古典的なジャズ史の教科書は、アメリカが第一次世界大戦に参戦した1917年にニューオーリンズの港が軍港となり、演奏場所が集中する赤線地帯(ストーリヴィル)が閉鎖されたことでミュージシャンのニューオーリンズ離れが始まったとするが、昨今の研究はそれ以前から音楽家の移住が進んでいたことを明らかにする。彼らの多くが目指したのはシカゴであり、1916年の時点ですでにニューオーリンズ出身のミュージシャンがこの町で数多く活動していたという(13)。オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドと名乗る五人の白人――トニー・スバーバロ(ドラム)、エディー・エドワーズ(トロンボーン)、ニック・ラロッカ(コルネット/トランペット)、ラリー・シールズ(クラリネット)、ヘンリー・ラガス(ピアノ)――もそうした若者たちであり、シカゴでの演奏が話題を呼んだ彼らはやがてニューヨークでも演奏の機会を得る。1917年1月27日にコロンバス・サークルのライセンウェーバーズ・カフェでパフォーマンスを披露すると、すぐにレコード会社のオファーを受け、そのわずか二ヶ月後の3月、世界で初めての「ジャズ」レコードがヴィクター社から発売されたのだ(14)
 この新奇な音楽はニューヨークのダンス・シーンにも多大な影響を及ぼした。「ジャズ」が広がるにつれ、より早くリズミカルなステップが主流となるが、本論の文脈でとりわけ興味深いのは、この時期に流行したシミー(shimmy)と呼ばれるダンスである。同時代の新聞紙上で「体のあらゆる筋肉を使用し、それを踊っているカップルは何か発作にでも襲われたかのようにもみえる。激しいシンコペーションに合わせて体でホップ、ジャンプ、よじる、ひきつる、震わせる、揺さぶる」とも形容されたダンスは、あまりに下品で挑発的にみえるという理由でダンスホールなどで禁止された(15)

 

ジャズの台頭はフォックス・トロットやワン・ステップなどボールルームの洗練されたステップからの逸脱を意味したが、新しいダンスはしばしば「インディアン」など「未開の部族」の踊りと結びつけられた。ある記事では「そのダンスはジャズのステップで構成され、ミッドウェー諸島の踊り、アシャンティ族の戦闘後のダンス、そしてオーストラリアの野蛮人の儀式の要素がある」とシミーの原始性、野蛮さが強調されるが、注目すべきはその後に続く引用だろう。

そのダンスの症状は、そういってよければ」と、昨日ある教師は話した。「多くの驚くべき点でインフルエンザに似ているのです。熱(fever)や冷や汗(cold sweats)があり、悪寒/震え(shiver)、欠伸(yawn)がある。ときに紅潮した表情(flushed countenance)があり、煌々とした瞳(bright eyes)とうわ言(wild talk)もある。油断ならないのは、ひとりのダンサーが始めると、その場所全体がシミーダンスで埋め尽くされるまで広まることです。(16)

第一次世界大戦中に感染爆発を起こしたインフルエンザ(germ)は、対戦国(Germany)と重ねられることで戦意高揚に利用され、新しい音楽とダンスの野蛮さや低俗さを強調する際にも言及された。その新しいダンスミュージックをいち早く手がけ、世界初の「ジャズ」レコードをリリースしたオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドのピアニスト、ヘンリー・ラガスが1919年2月にスペイン風邪で亡くなったのは、その意味でも悲劇としかいいようがないだろう。

(3) Donald J. Trump (@realDonaldTrump), “The United States will be powerfully supporting those industries,” Twitter, March 16, 2020, https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1239685852093169664.
(4) Thomas Levenson, “Conservatives Try to Rebrand the Coronavirus,” The Atlantic, March 11, 2020,  
https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/03/stop-trying-make-wuhan-virus-happen/607786/. 
(5) “Stop AAPI Hate National Report,” Stop AAPI Hate, August 5, 2020, https://secureservercdn.net/104.238.69.231/a1w.90d.myftpupload.com/wp-content/uploads/2020/10/Stop_AAPI_Hate_National_Report_200805.pdf.
(6) Julia Alexander, “K-pop stans overwhelm app after Dallas police ask for videos of protesters,” The Verge, June 1, 2020, https://www.theverge.com/2020/6/1/21277423/k-pop-dallas-pd-iwatch-app-flood-review-bomb-surveillance-protests-george-floyd.
(7) Brian Ward, Just My Soul Responding: Rhythm and Blues, Black Consciousness and Race Relations (Berkeley: University of California Press, 1998)を参照のこと。
(8) Tim Ingham, “The Axing of ‘Urban’ Music: Good Thing – Or ‘Band-Aid to the  Real Conversation’?,” Music Business Worldwide, June 18, 2020, https://www.musicbusinessworldwide.com/the-axing-of-urban-music-good-thing-or-just-a-band-aid-to-the-real-conversation/.
(9) “Help Our Boys Put the Germ in Germany—Buy Bonds,” State Times Advocate, Oct. 9, 1918, 1.
(10) “Puts Blame for Influenza on German Agent,” The Courier Journal, Sep. 19, 1918, 1.
(11) “How to Fight Spanish Influenza,” The Grand Rapids Press, Oct. 31, 1918, 8.
(12) Joseph Macqueen, “Music,” Morning Oregonian, Oct. 13, 1918, 2; “Wister Makes Plea for German Music,” State Times Advocate, Nov. 18, 1918, 5.
(13) Charles B. Hersch, Subversive Sounds: Race and the Birth of Jazz in New Orleans (Chicago: University of Chicago Press, 2008), 165-166.
(14) Samuel Charters, A Trumpet around the Corner: The Story of New Orleans Jazz (Jackson: University of Mississippi Press, 2008). 第8章、第9章を参照のこと。
(15) Leone Cass Baer, “Stars and Starmakers,” Morning Oregonian, Jan. 9, 1919, 8.
(16) “Phila. Sneezes at Shimmy Dance,” The Philadelphia Inquirer, Jan. 18, 1919, 3.
 

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