アメリカ音楽の新しい地図

最終回 パンデミックとアメリカ音楽

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

隔離コンサートと自動ピアノ

 2020年3月に緊急事態宣言が発令されて以降、多くのミュージシャンはネット上の活動に移行することを余儀なくされた。自宅待機以降、アメリカでもっとも早く注目を浴びたのは、ベテランヒップホップ・グループ、ブギー・ダウン・プロダクションズの元メンバー、DナイスのDJセッションだろう。3月17日に始まり、ロサンゼルスの自宅からインスタグラムのライブ配信機能を通じて放映されたDJプレイの視聴者数は当初200人程度に過ぎなかったものの、その様子が口コミで広がり、多くのセレブリティーがコメントを残し始めた。リアーナ、ジャネット・ジャクソン、スティーヴィー・ワンダー、マイク・タイソン、ジョー・バイデン、バーニー・サンダース、ミシェル・オバマ、そしてインスタグラムのオーナーでもあるマーク・ザッカーバーグ――「クラブ隔離(ClubQuarantine)」のハッシュタグとともにDJを続けるDナイスの姿は話題を呼び、五日目には10万人近くが同時視聴するようになったのだ。

 

 Dナイスのイベントに前後して、多くのミュージシャンはこうしたSNSのプラットフォームを利用して「隔離ライブ(quarantine livestream)」を行うようになった。3月18日にはジョン・レジェンドがパートナーでモデルのクリッシー・テイゲンとともにリクエストに応じて弾き語りをするインスタライブを開催し、4月6日にはクエストラブがDJセッションを立ち上げた。デス・キャブ・フォー・キューティーのベン・ギバードも、3月中旬以降、自宅の部屋からギターやピアノの弾き語りを始め、エッセンシャルワーカーやローカルビジネスへの寄付も募り始める。音楽界のこうした動きを受けて、3月末にはエルトン・ジョンが企画し、世界中のミュージシャンの「ホーム」を繋ぐオンライン上のベネフィット・コンサートが開催され、ビリー・アイリッシュやマライア・キャリー、それにデイヴ・グロールなども出演して脚光を浴びた。
 こうしたイベントはミュージシャンのカジュアルで飾らない姿を映し出し、ファンとの間に新しい関係を構築したといえるだろう。ファンのコメントにリアルタイムに反応しながら演奏を続けるなど、そこにはパンデミックで隔離されたもの同士の「親密さ」が生まれている。インスタライブ、YouTubeライブ、それにフェイスブックライブなどSNSのプラットフォームを利用したミュージシャンの「隔離ライブ/コンサート」は音楽業界の「新しい日常」(new normal)として定着しつつあり、そうしたライブストリーム情報を専門にまとめるウェブサイトも現れている。コロナ禍が開けたあとも、こうした形態のパフォーマンスは音楽家にとってひとつの選択肢として残り続けるだろう。
 またパンデミックにおけるミュージシャンの新しい試みとして注目されたのが、オンラインゲーム上のイベントである。4月23日、ラッパーのトラヴィス・スコットがオンラインゲーム、フォートナイト内で「アストロノミカル」と題した新曲リリースイベントを開催した。実はフォートナイトがこうしたイベントを催すのは初めてではない。2018年6月にはロケット発射のイベントを企画し、2019年2月にはEDMのプロデューサーとして知られるマシュメロによる10分間のDJイベントも開催された。
 フォートナイト内ではトラヴィス・スコットのコンサートの数日前からスウェティ・サンズの海上にステージが組み立てられた。イベントが近づくにつれ会場の全貌が明らかになり、当日、プレイヤーは自分のアバターを操作しながらステージへと向かう。カウントダウンとともにライブの開始が告げられると、謎めいた物体が徐々にステージに近づき、やがてそれは遊園地(アストロワールド?)を乗せた小惑星であることが判明する。「シッコ・モード」のイントロが始まり、曲のビートチェンジのタイミングでその惑星から発せられた隕石状の物体がステージ上で爆発すると、トラヴィス・スコットの巨大なアバターが姿を現す。曲は「スターゲイジング」、「グースバンプス」、「ハイエスト・イン・ザ・ルーム」、そしてスコッツ(トラヴィス・スコット+キッド・カディ)名義の新曲「スコッツ」と移り変わりながら、ゲームの世界も深海から宇宙とグラフィックを駆使してトラヴィスのパフォーマンスが続けられる。最後にワープのような空間歪曲の映像を経て、突然フォートナイトの馴染み深い風景が広がり、プレイヤーはそこにパラシュートで落下してイベントが終了する。この10分弱のコンサートに1200万人以上が同時に接続し、最終的に三日間にわたる計五回のイベントに2800万人近くのプレイヤーが参加したと報告されている(17)

 

 現実のライブやコンサートが次々と中止される状況で、トラヴィス・スコットのフォートナイト内のイベントは限りなく「ライブ」に近い感覚を経験できる催しだといえるだろう。現実社会で人が会することは不可能でも、プレイヤーのアバターがゲーム内に参集し、「ライブイベント」をリアルタイムに体験する。実は同じ時期に、カリフォルニア大学バークレー校の学生有志が中止された行事の代わりにマインクラフト内にキャンパスを再現し、「ブロックレー大学」の卒業式をバーチャル空間で敢行したことが伝えられた(18)。身体的な接触が禁じられたパンデミック下で問われるのは、人はどこまでアバターとして「ライブ体験」を享受できるのかという現実認識のメカニズムであり、それは必然的にVR(バーチャル・リアリティー)の問題にも接続されるだろう。

 翻って、1918年のスペイン風邪流行時にアメリカの音楽産業はどのような対応を迫られたのだろうか。エンタテインメント産業の業界誌ビルボードをみると、インフルエンザ関連の記事が出始めるのは1918年10月である。まず10月5日号の記事(9月28日付)に「保健機関通達によりボストンの劇場が閉鎖」という見出しが現れ、リードに「インフルエンザと肺炎の流行により徹底的な対策がとられる――すべての公共ホールが対象――ニューイングランドの他の市でも同様の措置」とある(19)。翌週には3面の大きな記事で「インフルエンザの流行により多くの劇場が閉鎖――ペンシルバニア州とマサチューセッツ州全域に発令」とあり、「伝染病は東海岸でもっとも深刻だが西海岸にも広がる――ニューヨークの劇場は閉まらず」と続く(20)

 

 

こうした事態は出演者に多大な影響を及ぼし、10月18日号のバラエティー誌には「U.M.P.A.の経営者陣、音楽家の要求に抵抗」という見出しとともに、アメリカ実演家協会(American Federations of Musicians)が劇場支配人に対し、感染症流行によって興行が中止されたとしても報酬は支払われるべきだと主張したと記載されている。同じ時期にテキサス州エルパソの記事には「当局によりジャズバンドとキャバレーのミュージシャンは非エッセンシャルに分類されたが、なかには昼間は牧場で働きつつ、夜は規制を避けてキャバレーで働こうとするものもいる」とあり、パンデミック下のミュージシャンの苦労がうかがえる(21)。 
 この第二波によって、ニューヨークとシカゴ以外のアメリカの主要都市のほとんどの劇場が封鎖されたようだ。感染症は東海岸から西海岸へと伝播し、10月26日号のビルボード誌にボストンとカンザスシティーの劇場閉鎖解除が報道され、11月15日号のバラエティー誌には「伝染病の流行収まる。全国の劇場再開へ」という見出しが踊る。とはいえ、同じ時期のビルボード誌は「西部諸州はまだ閉鎖中」と慎重で、「インフルエンザの流行は弱まっている。セントルイスでは規制強化。東部諸州は営業再開へ」とある(22)。11月末にようやく西海岸でも規制が解除されたようで、サンフランシスコの新聞に「今夜、ジャズバンドが復活する」という書き出しで、「ダウンタウンのほぼすべてのカフェで、インフルエンザの流行でダンスを奪われた大人数の観衆のために準備が進められている」とある(23)。当時のメディアを確認すると、もっとも多くの死者を出した第二波によりアメリカ全土で(地域差はあるにせよ)二ヶ月近くにわたって劇場が閉鎖するなどの影響が出ていたことがわかる。
 12月初週には早くも第三波を危惧する記事が現れ、12月14日号のビルボード誌にアイオワ州ダヴェンポートの事例として「今日から着席が一列おきに制限され、観客もマスクの着用が義務付けられる」など劇場を対象とする規制が再び強化されたことが伝えられる(24)。だが、翌年1月のビルボード誌の編集後記には「ビジネスは回復しつつ」あり、「ビルボード誌の発行部数も過去4週間の間に1500部増加し、12月の広告料も1913年以来の総額を示した」とあるので、エンタテインメント業界への第三波の影響は限定的だといえるだろう(25)
 では1918年のインフルエンザ流行時に、音楽業界ではどのようなテクノロジーが話題になったのだろうか。当時の新聞広告で目を引くのは、この時期にフォノグラフ(蓄音機)とプレイヤーピアノ(自動演奏ピアノ)が積極的に宣伝されている点である。フォノグラフ(蓄音機)が1877年にトマス・エディソンによって発明されたことはよく知られるが、20世紀前半にかけて多くのメーカーが試作を重ね、さまざまな製品を発売した。スペイン風邪流行時のメディアで頻繁に宣伝されたのは、ヴィクター・トーキング・マシーン社が1906 年に発売したヴィクトローラ、コロムビア社のグラフォノーラ、そして1914年に発売されたエオリアン社のヴォカリオンである。ヴィクトローラはそれまで突き出していたホーン部分を木製の箱の中に収納して家具に近い外観にしたものだが、レコードプレイヤーとして最初のヒット商品となった(26)。エオリアン・ヴォカリオンが画期的だったのは、「グラデュオーラ」と呼ばれるトーン・コントロールが付属し、音色の調整が可能になった点である。プレイヤーピアノ(自動演奏ピアノ)もフォノグラフ同様、19世紀後半にその原型が発明されたが、1910年までにピアノロールとその穴のサイズが規格化されたことによって爆発的に流行した(27)。なかでも19世紀末に発売されたエオリアン社のピアノーラが1910年代後半の人気商品だといえるだろう。
 ヴィクトローラやピアノーラはスペイン風邪流行以前から市場に流通していたが、パブリックな集会が禁止されたパンデミック以降、売り上げが増加したという報告がある。たとえばオハイオ州では「インフルエンザの流行中、クリスマス・キャロルのレコードと自動演奏ピアノのピアノロールが記録的な売り上げをみせている」との報道があり、プレイヤーピアノの全タイプの生産量も1909年に4万5千台程度だったのが1914年には9万5千台、そしてインフルエンザ流行時の1919年には20万8千台とピークを迎えている(28)
 1918年のインフルエンザ流行が拡大するとともに、フォノグラフやプレイヤーピアノの広告には感染症との結びつきを強調するコピーが増え始める。ワシントンDCのサンデースター紙には1918年10月6日の時点で「劇場や映画館が閉鎖された今、自宅での音楽がこれまで以上に重要になっています。ピアノ、プレイヤーピアノ、あるいはヴォカリオンを明日選んでいただければ、夕刻までには配送します」とパンデミックを意識したコピーを確認できる(29)。第二波が本格化するにつれてこうした広告文は常態化し、「今はホーム・エンタテインメントの時代。劇場や娯楽施設が一時的に閉鎖している現在、歌や笑いの達人たちが奏でるメロディーや面白さを楽しみましょう。ヴィクトローラがあれば、世界の最良の音楽を聴くことができます」というコピーや、ヴィクトローラやグラフォノーラの広告に「元気を出そう!最良の音楽エンタテインメントがあなた自身のご自宅にあれば、隔離期間もそれほど退屈したものにはならないでしょう」という宣伝文句も現れる(30)。10月21日のサンディエゴの新聞には次のようなコピーが掲載されている。

ああ!ヴィクトローラさえ持っていれば!隔離が始まってから何度この言葉を聞いたことでしょう!ヴィクトローラやプレイヤーピアノがある家は娯楽に事欠かない。劇場やダンスなどの規制が解除されるのがいつになるかはっきりしていない……今こそヴィクトローラを購入してみてはいかがでしょうか!(31)

 

 

 

 

フォノグラフやプレイヤーピアノは、まず第一に劇場などのライブ演奏の代替物として宣伝されている。パンデミックで現実的に生演奏に触れる機会が失われてしまったが、レコードやピアノロールのサウンドでそれに限りなく近い体験が家でも可能だというのだ。だが当時の新聞などを詳細に分析すると、これらの新メディアには別の意味や機能が期待されていたことがうかがえる。たとえばスペイン風邪第三波の渦中、ケンタッキー州ルイヴィルの新聞には公立学校でレコードを使用した新しい音楽の教授法が紹介されている。「新しい授業法のもとで学んだ生徒の急激な進歩が披露される」とする記事からは、フォノグラフをライブ演奏の再現装置というよりは、プロの音楽家ほど歌や演奏技術に恵まれていない一般の音楽教師の代替物として利用しようという教育委員会の意図が垣間見られる。

公立学校の教師が全員、子供達に教えられるほど演奏や歌に熟達しているわけではないし、そうしたことも期待されていない。もっとも優れた教員ですら、音程が外れてしまうかもしれない。だが最良の歌手と最良の音楽のレコードがあれば、教師の資質がどうであれ、スタンダードな教育を与えることができる。(32) 

つまりここでレコードは、現実の教師に代わる存在――その場所に身体的に実在するわけではないが、音楽を教授するもの――として想定されている。(それはたとえば、現代の、というか少し前の時代の比喩を用いれば、予備校の人気講師のサテライト授業に相当するかもしれない。)さらに興味深いのは、フォノグラフによっては音楽を鑑賞するためだけではなく、使用者自ら音楽を演奏/操作する機能が強調される点である。とりわけトーン・コントロール機能がついたヴォカリオンの付属パンフレットはこの点をアピールする。「この素晴らしい新機能――グラデュオーラ――によって、エオリアン・ヴォカリオンは音楽表現が可能な機器(instrument)となったのです。あなた自身が演奏(play)できる楽器(instrument)として、音楽的なアイディアや感情を表現できるのです。」(33)

 

 同様にこの時期のプレイヤーピアノの広告で特徴的なのは、それが使用者の演奏/操作性を重視している点である。当時のプレイヤーピアノは、その名の示すように完全に自動で演奏されるわけではない(そうした型も存在するが)。この時代の多くのプレイヤーピアノは使用者がピアノの前に座り、曲のピアノロールをセットし、足でペダルを踏みながらロールが巻き取られる速度を調整する。それだけでなく、メーカーによっては鍵盤の前にいくつかのレバーが付いており、使用者はテンポやサステイン(音の長さ)、それに音の表現力(expression)などを調節する。なかには簡単なトランスポーズ(移調)機能が付いた型もあったという(34)

 

プレイヤーピアノは優れた実演家の「ライブ演奏」を本物のピアノで「再現」するが、その使用者が音楽を鑑賞するだけの存在かというとそうともいい切れない。上述したように、使用者はペダルを踏んで空気圧を高めながら、曲のテンポ、音の長さ、ときには音の大きささえもコントロールできたのであり、それはプレイヤーピアノの使用者の能動性を裏付ける。ある広告のコピーはこの点を次のように表現する。

他人によって作られた良質な音楽を聴くことは喜びである。しかし、それよりはるかに大きな喜びをもたらすのは、自分で良質な音楽を作ることである。それこそが、このガルブランセン社の優れたプレイヤーピアノによってあなたが得られる、ほかに比べることのできない快楽である。(35)

ここでプレイヤーピアノは良質な音楽を鑑賞するためだけでなく、それを使用者が「作る(make)」――とはいえ、それは優れた実演家による演奏(play)を操作する(play)わけだが――楽器/機器として想定されている。
 ヴォカリオンやプレイヤーピアノの広告を通して明らかになるのは、ライブパフォーマンスが禁止された状況において疑似ライブ感の演出だけでなく、利用者の操作性/演奏性が誇示される点である。だが注意しなければならないのは、ここで実演者は(身体的には)存在せず、プレイヤーは実演の再現を操作している点だろう。身体なき再現の演奏――それはリサ・ジテルマンが適切に表現するように、「パフォーマンス(演奏)が脱身体化される(disembodied)、あるいは手ではなく足で演奏する人によって再身体化(reembodied)される」ということだ(36)。インフルエンザの流行によって人間(身体)同士の接触が禁じられる状況で、ヴォカリオンやプレイヤーピアノは脱身体化されたライブ体験を操作/演奏する音響機器として宣伝された。それは100年後の世界のオンラインゲーム内で企画された新曲リリースイベントに(脱身体化された)アバターを操作しながら「ライブ」参加することと、驚くべき相似形を描くといえるだろう。

 1918年から二年にわたって世界を襲い、アメリカだけでも65万人の死者を出した「スペイン風邪」を題材にした曲は、あまり多くはない。フランシス・ウォレス&クララ・バーストン「トゥー・レイト・トゥー・レイト・ブルース(ザ・フルー・ブルース)」、エシー・ジェンキンス「ザ・1919・インフルエンザ・ブルース」と並んでよく言及されるのは、ゴスペルブルースシンガーでスライドギターの名手、ブラインド・ウィリー・ジョンソンの「ジーザス・イズ・カミング・スーン」である。

 

 パンデミックから10年近くが経過した1927年12月、コロムビア社はテキサス州ダラスでアフリカ系アメリカ人ミュージシャンのフィールドレコーディングを行なった。コロムビア社がテキサスに遠征するのは初めてであり、そのときに収録したブラインド・ウィリー・ジョンソン「ダーク・ワズ・ザ・ナイト、コールド・ワズ・ザ・グラウンド」はゴスペルブルースの崇高かつ不穏な魅力を多くのリスナーに知らしめた。コロムビア社は翌年12月にも同じ場所を訪れるが、その際にレコーディングされたのが「ジーザス・イズ・カミング・スーン」である(37)。「我々はあなた方に伝えた/神は警告した/イエスがもうすぐやってくる」というスタンザで始まる歌は「1900と18の年、神は強大な疫病を放った/陸でも海でも、多くのものが亡くなった」とスペイン風邪の流行を示唆しつつ、ジョンソンは絞り出すような声でパンデミックの様相を歌い上げる。いたる所で病に倒れる人々、為す術もなく戸惑う医者たち、戦場で亡くなる兵士たち、そして最後にブラインド・ウィリー・ジョンソンは次のように歌う。

貴族は人々にいった/「学校を閉じたほうがいい」
「この死の出来事が終わりを迎えるまで/教会も閉じたほうがいい」

1918年のインフルエンザ流行時も、2020年の新型コロナウイルス感染症流行時も、学校や教会、そして劇場は閉鎖された。集会それ自体が感染爆発を誘発するとされ、やがて人々は互いに近づくことさえ避けるようになるだろう。パンデミック下のアメリカでアジア人/アジア系へのヘイトクライムが急増したように、100年前の戦時中もウイルスと敵国が同一視され、排外主義が強まった。身体接触を伴う新しいダンスステップの野蛮さすら感染症に例えられるのだ。人が集まることを前提とするライブエンタテインメントは危機的な影響を受けるが、いずれの時代も新しいテクノロジー――それはフォノグラフでありプレイヤーピアノであり、オンラインゲームでもある――を駆使して、脱身体化されたライブ体験の可能性が追求された。私たちはいかにして身体を用いずに集合し、ライブを楽しめるのだろうか。目に見えないウイルスを恐れる私たちは、身体を喪失させながら、それでも他者と触れ合う感覚を研ぎ澄ませ、現実を塗り替える新たなテクノロジーの誕生を夢想するのだ。

(17) Oscar Gonzalez, “Fortnite: Travis Scott Astronomical experience seen by almost 28 million players,” Cnet, Apr. 27, 2020, https://www.cnet.com/news/fortnite-travis-scott-astronomical-experience-seen-by-almost-28-million-players/.
(18) Victoria Vallecorse, “UC Berkeley students host first-ever virtual commencement ceremony on Minecraft,” ABC7News, May 29, 2020, https://abc7news.com/college-graduation-covid-19-ceremony-virtual-on-minecraft-uc-berkeley/6212887/.
(19) “Boston Theaters Closed by Health Authorities,” The Billboard, Oct. 5, 1918, 4.
(20) “Influenza Epidemic Closes Many Theaters,” The Billboard, Oct. 12, 1918, 3.
(21) “Managers in U.M.P.A. Stand Against Musicians’ Deman,“ Variety, Oct 18, 1918, 6; “‘Jazz’ and Cabaret Players Non-Essential,” Sunday World Herald (Omaha), Oct. 20, 1918, 2.
(22) “Epidemic Wave Has Passed: Entire Country Re-Opening,” Variety, Nov. 15, 1918, 6; “The West Still Closed,” The Billboard, Nov. 16, 1918, 3.
(23) “Jazz Bands Will Be On Duty in ‘Frisco,” Riverside Daily Press, Nov. 30, 1918, 2.
(24) “Must Wear Masks,” The Billboard, Dec. 14, 1918, 8.
(25) “Editorial Comment,” The Billboard, Jan. 4, 1919, 26.
(26) Mark Coleman, Playback: From the Victrola to MP3, 100 Years of Music, Machines and Money, Cambridge, MA: Da Capo Press, 2003, xx.
(27) Harvey N. Roehl, Player Piano Treasury: The Scrapbook History of the Mechanical Piano in America, Second Edition (New York: Vestral Press, 1973), 16.
(28) “Flu in Ohio Causes Big Sales in Music,” The Nashville Tennessean, Jan. 5, 1919, 5B.; “Production of Player Pianos in the United States,” U.S. Department of Commerce in Roehl, Player Piano Treasury, 51.
(29) Advertisement for O. J. Demoll & Co., The Sunday Star, Oct. 6, 1918, 37.
(30) Advertisement for Frank J. Heart, Southern California Music Company, The Evening Tribune, Oct. 23, 1918, 5; Advertisement for Thearle Music Co., San Diego Union, Dec. 6, 1918, 1.
(31) Advertisement for The Wiley B. Allen, Co., The Evening Tribune, Oct. 21. 1918, 5.
(32) “New Methods of Teaching Music Shown Mothers,” Louisville Courier Journal, Jan. 6, 1919, 6.
(33) The Aeolian Vocalion: The Phonograph of Richer Tone That You Can Play (New York: The Aeolian Company, 1915), 9.
(34) Roehl, Player Piano Treasury, 17.
(35) Advertisement for Thearle Music Co. The Evening Tribune, Oct. 21, 1918, 5.
(36) Lisa Gitelman, “Media, Materiality, and the Measure of the Digital; Or, The Case of Sheet Music and the Problem of Piano Rolls,” in Memory Bytes: History, Technology, and Digital Culture, eds. Lauren Rabinovitz and Abraham Geil, (Durham: Duke University Press, 2004), 206.
(37) Jas Obrecht, Early Blues: The First Stars of Blues Guitar (Minneapolis: University of Minnesota Press, 2015), 116-121.
 

関連書籍

こちらあみ子

大和田俊之(編著) ,柳樂光隆 ,南田勝也 ,冨田ラボ(冨田恵一) ,渡辺志保 ,挾間美帆 ,増田聡 ,細馬宏通 ,永冨真梨 ,輪島裕介 ,マスヤマコム&牧村憲一(プロデュース)

ポップ・ミュージックを語る10の視点 (〈music is music〉レクチャー・シリーズ)

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